第二章 棘姫の捜し人

第7話 モーゼの海割り?


 蕎麦とのテスト勉強から、ちょうど三週間後。


 中間考査が終わり、一通り答案が返却された。一喜一憂する時間も過ぎ、皆がその現実を受け入れ始めている。

 そんな中、昼食を終えた俺は、順位表が張り出される昇降口前を目指して廊下を歩いていた。


 目の前を見覚えのある顔が通り掛かる。赤に近いミディアムの茶髪を振り乱し、ご機嫌そうに廊下を歩く女子生徒――。


 山崎千乃だ。


「あ、ゆっきーじゃん! 奇遇だねっ!」

「げ、山崎……」

「げって何よ、げって!」


 思わず口に出てしまった。条件反射だろうか? なぜかこいつと対面するのは気乗りしない。


「悪い、無意識で」

「あたしに会うのが嫌だったの!?」

「いや……そういうわけじゃ……。うーん……そうなのかなぁ……」

「か、考えこまないでよ!」


 山崎はぷんすかしながら叫ぶ。


「てか、山崎。一組の次の授業は体育だろ? 早く着替えないと遅刻するぞ」

「ん、あーっと……体操服忘れちゃって。れーくんに借りようと思ってね。あはは」

「女子から借りれば良いんじゃないのか? なんで辺なんだ?」

「っ! そこは良いの!」


 顔を真っ赤にしながら叫ぶ山崎。


「あぁ、そう言うことか。悪い、察せなかった」

「はぁー、ゆっきーってほんっと乙女の純情を理解出来ないよねっ!」

「はいはい、悪かったよ」


 好きな人の私物に興味を持つ気持ちは、理解できなくもない。辺のことが好きで仕方ないのも、相変わらずらしい。辺の言う通り、上手くいっているようで安堵する。

 辺の方も「彼シャツを千乃にやって欲しい~」とか何とかボヤいていたしな。


 山崎はきょろきょろと周囲を見回す。


「ところで、れーくんはどこ居るの? 一緒に居ないみたいだけど」

「お花摘み、もうすぐ帰ってくるはずだ」

「そっか。……そうだ、ゆっきー。テストはどうだったの?」


 ふと、山崎が俺に訊いてくる。


「全体的に良かったな。平均点は八十六点。ちなみに、英語は百点だったぞ」

「ひゃっ……ゆっきー、結構勉強できるんだね……」

「ああ。そういう山崎はどうだったんだ?」


 俺がそう問いかけると、山崎は露骨にたじろぐ。


「え、あたし? えーと、あたしは……」

「ん、どうした? 教えてくれ」

「いや、ちょっと興味を持っただけって言うか、その……あたしのは、ね」


 人にテストの点数を訊くということは、逆に自分が訊かれる可能性も考慮してのことだ。だから、自分のテストの点数が悪かったなら、訊かぬが吉、だが……。


 この山崎千乃は、そんなことは考えたりしない。思いついたこと、気になったことは、人に訊かずにはいられないタチなのだ。


「なんだ、山崎。お前は初対面の相手に自己紹介させて、自分は名乗らないのか?」

「ゆ、ゆっきーとは初対面じゃないじゃん!」

「言葉の綾だ……。さぁ、観念して点数を吐いて貰おうか。さもなくば――」


 と言いつつ、ポケットに手を突っ込んでごそごそと漁る。ちなみに、「さもなくば――」の後は特に考えていない。適当に脅せば、こいつは……こうなる。


「ひ、ひぃぃぃい!」


 山崎は顔面蒼白になり、その場に縮こまった。

 俺のポケットからナイフでも出ると思っているんだろうか。単純な奴だ。


「さぁ、どうする。大人しく吐かないと――」

「ごめんなさい! ほんの出来心だったんです!」


 その様は、さながら事情聴取のようだ。すると、背後に人の気配。


「……お二方。俺抜きで楽しそうに話しないでもらえるか? なんか妬けてくるぜ」


 後ろから辺に指でツンツンと肩を差される。


「辺」

「あ、れーくん!」


 辺に気が付いた山崎は、凄い速度で辺に近づいていく。


「よう、千乃。どうした? また冬城に虐められたのか?」

「そうなの! ゆっきーがあたしの点数を……」

「なっ……!? 女の子に手を上げるなんて、見損なったぜ、冬城ぃ!」


 辺の後ろで縮こまる山崎。


「おい山崎、冤罪を吹っ掛けるのはやめろ。俺はお前に触れてすらないぞ。その夫婦めおと漫才は見飽きた」


「ふはは。だってよ、千乃」

「ぐぬぬぬ」

「で、山崎。早く辺に用件を伝えるべきなんじゃないか?」

「――あ、忘れてた!」


 俺がそう言うと、はっとしたように山崎が表情を変える。そして、もじもじしながら用件を伝えた。


「その、えっとね、次の授業が体育なんだけど、体操服忘れちゃって。れーくんの貸してくれないかな!?」

「ああ、別に良いぜ。今から持ってくるから、ちょっと待ってろ」


 辺はそれだけ言うと、廊下を歩いて行ってしまった。


「てか山崎。何で俺がポケットを漁りながら脅しただけで、あんなに怖がってたんだ? まさか……ナイフでも出ると思ってたのか?」


 それはそれでやばい奴だと思われてそうで心外である。だが、あの怖がりようだと、そうとしか考えられなくなってしまった。


「そ、それは……」


 山崎は言いずらそうにしながら、ぽつぽつと話し始める。


「昔、ああ、小学生の頃の話ね。あたし、お兄ちゃんのアメを勝手に食べちゃってさ。それでお兄ちゃんと喧嘩になって」


「向こうから謝ってくれたんだけど、仲直りのしるしにアメをやるって言われて、ワクワクしながらポケットからアメが出るのを待ってたんだけど……。お兄ちゃんがポケットから出したの、ゴキブリだったんだ――あ、れーくんには内緒だからね!」



 俺は絶句した。


 ◆


「ほら、次は忘れるんじゃないぜ」

「ありがとう! れーくん大好き!」

「お、おう……そら、行った行った」


 辺は照れ臭そうに言う。満更でも無い表情だ。山崎は辺から体操服が入った袋を受け取ると、それを胸に抱き寄せて走り去ってしまった。


「良かったな辺。念願の彼シャツだぞ」

「それはそうなんだがな……くそう、体操服姿が見られないのが悔やまれるぜ」

「それは何というか、ご愁傷様……だな」


 辺は悔しそうに、握りこぶしを作る。


「そうだ、辺。今から昇降口前の順位表を見に行くんだけど、お前も来るか?」

「んお、冬城の誘いならもちろん行くぜ。ちょうど暇してたしな」


 俺と辺は、一緒に昇降口に向かう。俺は高校に入ってからかなり勉強に身を入れているから、順位もそれなりのものになっているはずだ。

 数分で昇降口前に到着。既視感のある光景の正体は、この人だかりだろう。


 だが、今回は「棘姫」が原因ではない。


「お、あそこの隙間から入れそうじゃないか? そこ、男子が寄ってるとこだぜ」

「本当だ。少しお邪魔させてもらうか」


 ちょっと失礼、と、男子生徒が固まっている箇所の隙間から、順位表の前に出た。




 ◆ 柏木葵視点 ◆




 今日は順位表が張り出される日だ。紀里高校では、全生徒数五百十一人中、校内順位が三十位より上であれば、学年別の順位表に載る。順位表は昼に掲載され、その間昇降口には沢山の生徒が集まる――。


 そして。私も例に漏れず、それを見に行っていた。


 私が昇降口に到着すると、すでに人だかりが出来ていた。

 私が道を通ると、モーゼの海割りのように、群衆が真っ二つに割ける。


『うわ、棘姫だ……』

『柏木さん、今回一位だってさ。美人で頭も良いとか、完璧過ぎるだろ……』

『なんつーか、やっぱ近寄れねえわ……ふつーにこええよ』


『チッ。お高くとまっちゃって』

『ほんとにムカつくわ。あの子、いつか痛い目に合わせてやるんだから』


『胸デカ過ぎ……あれ一回でいいから触ってみてえな、マジで』

『いやいや、あの脚も良いぞ。太ももからくるぶしにかけての曲線美が完璧すぎる! 踏まれてえ……』


 それら言葉の数々は、私の耳には耳鳴りのようにしか聞こえなかった。

 いや、聞こえてはいるであろうそれを、鼓膜が受け付けない。慣れた、というべきだろうか。全く、気にならなくなってしまったのだ。


 私が順位表の前に立ち、順位を確認していると、ふいに、二人の男の子が私の横に立った。その男の子は私には目もくれず、順位表を見上げ、呟く。


「俺の順位は……十一位か」

「惜しかったな冬城、ちなみに俺は何位だった?」

「……圏外だ。お疲れさん」

「ええー、今回結構頑張ったんだがなぁ……冬城ぃ。何でお前そんなに勉強できるんだ? あれだけゲームしてるのに」


「どっかの誰かさんみたいに、テスト週間に彼女と遊び惚けたりしてないからな」


 ふいにそんな会話が聞こえ、私は閃いた。

 カスミの順位が分かれば、カスミのリアルの名前を知ることが出来る。カスミは結構頭が良い方だから、きっと上位にランクインしているはずだ。


 善は急げだ。早速カスミに連絡しないと……!

 スマホを取り出して、メッセージを送る。


『順位何位だったの?』


 直後、隣の男の子のポケットがブーンと鳴る。凄い偶然だ。


「ん、通知来た。Hiscodeかな……」


 隣に居た二人組が、人混みから消える。

 そして、返事は来た。


『十一位』


 ◇◇◇ ◇◇◇


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