信彦くん、結婚の挨拶に行く
トモユキ
第1話 信彦くん、結婚の挨拶に行く
「あなた、少しは落ち着いて下さい」
私はテーブルに置かれた熱いお茶を一口飲むと、やっと落ち着いた。
「そうはいってもな……どんな男かも分からんし」
「まだそんな事言ってるんですか。もう観念して下さい」
「うむ……」
三兄妹末っ子の
生まれたばかりの奈央子をこの手に抱いた瞬間から、「お嬢さんを僕に下さい!」といつか言われるだろうと、覚悟はしていた。
しかしいざその日を迎えると、いても立ってもいられない。
お相手は会社の先輩、
年齢的に少し早過ぎやしないかと思うが、今の時代、晩婚どころか未婚のまま生涯を終える人も多い。
不安定な職でもないし、娘の結婚相手としては文句の付けようもない相手である。
ピンポーン。
ああ、来てしまった。
聡子はキッチンにいる。私は意を決してインターホンを取った。
「はい」
「お嬢さんを僕に下さい!」
「ええっ! もう言っちゃうの!?」
思わず受話器越しにツッコむと、玄関の外で娘と盛り上がってる声が聴こえてくる。
「お父さんツッコミ速い!」「でしょっ!」「マジパナいっ!」
パリピかっ!? 娘もパリピなのかっ?
いやいや。
きっと信彦くんはそのセリフを繰り返し練習していて、思わずそれが飛び出してしまったのだろう。
その後の言動も、娘に対する照れ隠しかもしれない。
振り返れば自分も緊張のあまり、聡子の父親に粗相をやらかした覚えがある。それでも養父は笑って許してくれた。
今度は私の番だ。ここは亡き養父に
そんな事を考えているうちに、玄関まで迎えに行った聡子が、若い二人と一緒に部屋に戻ってきた。
「初めましてお父さん! 信彦です」
スーツを着込んだ青年が、元気な挨拶をしてくる。なるほど確かに営業マンっぽい。
「こちらこそ初めまし――」
「娘さんを僕に下さい!」
「ええっ!? 出会って二秒は早くない?」
「だってもう二度目ですよ。一度目は電話でお伝えしてますし」
「そもそも電話越し――いや、インターホン越しがおかしいよね?」
「電話?」
「いや、君が先に電話って言ったから、合わせたんだよっ!」
信彦くんは、私の手を取って必死に懇願してくる。
「とにかく僕! シノちゃんと一生添い遂げたいんです!」
「ウチの娘、奈央子だけど……」
「苗字が
「紛らわしいだろ! なんなら君以外ここにいる全員、一度はシノちゃんって呼ばれてきてるから!」
「そうかっかすんなよ、シノちゃん」
「それ娘に言ってないよね? 私に言ってるよね!?」
「もうっ! お父さんは何がダメだって言うんですか! どうして僕達の結婚に反対なんですかっ!?」
「いや、私はそんな事、一言も――」
「あざま~す! 幸せにしてもらいま~すっ‼」
「だから結論を急ぐなっ!? そもそもなんで受動態? 君がウチの娘を幸せにしなさいよっ!」
「てことはぁ~?」
「認めてねーよ、ポジティブ過ぎだろ君!」
いい加減ツッコミ疲れてきたところで、奈央子が間に入ってくる。
「のぶくんもパパも息ピッタリ! さすが親子!」
「親子じゃないよねっ!? 奈央子とお父さんが、親子だよねっ!?」
「まぁまぁお父さん、立ち話もなんですし」
「お前が言うなっ、私の家だぞ!」
「それもいつまでかなって」
「おい絶対コイツなんか企んでるぞっ、聡子っ!」
はいはいと言いながら、聡子がお茶を持ってきてくれたので、ようやく全員がソファーに座った。
しかしヤバいぞコイツ。それともこのフレンドリーさが、優秀な営業マンの証なのだろうか。
「じゃあお父さんの気持ちの整理が必要だという事で、本題前にちょっと雑談でもしましょうかね」
「確かに整理は必要だけど! それを言うのは私の方だ!」
「これ、手土産です。どうぞ」
「あ、いや、これはご丁寧に」
突然のご挨拶テンプレートに、私は思わず敬語で紙袋を受け取った。
なんだ、ちゃんと礼儀作法も
私が中から箱を引っ張り出すと、そこには『PLAYSTATION 5』と書かれている。
「これ、全然手に入らないんですよ! ゴルフコンペでもらっちゃいました!」
「あのねぇ信彦くん。普通こういう時はお茶菓子とか――」
「すごいわ信彦くんっ、これ、フォートナイト分割モードでも4K60FPS対戦ができるのよねっ! ありがとう、ありがとう!」
それまで大人しかった聡子が、秒でPS5を奪い取ると、信彦くんに繰り返し感謝の言葉を述べ始めた。
そういえば聡子の趣味はゲームだったな。最近は銃で撃ち合うゲームにハマっていたような。
エイムだ
ゲーム話が一段落したところで、私は礼を言う。
「あ、ありがとう信彦くん。ところで君は営業職なんだってね。どんなものを売ってるんだい?」
「あっ、それは辞めました」
「え? それじゃあ今は何を?」
「動画配信ですね。ゲーム実況しています」
「それはいわゆる……You Tuberってやつじゃないか! 君はそんな不安定な仕事で、娘と結婚しようとしてるのかっ!」
「安心して下さい、お父さん。僕はほとんど稼げてないので、YouTuberとも言い切れません」
「それもっとダメなヤツだろ! ただの無職って事だよね!?」
「実はいい企画があるんです。聡子さんと一緒にフォートナイト配信すれば、稼げると思うんですよ!」
「それ絶対今思いついた企画だよね!?」
「聡子さんを、僕に下さい!」
「ちょっとのぶくんっ! どうしてお母さんもらう話になってるのっ!?」
「あら奈央子。あなた本当に、信彦さんに相応しいと言えるのかしら?」
いつの間にセットアップしたのか、聡子はテレビの前に置いたPS5の電源を入れて、フォートナイトを起動している。
「勝負よ奈央子。大人のエイムを見せてあげるわ」
「私だってフォトナ遊んだ事あるんだから! 望むところよ!」
「おー
なんやかんや、ゲームで楽しそうに盛り上がってる三人。
親に挨拶に来てそれはないだろうと、私は文句を言おうとするものの、唐突な既視感に襲われてしまう。
そういえばまだ奈央子が小さい頃、テレビの前で兄妹三人集まって、わいわいゲームを楽しんでいた。
記憶に残る大家族の思い出が、目の前の光景とダブってしまう。
「お父さん、一緒にやりましょうよ!」
信彦くんが声をかけてくる。……なんだ、優しい子じゃないか。
「いや、私はゲームやらないから」
「違いますよ。僕らと一緒に、家族! やりましょう!」
「信彦くん……だから言っているだろう」
こんな失礼極まりない、人の心に簡単に入ってくるこの男に言うべき事は。
「それを言うのは、私の方だ」
信彦くんは、私に向けて居住まいを正す。
「俺、頑張ります。配信だってもっとやって、スパチャや広告で稼いでみせますから!」
「でも君、今はほとんど稼げてないのだろう?」
「それは……」
「……私と家族コラボ、やってみるかい?」
「お父さんっ……!」
ふっ……趣味の沖釣りにでも、連れていってやるとするか。
「コラボは聡子さんでお願いします」
「君ウチの娘、どうでもよくなってない!?」
信彦くん、結婚の挨拶に行く トモユキ @tomoyuki2019
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