第18話 お取込み中……?


 四時間目が終わり、昼食の時間となった。スマホの通知を確認すると、蕎麦――柏木さんから二件、新着メッセージ。つい三分前のものだ。


〈Sob_A221 :今日、どっかでお昼一緒に食べない?〉


 早速昼食の誘い。柏木さんとは朝話したばかりだというのに、既に感動を覚えている自分が居る。そう、これは柏木さんの誘いであって、俺の親友の誘いなのだ。


 俺は少し考えて、「良いぞ」と送る。だが問題はどこで食べるかだ。柏木さんと俺が食堂で談笑しようものなら、瞬く間に噂は校内に広まり、後は……お察しだ。


 食堂での食事は駄目だ。となると、学食も食べられない。なので必然的に、持ち歩きが出来る軽食を販売している購買に向かうことになる。


 一通りその旨を柏木さんに伝えると、なるべく人気のない場所を提案された。


 それに賛同するメッセージを送り、スマホをポケットに仕舞う。その直後、辺が俺の机までやって来た。


「冬城~。食堂行こうぜ」

「――あ、辺。そのことなんだけどな。今日は俺、購買で昼飯買うことにしたんだ」

「んお、良いな!」

「それでなんだけど……他の奴と食べる約束をしててな」

「おぉ。そうか、冬城についに俺以外の友達が……」


 遠い目をする辺。

 辺以外に親しい友人が居ないのは間違いないが、それも過去の話だ。


「と、とにかく。そう言うことだから、今日は食堂に居る奴らとでも食べてくれ」

「お、おう! はぁー、冬城に振られちまったぜ」

「悪いな」

「ま、俺は構わんぜ。んじゃ、また後でな、冬城」

「ああ」


 辺は気だるい調子で教室を出て行く。それを見届けた俺は、一階の廊下の突き当たりにある購買に向かった。購入したのは、メロンパンと卵サンド、そして麦茶だ。品物を受け取り、指定された場所――屋上前の階段へと向かう。

 一気に五階分の階段を駆け上がり、息を切らしながらも、到着した。


「お、結構早かったね」


 一番上の階段に腰掛け、膝で支えた肘で頬杖を付く、逆光で暗くなったしなやかなシルエット。


「早いな、柏木さん……」

「僕は弁当持参だから、そのままここに来るだけだったよ。とは言っても、周りには注意したけどね」

「そうか。隣、座っていいか」

「もちろん」


 階段を一段、二段と登っていく。


「結構お疲れだね」

「そりゃ、一気に五階まで駆け上がったからな……」

「どうりで。まぁ、座りなよ」

「ああ――」


 最後の二段まで登ったところで――ぐらりと後ろに視界が傾く。


「わわっ!?」

「え、あ、カスミッ!? ――――きゃっ!!」


 ドタンッ!


「……いっててて。悪い、脚に力が入らなかった。平気か、柏木さん――」


 どうやら柏木さんが、俺の手を引っ張ってくれたらしい。

 そこで俺は、顔に当たるふにゅんとした感触に気が付く。


「え、ぅ。僕は、へいき、だけど」


 柏木さんは顔を真っ赤にしながら、震える声でそう言った。

 それにより、判明したことがある。


 俺の顔は――埋まっていたのだ。どこに?


「そろそろ、その。どいてくれると、有難いかも」


 柏木さんの――谷間に。


 俺の体が、柏木さんの上に覆い被さる形になっていたのだ。


「――――あっ、悪い! 今どく、今どくから!」

「う、うん……」


 急いで起き上がり、離れようとするも、それは聞き覚えのある声によって中断されてしまった。


「冬城……何してんだ」


 階段の下の踊り場。顔をピクンピクンと引き攣らせた、辺蓮が居た。


 ◆


「――本当に悪かった、冬城! まさかお前が「棘姫」とお取込み中だったなんて」


 辺の頭をペシンと引っ叩く。


「そんな訳ないだろ。あれは事故だ」

「そ、そうか。何にせよ……後を付けて悪かったぜ。ほんの好奇心だったっつーか」

「気持ちは分からなくも無いけどな……まあ、今度から気を付けてくれ」

「ああ。……そんで、聞きたいことが山ほどあるぜ、冬城」


 辺の目がギンと光る。


「え」

「何でお前が「棘姫」と密会してたんだ!? そんな関係性じゃ無かったじゃねえか!? 少なくとも三日前までは!!」


 半狂乱になる辺。


「おい、落ち着けって」

「これが落ち着いていられるか!! 理由を聞くまで帰らねえぞ俺は!!」

「分かった、話す、話すから」


「――そうか。じゃ、俺ここ座っていいか?」


 急にスンッと大人しくなり、俺の隣にストンと腰を下ろす辺。俺は溜息を一つ漏らし、柏木さんと俺の間にあったことを一通り話した。


「――なるほどな……ネットで出会った奴が、グーゼン同じ学校に居た、と……」


 そう言うと辺は、俺の方をじっと見つめる。


「……冬城」

「なんだ」

「……ふっ」

「なんだよ」


 辺はニヤリと笑う。


「……お前と友達になって良かったぜ。やっぱり、お前といると退屈しねえ」

「急にどうしたんだ」

「ネットで出会った奴があの「棘姫」なんて、どういう因果だって話だぜ。なるほどな、それじゃ、今朝柏木さんが一緒に登校した奴ってーのは……」


「俺だ」

「あっはははっ! 傑作だぜ、冬城ぃ!」


 どうやらツボにハマったらしく、辺は一人で大爆笑。床をパンパン叩いてひーひー言っていたが、やがて落ち着いた。そして、柏木さんの方をチラリと見る。


「ところで……柏木さんは何で黙ってるんだ?」


 柏木さんは、先ほどからツンとした態度で黙々と食事を続けている。

 弁当箱をコトンと置き、ようやく口を開いたかと思えば。


「私はカスミと一緒にご飯が食べたかっただけなので。あなたと話す気はありません」


 目を合わせることなく、淡々とそう言った。


「そんな警戒しなくていい。こいつは根は良い奴なんだ」

「……そうなんですか? カスミを雨の中置いて行ったのに?」

「それは……まあ、その……」


 まあ、辺に前科があることは否定しないでおこう。


「すまなかった、冬城。俺は重大な勘違いをしていたようだぜ」

「勘違い?」

「ああ。俺はてっきり、冬城が柏木さんのことを好きなんだと思っててな、相合傘をせざるを得ない状況を作ってやれば、冬城も少しは柏木さんに近付けるんじゃないかと思ってたんだが……」


「はっ?」


 目が点になる。


「俺が……柏木さんを?」

「えっ? えっ?」


 柏木さんは動揺して、俺と辺の顔を見比べる。


「……あり得ない。こいつは俺の親友だ」

「そっそうですよ。私達、ただの親友同士なので。恋愛感情とか、そういうのはありません」


 柏木さんもコクンコクンと激しく同意。

 そう。あり得ないのだ。柏木さん――蕎麦とは知り合って五年になるが、今まで男として接してきたこともあり、今更そういう感情は湧いてこない。


「なるほどな、男女の友情……ってヤツか。ま、そう言うことなら、俺が水を差す理由は無いがな」


 辺は含みのある言い方で留め、おもむろにスマホを取り出す。何回か画面をスワイプし、タタンと文字を打ち込んだ後、ポケットに仕舞った。


「そうだ、冬城。悪いが俺、今日は一緒に帰ねえぜ。千乃と放課後デートあるから」

「そうか。楽しんで来いよ――」

「――そうだ。お前も来るか? 冬城。……勿論、だ」


 辺はニヒルな笑みで、そう言った。


 ◇◇◇ ◇◇◇


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