信彦くん、結婚の挨拶に行く

トモユキ

第1話 信彦くん、結婚の挨拶に行く

「あなた、少しは落ち着いて下さい」


 せわしなく立ったり座ったりを繰り返す私を見かねて、妻の聡子さとこはお茶を淹れてくれた。

 私はテーブルに置かれた熱いお茶を一口飲むと、やっと落ち着いた。


「そうはいってもな……どんな男かも分からんし」

「まだそんな事言ってるんですか。もう観念して下さい」

「うむ……」


 三兄妹末っ子の奈央子なおこが彼氏を紹介したいと言ったのは、つい昨日の事。二人はもう、最寄りの駅に着いている。

 生まれたばかりの奈央子をこの手に抱いた瞬間から、「お嬢さんを僕に下さい!」といつか言われるだろうと、覚悟はしていた。

 しかしいざその日を迎えると、いても立ってもいられない。


 お相手は会社の先輩、信彦のぶひこくん。奈央子の二歳年上で、二十五歳の営業マンだそうだ。

 年齢的に少し早過ぎやしないかと思うが、今の時代、晩婚どころか未婚のまま生涯を終える人も多い。

 不安定な職でもないし、娘の結婚相手としては文句の付けようもない相手である。

 

 ピンポーン。


 ああ、来てしまった。

 聡子はキッチンにいる。私は意を決してインターホンを取った。


「はい」

「お嬢さんを僕に下さい!」

「ええっ! もう言っちゃうの!?」


 思わず受話器越しにツッコむと、玄関の外で娘と盛り上がってる声が聴こえてくる。

「お父さんツッコミ速い!」「でしょっ!」「マジパナいっ!」

 パリピかっ!? 娘もパリピなのかっ?


 いやいや。

 きっと信彦くんはそのセリフを繰り返し練習していて、思わずそれが飛び出してしまったのだろう。

 その後の言動も、娘に対する照れ隠しかもしれない。

 振り返れば自分も緊張のあまり、聡子の父親に粗相をやらかした覚えがある。それでも養父は笑って許してくれた。

 今度は私の番だ。ここは亡き養父にならって、温かく未来の息子を迎えようじゃないか。


 そんな事を考えているうちに、玄関まで迎えに行った聡子が、若い二人と一緒に部屋に戻ってきた。


「初めましてお父さん! 信彦です」


 スーツを着込んだ青年が、元気な挨拶をしてくる。なるほど確かに営業マンっぽい。


「こちらこそ初めまし――」

「娘さんを僕に下さい!」

「ええっ!? 出会って二秒は早くない?」

「だってもう二度目ですよ。一度目は電話でお伝えしてますし」

「そもそも電話越し――いや、インターホン越しがおかしいよね?」

「電話?」

「いや、君が先に電話って言ったから、合わせたんだよっ!」


 信彦くんは、私の手を取って必死に懇願してくる。


「とにかく僕! シノちゃんと一生添い遂げたいんです!」

「ウチの娘、奈央子だけど……」

「苗字が四宮しのみやだから、シノちゃんって呼んでます!」

「紛らわしいだろ! なんなら君以外ここにいる全員、一度はシノちゃんって呼ばれてきてるから!」

「そうかっかすんなよ、シノちゃん」

「それ娘に言ってないよね? 私に言ってるよね!?」

「もうっ! お父さんは何がダメだって言うんですか! どうして僕達の結婚に反対なんですかっ!?」

「いや、私はそんな事、一言も――」

「あざま~す! 幸せにしてもらいま~すっ‼」

「だから結論を急ぐなっ!? そもそもなんで受動態? 君がウチの娘を幸せにしなさいよっ!」

「てことはぁ~?」

「認めてねーよ、ポジティブ過ぎだろ君!」


 いい加減ツッコミ疲れてきたところで、奈央子が間に入ってくる。


「のぶくんもパパも息ピッタリ! さすが親子!」

「親子じゃないよねっ!? 奈央子とお父さんが、親子だよねっ!?」

「まぁまぁお父さん、立ち話もなんですし」

「お前が言うなっ、私の家だぞ!」

「それもいつまでかなって」

「おい絶対コイツなんか企んでるぞっ、聡子っ!」

 

 はいはいと言いながら、聡子がお茶を持ってきてくれたので、ようやく全員がソファーに座った。

 しかしヤバいぞコイツ。それともこのフレンドリーさが、優秀な営業マンの証なのだろうか。


「じゃあお父さんの気持ちの整理が必要だという事で、本題前にちょっと雑談でもしましょうかね」

「確かに整理は必要だけど! それを言うのは私の方だ!」

「これ、手土産です。どうぞ」

「あ、いや、これはご丁寧に」


 突然のご挨拶テンプレートに、私は思わず敬語で紙袋を受け取った。

 なんだ、ちゃんと礼儀作法もわきまえてるじゃないか……それにしても、デカい紙袋だ。

 私が中から箱を引っ張り出すと、そこには『PLAYSTATION 5』と書かれている。


「これ、全然手に入らないんですよ! ゴルフコンペでもらっちゃいました!」

「あのねぇ信彦くん。普通こういう時はお茶菓子とか――」

「すごいわ信彦くんっ、これ、フォートナイト分割モードでも4K60FPS対戦ができるのよねっ! ありがとう、ありがとう!」


 それまで大人しかった聡子が、秒でPS5を奪い取ると、信彦くんに繰り返し感謝の言葉を述べ始めた。

 そういえば聡子の趣味はゲームだったな。最近は銃で撃ち合うゲームにハマっていたような。

 エイムだ安置あんちだ、信彦くんと聡子の会話は私にはさっぱりだが、こうなっては文句の付けようもない。

 ゲーム話が一段落したところで、私は礼を言う。


「あ、ありがとう信彦くん。ところで君は営業職なんだってね。どんなものを売ってるんだい?」

「あっ、それは辞めました」

「え? それじゃあ今は何を?」

「動画配信ですね。ゲーム実況しています」

「それはいわゆる……You Tuberってやつじゃないか! 君はそんな不安定な仕事で、娘と結婚しようとしてるのかっ!」

「安心して下さい、お父さん。僕はほとんど稼げてないので、YouTuberとも言い切れません」

「それもっとダメなヤツだろ! ただの無職って事だよね!?」

「実はいい企画があるんです。聡子さんと一緒にフォートナイト配信すれば、稼げると思うんですよ!」

「それ絶対今思いついた企画だよね!?」

「聡子さんを、僕に下さい!」

「ちょっとのぶくんっ! どうしてお母さんもらう話になってるのっ!?」

「あら奈央子。あなた本当に、信彦さんに相応しいと言えるのかしら?」


 いつの間にセットアップしたのか、聡子はテレビの前に置いたPS5の電源を入れて、フォートナイトを起動している。


「勝負よ奈央子。大人のエイムを見せてあげるわ」

「私だってフォトナ遊んだ事あるんだから! 望むところよ!」

「おー母娘おやこ対決! これ録画してもいいですか?」


 なんやかんや、ゲームで楽しそうに盛り上がってる三人。

 親に挨拶に来てそれはないだろうと、私は文句を言おうとするものの、唐突な既視感に襲われてしまう。


 そういえばまだ奈央子が小さい頃、テレビの前で兄妹三人集まって、わいわいゲームを楽しんでいた。

 記憶に残る大家族の思い出が、目の前の光景とダブってしまう。


「お父さん、一緒にやりましょうよ!」


 信彦くんが声をかけてくる。……なんだ、優しい子じゃないか。


「いや、私はゲームやらないから」

「違いますよ。僕らと一緒に、家族! やりましょう!」

「信彦くん……だから言っているだろう」


 こんな失礼極まりない、人の心に簡単に入ってくるこの男に言うべき事は。

 

「それを言うのは、私の方だ」


 信彦くんは、私に向けて居住まいを正す。


「俺、頑張ります。配信だってもっとやって、スパチャや広告で稼いでみせますから!」

「でも君、今はほとんど稼げてないのだろう?」

「それは……」

「……私と家族コラボ、やってみるかい?」

「お父さんっ……!」


 ふっ……趣味の沖釣りにでも、連れていってやるとするか。


「コラボは聡子さんでお願いします」

「君ウチの娘、どうでもよくなってない!?」

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信彦くん、結婚の挨拶に行く トモユキ @tomoyuki2019

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