【改訂版】男だと思っていたネッ友とオフ会したら、隣のクラスの棘姫だった

第8話 全然、よくない

「――えっ」

　思わず、声に出た。

　ちょっと待って。さっきの男の子、十一位って言ってた……よね。

「……っ！」

　居た。カスミだ！　カスミが居た！

「ちょっと、あの」

　急いでカスミを呼び止めようとするが、すでに二人組は人混みに消え、視界から居なくなっていた。ま、まだ遠くには行っていないはずだ。早く見つけ出さないと！

　私が廊下を通ろうとすると、先程と同様に、大勢の生徒が道を開けていく。

　最初は色んな人が話しかけて来たけど、最近では私に愛想を尽かしたのか、誰も私に話しかけてくる人は居なくなった。むしろ、避けられている。

　いや、そんなことは今はどうでもいい。やっと会えるんだ。カスミに。

　私は希望を胸に抱きながら、目を皿にしてカスミを探した。

　昼休み、丸ごと全部を使って。だけど――。

「居ない……」

　北館にも。南館にも。中庭にも。グラウンドにも。屋上にも……。

　どこにも、さっきの二人組の影は無かった。

　会話を聞き流していたせいで、肝心の苗字を覚えていないから、聞き込みをしてカスミの居所を知ることも出来ない。

　つまり、完全に見失った。顔を覚えるのが苦手なのも、災いしたのかもしれない。

「はぁ……」

　そうだ。順位表を見れば名前が分かるはずだ。何で今まで気が付かなかったんだろう……。でも、これで分かる。カスミの本名が。

　期待を胸に、再び昇降口まで向かう――も。

「え……？」

　無い。

　順位表が無い。

「……あ」

　思い出した。紀里高校では、順位表は昼休みの五分前に完全撤去される。生徒の授業遅刻を防ぐことが主な理由、だそうだ。

　完全に盲点だった。

　カスミを探すことに躍起になっていて、重大なことを忘れていた……。

　ようやく、ようやくカスミに会えると思ったのに……。

　この三週間、ずっと探し続けていたカスミが、ようやく見つかったと思ったのに。

　私は心の中で、静かに項垂れた。

　◆

　カスミが紀里高校に通っていると知った翌日から、私はカスミのことを探し始めた。通学中、昼休み、放課後……。廊下をすれ違う男の子全てに目を通したし、時には勇気を出して話しかけて、カスミかどうかを確認したりもした。

　ある日は、食堂で親子丼を食べている男の子に片っ端から話し掛けた。話しかけたと言っても、一声掛けて声で判別した程度、だけど。

「あの」

「ひゃい！？　ぼぼ、僕……？」

「……すみません、人違いでした」

　最初に話し掛けた男の子は、私の呼び掛けに上ずった声で返事をしてきた。

　違う。カスミの一人称は「僕」じゃないから、この人は違う。

　次に話し掛けたのは、カウンター席で食事をする男の子。集団で居ると話し掛けづらいので、その隣で共に談笑していた生徒がどこかに去ってから、話し掛ける。

「あの……」

「ん――え？　柏木さん？」

　私の方に振り向くと、一瞬ぎょっとしたような顔を浮かべる。声、雰囲気、カスミとは違う。カスミはもっとこう、落ち着いていて、覇気がない感じで……。

「すみません。人違いでした」

「人違い？　誰か待ってんの？」

　頭をポリポリと掻きながら、懐疑の表情を浮かべる男の子。

　詮索されるのはまずい。面倒なことになると分かっているからだ。私自身、自分の影響力くらいは理解しているつもりでいる。

　ことを荒立てて、カスミに何か飛び火するのは良くない。それだけは避けたい。

「えっと……すみません」

「あ、ちょっと待ってって。何、手伝った方が良い感じ？」

「結構、なので」

　その場を足早に去る。

「……あーあ。行っちゃった」

「な、なんだよ、お前。どこから見てた」

「ククッ、振られてやんの」

「ちげーって！　そもそも、あっちから――」

　後ろから聞こえる会話が、どんどん遠ざかっていく。

　いや――――いつの間にか、私の歩くスピードが速くなっていた。

　◆

　気の良い性格の人も居たけど、カスミの雰囲気とは似ても似つかなかった。どこか寂し気で、落ち着いていて、普段は元気がないのに、ゲームになると熱中して溌剌とした声を発する男の子には、会えないままだったのだ。

「今日は肌寒いな……。ズビッ」

「どうした冬城、風邪でも引いたのか？　鼻声過ぎてまるで別人だぞ」

「花粉症だ。多分イネ科の。ズビッ」

「ほーん。アレルギー持ちって大変だな……って、あれ？」

　二人のうち一人は、そちらに近づいていく私を見ると、顔色を変える。

『おい冬城、何だか知らねえが棘姫がこっちに向かって来るぜ』

『本当だ。どうしたんだろ』

『お前……反応薄いな、ほんとに』

「あの……」

「ん、何か用か？」

「……いえ、人違いのようでした。すみません」

　雰囲気は凄く似ているけど、声がくぐもっているから、この人も違う……。

　ぺこりとお辞儀をして、その場を去る。

　またある日は、図書室に入り浸って図書委員の動向を監視した。カスミが図書委員であると知っていたからだ。ここに居れば、いつかカスミに会えるはず。

　図書室の窓際の本棚から、カウンターの方をチラチラと眺める。話しかけたいけど、仕事中みたいだし……どう話しかければいいか、分からないし。不審がられてカスミに避けられる事態は、もっと避けなくてはならない。

　そんなことをぐるぐる考えながら、本を探すふりをして、本棚の横に立つ。

　すると、いつから居たのかは分からないが、私のすぐ目線の下に、小柄な女の子が立っていることに気が付いた。

　本を胸いっぱいに抱え、茶髪の三つ編みを揺らしている。

「ええっと……何か、本探して……ますか？」

　女の子は恐る恐るといった様子で、私に話し掛けてくる。

「いえ……」

「そう、ですか。えと、あと二十分で施錠なので、時間になったら知らせますね」

「あ……はい」

　ある時は、窓際の本棚のすぐ傍にあるソファに腰掛けて、適当に本棚から抜き取った小説を読みながら図書委員を眺めた。

　……それがまずかった。小説を読んでいるうちに、窓辺から差し込む陽の光で眠くなってしまい、思わずソファに横たわり、うたた寝をしてしまったのだ。

　次に目が覚めた時、私の体には毛布が掛かっていた。きっと、あの図書委員の女の子が被せてくれたのだろう。今度、お礼を言いに行かなくちゃ……。

　そんなことを延々と続け――気付けば三週間が経過した。

　今度こそ見つけられたと思ったのに、結局また、振り出しに戻ってしまった……。

　◆　冬城佳純視点　◆

　学校が終わり、家に帰った俺は、蕎麦にメッセージを送る。

〈kasumi1012 ：何位だったんだ？〉

　しばしの間の後。

〈Sob_A221　：一位。〉

　とだけ、一通のメッセージが返って来た。

　やっぱり、蕎麦はそうだろうと思っていた。

　中学生の時も、こいつはテストで一位を連発していたのだ。その時の担任から県内で一番の進学校を勧められたが、蕎麦はそれを断ったそうだ。本人曰く、「うちはお母さんしか居ないから、お金のことで迷惑は掛けられない」とのことらしい。

　蕎麦のそういう家族思いなところを、俺は尊敬していたりする。

〈kasumi1012 ：良かったな〉

　目を輝かせる熊スタンプを送る。

〈Sob_A221　：良くない。〉

〈Sob_A221　：全然良くない。〉

　良くない……？　一位を取ったことが、なんで良くないんだ？　何かケアレスミスで点を落としたとかだろうか。だとしてもこれは……。

〈kasumi1012 ：どうした？　何かあったのか？〉

〈kasumi1012 ：おーい〉

〈kasumi1012 ：大丈夫か？〉

　それきり、蕎麦からのメッセージは来ず。

　その日。俺は初めて、蕎麦に既読無視をされた。

　◇◇◇　◇◇◇

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