第四章 棘姫とショッピングモール

第19話 リオンデート

 

 柏木さんは校門付近に立つ俺に気が付くと、嬉しそうに近づいてきた。

 

「お疲れ、柏木さん」

「お疲れさまー、カスミ。やっと学校終わったよ~」


 時刻は午後四時。柏木さんは一つあくびをすると、俺の横に立った。「棘姫があくびをする」という事実に驚愕したが、柏木さんの中身が俺の親友蕎麦であることを思い出し、一人納得する。

 そう言えば、今日のお昼の件、本当に柏木さんは大丈夫なのだろうか。


「本当に平気なのか? 今日のデート……まあ、俺達は付いて行くだけだけど」


 ちなみに、俺が辺の誘いを断らなかったのは、授業で使うノートを切らしていたからである。ショッピングモールに行くというので、俺も便乗して買い物をしようと思い立ったのだ。勿論、少し二人と遊んだら、すぐ帰るつもりで居たが……。


「言ったじゃん。カスミが行くなら行くって。家に居ても退屈なだけだし」

「そんなこと言って、辺と話してた時もだいぶキツそうだったじゃないか」


 昼休憩に食堂で辺と話していた時も、柏木さんは人見知り、というか人間不信のようなものを発動させていた。だから、柏木さんのことが心配だ。これは俺の推測に過ぎないが、山崎とは相性が悪いと思う。


 俺がそう言うと、柏木さんはぼそりと、


「……でも。一人で家に居るのは、嫌なんだ」


 と伏目で呟いた。その儚げな表情に、一瞬心が揺さぶられる。


「はぁ。そこまで言うなら――」

「――あ、居た居た! おーい、ゆっきー!!」


 俺が言い終わる前に、それに被さるように溌剌はつらつとした声が聞こえてきた。昇降口の方からだ。声のする方を向くと、辺と山崎が並んで歩いているのが見えた。山崎は満面の笑みで、俺達の方に手を振っている。


「おい千乃、あんま大声出すな」

「あ、横に居るのって柏木さんじゃん!」


 山崎は柏木さんに気が付くと、駆けながらニコニコで近づいていく。


「やっほー、柏木さん! あたしのこと覚えてる!?」


 柏木さんの方を見ると、早くも表情筋が硬直していた。


「……すみません。どちら様でしょうか」

「ほら、入学式の日! 一組の教室まで案内してくれたじゃない!」

「……あの時の」

「そう! あの時は言いそびれちゃったけど、本当にありがとね! あ! あたし、名前は山崎千乃って言うの! よろしくねっ!」


 山崎はニッコリと言う。

 柏木さんは山崎の迫力に圧倒されたようで、数秒固まっていた。やっぱりだ。慣れない相手だと、柏木さんは敬語になる。いや、敬語じゃないと話せなくなるのか。


「……私は柏木葵と申します。よろしくお願いします」


 柏木さんは斜め三十度のお辞儀をする。


「そうだ! 柏木さんのこと、あおりんって呼んでいいかな!? 葵だから、あおりん! 可愛くないっ? ね、ゆっきー!」

「俺に振るな。本人に訊いたらどうだ」

「どうかな!? 柏木さん!」


 目を輝かせながらぐいぐいと迫っていく山崎に、柏木さんは数歩下がり気味で答える。


「……良いと、思います」

「じゃ、そういうことで! よろしくね、あおりん!」

「……はい」


 それを見ていた俺は、辺にひそひそと話しかける。


「おい辺。こうなるのは予想出来てただろ? 何で柏木さんまで誘ったんだ」

「千乃の奴が前から柏木さんと話してみたいって言ってたのを思い出してな。学校じゃ、あの「棘姫」のオーラで話しかけづらいだろ? 冬城と居るときは平気だって言ってたから」


 それにしてもだ。人にはそれぞれ相性というものが存在する。


「とはいえ……ほんとに来るとは思ってなかったぜ」


「俺が行くなら私も行くって言い出したんだ」

「ほう? それはどういう意味なんだろうな?」

「うるさい。本当にそういうのは無いんだ」

「はは、すまんすまん」


 俺と辺がひそひそと話しているのに気が付いた山崎は、ずいと近づいて来る。


「なに二人でこそこそ話してんの。早く行こうよ」

「ま、つーわけだ。頑張れよ、冬城」

「まるで他人事だな……」


 辺は山崎と恋人繋ぎをして歩き。その後ろを、俺と柏木さんが付いて行った。


 ◆


「着いた着いた」


 リオンモール紀坂町店。紀里高校から歩いて二十分と結構な距離がある、紀坂町で一番規模が大きいショッピングモールだ。中にはゲームセンターや映画館、フードコートなどがあり、一日中遊んでいられる夢のようなデートスポットとなっている。

 辺と山崎はよく二人でこのショッピングモールにデートに来ているらしい。


 自動ドアが開き、リオンモールの中に入る。


「今日はゆっきーもあおりんも居ることだし、四人でゲームセンターなんてどうかな?」

「千乃はメダルゲーム大好きだもんな。四人だと楽しいと思うぜ」


 山崎の提案に乗る辺を後目に、俺は本来の目的を思い出していた。


「悪い、山崎。その前に、少し用事があるんだ。そっち済ませてからで良いか?」

「え? うん、それは別に良いけど……あおりんはどうするの?」

「私は、カスミに付いていきます」


「そっか。じゃ、一時間くらいしたら合流しよっ。あ、ゆっきー。ちゃんとあおりんのこと、エスコートしてあげるんだよ? せっかくのダブルデートなんだから」

「だぶっ……」

「じゃ、また後でね! あたし達、ゲーセンで待ってるから!」


 それだけ言うと、山崎と辺は去ってしまった。一階北、雑貨屋の方向だ。


「……行っちゃったね」

「あ、ああ。俺達も行くか」

「うん」


 柏木さんは俺の横に立ち、ゆっくりと歩き始める。


「そういえば柏木さんは、こういう場所には来たことあるのか?」

「うーん。昔はお母さんと二人でよく来てたけど、最近は滅多に来ないかなぁ」

「二人して、引きこもってゲームばっかりやってるからな」

「ふふ、そうだね」


 少し歩き、エレベーターの前に到着する。ここに掲示してあるフロアガイドを見れば、文具屋の場所が分かるはずだ。


「文具屋は……三階だね」


 エレベーターのボタンを押して、待つ。暫くして、一番右のドアがウィーンと開いた。俺達はそれに乗り込み、「3」と書かれたボタンを押したのち、ドアが閉まる。


「文具屋に行った後は……そうだな。時間に余裕もあるだろうし、四階のフードコートで軽く食べていくか。さっき見た感じだと、ジェラートの店とかあったしな。少し気になる。ああそうだ、横のクレープ屋にも――」


 俺の話を遮るように。いきなり、柏木さんが口を開いた。


「――さっきは、ごめん」

「ん? 何がだ?」


 柏木さんは俯き、伏目になる。


「私、やっぱり人と上手く話せないんだ。だから、きっと山崎さんにも……愛想が悪い子って、思われちゃったかも、しれない……ほんとに、ごめんね。私のわがままで、カスミにまで迷惑掛けちゃって。興ざめ、だよね」


 なんだ。そんなことで落ち込んでいたのか。


「大丈夫だ。俺もあいつらも気にしてない。それに、今日辺が柏木さんを誘ったのだって、山崎が柏木さんと話してみたいって言ってたからなんだぞ」


 柏木さんは顔を上げる。


「私と……?」

「そうだ」

「……」


 ポーンという音と共に、三階に到着する。自動ドアがウィーンと開いた。


「お、着いた着いた。――どうした、柏木さん。行くぞ」

「あ、うん」


 俯いていた顔を上げ、はっとした表情になった柏木さんは、急いでエレベーターから降りる。


「大丈夫か? なんかぼーっとしてたけど」

「え、あ、うん。大丈夫」


 文具屋に向かって歩く。


「今から文具屋に行っても、三十分以上は余りそうだな」

「じゃあさ。さっき言ってた、フードコートで何か摘ままない?」

「お、良いな。さすがに夕食前にガッツリ食べるわけにはいかないから、スイーツ系だな」

「うん!」


 元気のいい返事が聞こえてくる。少しは気分も良くなっただろうか。


「そうだ。柏木さんはジェラートとか食べるのか?」

「たまにお母さんが買って帰って来てくれるから、その時に食べるかな。ミルクとピスタチオの、定番のやつ」

「へぇ。柏木さんのお母さんって、結構甘党なんだな」


「そうなんだよ。そのおかげで、私までスイーツ好きになっちゃった」

「はは。ゲームしてる時も、たまにチョコレートとか食べてるしな」

「えっ、なんでそれ知ってるの!」

「だって。たまにマイク越しに、パリパリ食べてる音聞こえてくるから」


 俺がそう言うと、柏木さんは向きになり、


「く、食いしん坊って訳じゃ無いんだよ、私。チョコレートって、食べると集中力上がるんだから。何だっけ、あの成分。確か、ポリ、ポリフェ……」

「ポリフェノールな」

「そう、それ!」


 柏木さんはにっこりと笑う。良かった。いつもの調子が戻ってきたようだ。


「そうだ。さっきクレープ屋があるって言ってたよね。私、クレープ大好きなんだ」

「そうなのか? ならジェラートよりクレープ屋のほうが良さそうだな。柏木さんはどんな味が好きなんだ?」

「そうだね……抹茶とか、バナナとかかな」


「抹茶か……」


 正直なところ、俺は抹茶が嫌いだ。あの独特な風味を、どうも舌が受け付けない。

抹茶味のアイスとか、抹茶味のチョコレートとかも、食べたことが無いくらいだ。それについて辺に「損だぞ、冬城」と言われたりするが、別に損だとは思っていない。


 俺の呟きに、柏木さんはこてんと首を傾げる。


「苦手なの?」

「……まぁ、俺は正直苦手だな」

「そっか。じゃあ、バナナにする」

「おいおい、無理に俺に合わせてくれなくていいんだぞ?」


「いや、カスミと半分こしたいし。あ、こういうのって、シェアって言うのかな。とにかく、苦手なものを交換するわけにはいかないじゃん」


 柏木さんは真顔で言う。


「いや、それはさすがにまずいだろ……」

「んえ? 何が?」

「衛生的な問題というか。あ、いや。別に柏木さんがばっちいって訳じゃなくて、俺の方がそれは遠慮するべきというか、何と言うか……」


 とにかく、まずいのだ。「棘姫」の食べ掛けのクレープを頂くという行為が。

 中身は俺の親友だとはいえ、どうしても畏れ多いという感情が湧いてしまう。

 ……というのに。


『はいどうぞ。ほら、カスミ。あーん』

『あ――』


 柏木さんに「あーん」をされているシーンが、脳内で勝手に再生される。

 不覚にも、その妄想に意識を持っていかれ――。


「別に良いじゃん、そんなの。違う味買ってシェアした方がコスパ良いし――――って。おーい、カスミ。通り過ぎてるよ」

「――はっ……! お、俺は今、何を」

「どうしたの、カスミ。さっきからなんかヘンだよ」


 柏木さんが不思議そうに俺の顔を見つめる。


「悪い。ちょっとぼーっとしてた」

「ほら。さっさと買って、クレープ食べに行こう?」


 柏木さんに手招きされ。俺達は文具屋の中に入っていった。


 ◇◇◇ ◇◇◇


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