第6話 もう一人の殺人犯

 最初の情報が齎されたのは、もう一人の殺人犯を探し始めた翌日のことだった。


 冒険者ギルドに駐屯騎士団のザックロス・メイデイ中隊長と二人の騎士が訪れた。訪問の目的を聞いた職員によって、すぐにギルドマスターの執務室に案内された。


「それで、その似顔絵の男を見たっていうのはあんた達かい?」

「ええ、一昨日の夕方です。西街道の巡回から戻って、門兵と話している時に町から出て来たその男を見掛けました」

「町で見ない顔だしかなり体格が良かったから、違う町の衛兵か国軍の兵士かと思ったのを覚えています」

「この二人は人の顔を覚えるのが得意だから間違いないと思う」


 騎士二人の目撃証言をザックロス中隊長が保証した。騎士の詰所には、昨日の夕方似顔絵が届けられたが、二人とも非番だったため今日気付いたらしい。


「と言う事は、この町から出て行ったのか……ここから西にはもう町はないけどねぇ。シェルタッド王国に行くつもりなのか」


 マルデラの町から、クノトォス領から、そしてこのアルストン王国から出て行って二度と戻って来ないなら、態々追い掛ける必要もない。厄介事が自分から去って行ってくれるなら大歓迎だ。


(それにしても、本当に居たんだねぇ)


 ダドリーの娘が描いたという似顔絵は、本当に上手く描けていたらしい。二人の騎士が模写を見て直ぐにピンと来たくらいだから相当なものだ。


(うちで模写士として働いてくれないかねぇ)


 殺人犯は本当にもう一人居たが町に危険はなさそうなので、アンヌマリーは益体も無い事を考えていた。


「当面、西門付近の警備を増やせば問題解決じゃないか?」


 ザックロス中隊長もアンヌマリーと同意見のようだ。


「そうだね。カイル衛兵長とも相談して――」

「ギルドマスター!」


 扉を強くノックする音と自分を呼ぶ声に話を遮られた。


「なんだい!? 今お客が来てるのが分からないのかい?」

「申し訳ございません! ですが冒険者の一人が、例の男を森で見たと」

「何だって? ここに連れておいで!」

「はい、只今!」


 森で見たとはどういう事だろう? そのまま西に向かって、隣国シェルタッド王国に向かうんじゃなかったんだろうか?


 アンヌマリーが美しい顔を顰めているせいで、騎士達にも問題が起こったと伝わった。


「まだ町の近辺に居る可能性があるようだな」

「その冒険者の話を聞いてみないと分からないけどね」


 ギルドの職員に案内され、一人の冒険者が執務室に来た。二十代後半で中肉中背、伸ばした赤髪を後ろで一つに束ねている。


「あんたは確か、マイロンだったか」

「ああ、そうだ。マイロン・ベイルズ、『緋色の獅子』だ」


 「緋色の獅子」はBランクの冒険者パーティ。このマルデラの町では上位に位置する。それはつまり、その目撃証言は信頼に値するという事だ。


「俺達は捜索依頼を受けてガルベストリの森に向かったんだ。ノストランドは別のパーティが向かったから」


 ガルベストリの森とは、マルデラの西街道の南に広がる森を指す。ノストランドは北側の森である。


「街道から入った割と浅い場所だ。門からだと一時間くらいってとこか。そこで奴を見た」


 マイロンはパーティの仲間と相談の上、マイロンだけが町に戻ってギルドに報告し、他の仲間は距離を置いて男を監視する事にしたのだと言う。


「俺達はダドリーみたいに強い訳じゃないからな。無理をして命を落としたくない」

「それは賢明な判断だよ。よく知らせてくれたね」


 アンヌマリーはマイロンに労いの言葉を掛け、男を捕縛する為にチームを編成する事にした。丁度その場に居た駐屯騎士団のザックロス中隊長と手短に打ち合わせを行う。騎士団から十名、町の衛兵から八名、それに加えて手の空いた冒険者のうちBランク以上に召集を掛ける。


「しかし、もし瘴魔しょうまを相手する事になったら?」

「クレイマンを連れて行くしかないだろうよ」


 この町で瘴魔を倒し得る浄化魔法を使えるのは、神官のクレイマン・カートのみ。マルデラは小さな町なので神殿はないが、冠婚葬祭の他に「天恵の儀」を執り行う為の祠と神官詰所がある。神官は三人居るが、高位の浄化魔法はクレイマンしか扱えない。

 だが、このクレイマンという男は曲者だった。酔いつぶれて寝ているか、酒に酔っているかのどちらかしかない。四十代後半で独身、神官らしからぬだらしなさのせいで恋人や友人も居らず、同僚神官からも毛嫌いされている男なのだ。


「クレイマン……あの男、起きてるだろうか」

「起きていようが寝ていようが、頭に水ぶっ掛けてでも連れて行くしかないだろうね」


 ザックロス中隊長の懸念をアンヌマリーがぶった切る。こういう時に役に立ってもらわねば、普段の生活態度の悪さを目溢ししている意味がない。

 こうして殺人犯を捕縛する為にガルベストリの森へ向かうチームの編成が着々と進められた。





「お父さんも行くの?」

「ああ。Sランクパーティはお父さん達だけだからね。こういう時に頼りにされる」

「私も行っちゃだめ?」


 遅くまで宴会を行っていたので、ダドリーはまだ家に居た。ミリーとリリはしっかりと昼の営業を終えている。

 先程、アネッサが家に来てギルドで召集が掛かった事を知らされた。ここに泊まっていたジェイクは一旦家に戻って準備してくると言う。クライブとアルガンには、アネッサが既に連絡をしていた。


 自分も行っては駄目かと問うリリに、ダドリーが優しく諭す。


「危ない事はお父さん達に任せなさい。リリはお母さんとミルケを守っておくれ」

「…………分かった。ねぇお父さん、あの瘴魔なんだけど、ボヤっと光る白い球が見えなかった?」

「白い球? いや、お父さんは気が付かなかったなぁ。リリにはそれが見えたの?」

「うん」

「そうか……リリは何か特別な『天恵ギフト』を授かったのかも知れないね」


 ダドリーはリリの頭を優しく撫でた。あれだけ離れた所から狙った場所を撃ち抜く魔力弾の精度もさることながら、それが「見えた」という事は、何かしら「目」に関する天恵かも知れない。


「あのね、あの時は頭に白い球が見えたの。だけど、いつも頭が弱点なのかは分からないから」

「そうだね、決まった弱点があるなら既に皆が知っているだろうしね」

「だから、私も一緒に――」

「ダメだよ、リリ。気持ちは嬉しいけど、娘を危険な目に遭わせたい親なんていないんだ。分かってくれるね?」

「…………はい」


 ダドリーはリリをぎゅっと抱きしめ、リリも精一杯抱きしめ返した。店の片付けを終えたミリーが二階へ上がり、その光景を見つめて顔が綻ぶ。


「ミルケ、行ってくるね」


 ミリーに背負われ眠っているミルケの額に、ダドリーが軽くキスした。


「ミリー、行ってくる」

「行ってらっしゃい。気を付けて」

「ああ。じゃあリリ、二人のこと頼んだよ」

「お父さん、行ってらっしゃい!」

「行ってきます」


 リリとミリーはダドリーの背中を見送った。





 冒険者ギルド、マルデラ支部の前に多くの人が集まっている。


 駐屯騎士団からザックロス中隊長を含めた十名。その中に、殺人犯を目撃した二名の騎士も加わり、全員が騎乗していた。防具は軽装。瘴魔が相手の場合、鎧は役に立たないからである。

 街の衛兵からは、カイル・ノードス衛兵長を含めた八名。こちらも革鎧程度で四名が刺又を装備、他の者は槍代わりの長い棒を持っている。衛兵の仕事は犯罪者を捕縛する事であり殺傷する事ではないからである。


 冒険者は、「金色の鷹」の五名、「緋色の獅子」のマイロンが案内役、この他に十二名が集まった。


 そして、ギルド職員の男性の肩を借りてようやく立っている人物が神官のクレイマン・カート。髪の毛がびっしょり濡れている所を見るに、本当に頭から水を掛けられたらしい。今日も今日とて酒場で酔っ払っている所を職員が無理矢理連れて来たようだ。

 騎士が二人がかりでクレイマンを馬に乗せている。あの様子では、馬から落ちて首の骨でも折るのではないか。普段は町の厄介者だが、こんな時くらいは活躍してもらわないと困る。誰もがそう思っていると、騎士の一人がクレイマンの後ろに騎乗した。これで少なくとも現場までは無事辿り着けるだろう。


「マイロンが奴をみた場所まで案内してくれる。監視役の『緋色の獅子』に合流したら、後は作戦通りで頼むよ」


 アンヌマリーが集まった者達にそう指示を出した。


 可能なら生きたまま捕まえたい、というのがギルドと騎士団の考えだった。ダドリーが倒した男は、スニーフ・ギャバンという名前は判明したが、その素性や犯行の動機は不明。更に彼が持っていた薄い箱は魔道具である事が分かったものの、その詳細についても分かっていない。ダドリーの話ではその魔道具から瘴魔が出現したように見えたという事だが、出所や使用方法、安全性について分からないままである。そういった事情から、もう一人の殺人犯から情報を得たいというのは理解出来た。


 だが、あくまでも安全が第一だ。生け捕りに拘って誰かが命を落とすような事があってはならない。その点はアンヌマリーも全員に念を押した。


 時刻は十五時過ぎ。急がなくては日が沈む。暗くなった森では相手を見失う恐れがあるし、不意打ちも受けやすくなる。そこで、マイロンも騎士団の馬に乗せて先行する事になった。その後を徒歩の衛兵達と冒険者達が追う。速足で出発する馬と騎士団を見送り、ダドリー達「金色の鷹」も西門を抜け、街道を西へと向かった。





 その男を監視している「緋色の獅子」の三人は、木や腰丈の草に隠れながら跡を追っていた。距離は約三十メートル、森の中ならばギリギリ相手に気付かれない距離だった。

 もう四時間近く男の跡を追っているが、相手はフラフラと森を彷徨っているだけで何か目的があって移動しているようには見えなかった。時折木に寄り掛かってブツブツと呟いている。離れているため何を言っているか分からないが、はっきり言って気色悪い。まともな精神状態とは思えない。


 男は隙だらけで、自分達だけで倒せるのではと何度も思った。それをしなかったのはBランク冒険者として培った警戒心からである。確実に自分達が勝てる状況を待つ。万難を排して敵を討つ、それが生き残る秘訣だと経験から知っているのだ。


 じりじりと、ただ離れた場所から男を監視する。このまま援軍は誰も来ないのではないか、やはり多少のリスクを取って男を倒すべきではないか。我慢強い彼等も痺れを切らしそうになった時、気配を消して背後から近づく者が居た。マイロンだ。戻って来た仲間を見て彼等は安堵した。マイロンが自分達を追えるように「緋色の獅子」の仲間だけが分かる目印を道中に残してきたのだ。


 マイロンがハンドサインで知らせる。付近に十名の騎士が潜んでいる。神官も一人いる。この場に神官が来たという事は、あの飲んだくれのクレイマンだろう。普段なら自堕落な神官に眉を顰めるところだが、瘴魔が出るかも知れないと思うと心強い。


 「緋色の獅子」四人と騎士、神官の一団は男から距離を取った状態で少しずつ包囲を狭めた。衛兵と冒険者がここに到着するまであと三十分ほど。だが、たった一人の男に対して今は十五名居る。さすがに十五対一なら男に勝ち目はないだろう。


 ザックロス中隊長はそう判断し、騎士達に指示を送る。可能な限り近付き、まず魔法で手足を狙って先制攻撃する。相手が怯んだ隙に騎士数人で制圧。なるべく生け捕りにしたいが、相手が抵抗するなら殺して構わない。

 全員に指示が行き渡り、魔法の得意な騎士三名が詠唱を始めた矢先、男が叫び声を上げ始めた。


「だから俺は言ったんだ! 瘴魔を操るなんて無理だって!」


 次の瞬間、男の体から大量の黒い靄が溢れ出した。

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