第22話 決着のクレーンゲーム


「最後は――クレーンゲームだよ。ゆっきー、あおりん!」


 山崎はクレーンゲームの前に立って、そう宣言する。クレーンゲームの中に入っているのは、ずいぶんと既視感デジャヴのある熊のぬいぐるみ……のキーホルダーだ。


「へへ、千乃を本気にさせたな。クレーンゲームは千乃の最も得意とするゲームだぜ。今までは肩慣らし。つまり、勝負はこれからって訳だぜ」


「そーゆーこと! さて、ルールを決めよっか。んー……んじゃ、こうしよっ! さっきと同じタッグ戦で、チャンスは三回。回数はチームで共有ね。交互にクレーンゲームを操作して、先にキーホルダーを取れた方が勝ち!」


「ふむ、分かった。それで、先にどっちがするんだ?」

「コイントスで決めるつもりだったけど……ふふふ。先にゆっきー達がやってもいいよ。ハンデとしてね」

「ほう……山崎。結構な自信があるようだな」

「当たり前じゃん。あたし、ワンコインで必ず獲物を仕留められるんだから!」


 山崎は腕まくりをしながら言う。


「とは言え、だ。こういうのは公平にしたい。それに、ゼロ勝二敗のお前らが俺達に先攻を譲っていいのか? 身から出た錆になるかもしれないぞ」

「ぐぬぬ、確かに……。分かった。お望み通り、コイントスで決めたげる。ゆっきー達が表、あたし達が裏ね」


 ちなみに、五百円玉の表は「桐」が描かれた面である。よく見る「500」の文字が書かれている方は裏だ。


 山崎は、財布から取り出した五百円玉を親指に乗せ――。


「よっと」


 ピィンッ


 五百円玉は床に「チャリン」と音を立て落下。五百円玉は――――桐が描かれた面を天に向けていた。


「そんな!?」

「よし。先攻は俺達だな」

「し、失敗しちゃえ!」


 俺はクレーンゲームの台の前に立ち――横に居る柏木さんをちらりと見る。柏木さんは吐息が掛かってガラスが曇るほど間近で、中に入った熊を見つめていた。心なしか、目がキラキラしているように見える。

 ちなみに……中に入っている熊と言うのは、碧獣の人気キャラクター「ベアートリス」だ。言わずもがな、柏木さんの大好物である。


「柏木さん、最初やってみるか?」

「……! うん!」


 柏木さんは白く細い指で財布から百円玉を取り出し、投入口にそれを流し込む。


「ピロリンッ」という軽快な音と共に、クレーンゲームがスタートした。


「頑張れ、あおりん……」

「千乃、敵を応援してどうする」

「あ、そうだった」

「……」


 柏木さんは真剣な表情で、ボタンに手を添えながら内部を凝視する。やがて、ボタンをカチリと押し、アームはベアートリスの真上まで来た。

 そこで、三番目のボタンをカチリと押す。アームは「ぴゅぅ~~」と間抜けな音を出しながらベアートリスに近づいていき――――その胴体を摘まみ上げた。


「……やった」

「そのまま、そのまま……」


 だが――。


 ピロロロリロ ピロロロリロ


 ボトッ


 穴に落ちる寸前に、アームはベアートリスを落としてしまった。

 柏木さんは残念そうな表情を浮かべながら(それを感じ取ったのは俺だけかもしれないが)ボタンから手を離す。


「……ふぅ」

「惜しかったね、あおりん」

「次は俺達だぜ。んー……。千乃、最初は俺にやらせてくれ」

「ん、れーくんからやる?」

「ああ」


 辺は百円玉を投入し、ボタンに手を置く。そして、同じく真剣な表情になり――穴のすぐ近くの熊トリスまで、アームを移動させた。


「よし……」


 三番目のボタンをカチリと押す。アームは「ぴゅう~~」と泣きながらベアートリス――のすぐ横にある芝生へと墜落した。


「なっ!?」

「ははは。辺、結構不器用なとこあるんだな」

「ふぅ。このゲーム、どうやら俺の出番はないらしいぜ。後の二回は千乃に託す」


 辺はそう言うと、持っていた百円玉二枚を山崎に渡す。


「え、いーの?」

「ああ。その代わり、絶対に取ってくれよな。なんせ俺達はゼロ勝二敗だぜ」

「う、うん!」


 山崎が満足げにそれを仕舞う――のを横目に、俺はクレーンゲームの台の前に立った。ポケットから取り出した百円玉を投入すると。


「カスミ、頑張って」


 と言う小さな声が聞こえてきた。


「ああ、頑張る」


 俺はボタンに手を置き。ベアートリスを睨んだ。



 ◆



 ゲーム開始から、かれこれ十分ほど経過した。お互いに一つの「ベアートリス」を賭けて死闘を繰り広げていたが――先攻二回目。


 俺の移動したアームはベアートリスに触れることは出来たものの、それを掴み上げることは出来ず失敗し、その後に続く山崎もかなり惜しいところでベアートリスを落としてしまった。


「お互い、後には引けないな」

「まさかここまで長引いちゃうとはね……まあいいよ、次で必ず仕留める」


 山崎は目をギラリと光らせる。


「じゃ、最後は柏木さんが――」

「――やります」


 言い終わる前に即答。よっぽど欲しいんだろうな……。これを逃したら、柏木さんは引きずりそうだ。


 柏木さんは台の前に立つ。百円玉を投入し、ボタンに手を添えた。


「待っててね」


 柏木さんは深呼吸をし、一番目のボタンを押した。

 アームはベアートリスと寸分たがわぬ位置まで近づき――それを見た柏木さんは、おもむろに台を離れ。

 クレーンゲームの横に立ち、その中身を確認し始めた。


「おお。本格的だね、あおりん」

「絶対取る気で居るな、あいつ」


 満足したのか、柏木さんは再び台の前に立つ。そして、二番目のボタンをゆっくりと――押した。

 再び、深呼吸。


 カチッ


 三番目のボタンが押される。間抜けな音を出しながら、アームはベアートリスまで近づき――その首を捕まえた。


「……!」

「ま、まずいよれーくん。どうしよ」

「まだ分からねえぜ」


 辺も真剣な表情で、そのアームを見守っていた。


 ゴクリと唾を飲む。アームはベアートリスを捉えたままだ。そのまま、そのまま――。


 ポトッ


 ベアートリスは、落下した。


「……」

「大丈夫だ、柏木さん。まだ引き分けだ。俺達の負けが決まったわけじゃない」

ベアートリス……」


 柏木さんは自分達が負けてしまう可能性よりも、ベアートリスを手に入れられなかった悲しみが上回ってしまったようだ。

 柏木さんは名残惜しそうに、ベアートリスの方をじっと見つめる。


「ふっふっふ。あおりんには悪いけど、ここはあたしが良いとこ貰っていこっかな」


 柏木さんの気も知らずに。

 山崎千乃はルンルンで台の前に立ち、百円玉を取り出した。


 ◇◇◇ ◇◇◇

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