第2話 リリは犯人を見付けたい
父ダドリーから「ヤバい奴が居るかも」と聞かされてから二日後。リリは「ヤバい奴」が気になって仕方なかった。
なにせ「
前世の記憶はあるが、今の家族の事がリリは大好きなのだ。ダドリーはとにかく甘い。家を空けることが多いからなのか、リリのことを猫可愛がりしてくれる。ミリーは時に厳しいが、それは母故のこと。悪いことや危ないことさえしなければ優しい母である。弟のミルケはまだ一歳を過ぎたばかりで可愛くてしょうがない。ぷにぷにの頬っぺとか、特にお気に入りだ。
ダドリーの冒険者仲間も好きだし、「鷹の嘴亭」に来る常連さんも好き。近所の肉屋や八百屋のおじさん、おばさんも良い人だし冒険者ギルドの人も良い人だ。つまり、リリがマルデラの町で関わる人はだいたい良い人。そういう人達が傷付く所なんて見たくなかった。
魔法の練習も二日我慢していたが、リリは自分から行動することに決めた。もし本当に「ヤバい奴」がこの町に潜んでいて、悪事を働く機会を窺っているとしたら、それを恐れてビクビクするだけなのが嫌になったのだ。
「お母さん、ギルドに行って来るね」
昼の営業が恙なく終わった所で母に告げた。
「リリ! お父さんが言ってたでしょ? 暫くギルドに行くのはお休みしなさい」
「ええぇ……」
「そんな顔してもダメよ?」
ぷくっと頬を膨らませるリリ。行動すると決めたのに早速その決意が挫かれそうだ。
「じゃ、じゃあ、お母さんも一緒に行こ?」
「そんなに魔法の練習がしたいの?」
「うん。お母さん、最近私の魔法見てないでしょ?」
「それもそうねぇ」
本当に「ヤバい奴」が居て町をうろついているのなら、リリは見付けられると思っていた。リリは人の感情を色付きの靄で判断出来る。これまで数回しか見た事はないけれど、悪意を持っている人の靄は「灰色」なのだ。「鷹の嘴亭」で食い逃げしようとした人、商店街でスリを働こうと獲物を狙っていた人、幼い子供を苛めていた年嵩の少年たち。そういった人達の顔の周りには薄い煙のような靄が纏わりついていたものだ。
そんなリリの考えは露知らず、ミリーは抱っこ紐でミルケを抱っこし、リリと手を繋いで冒険者ギルドへ向かった。マルデラの町はそれほど大きくない。中心部に近い「鷹の嘴亭」からギルドまで、リリの足で歩いても十五分かからないくらいだ。
「お母さんと出掛けるの、久しぶりー!」
「そうかしら?」
「そうだよー」
短い距離でも、こうやって母と手を繋ぎながら歩けるのがリリは嬉しかった。ミルケが生まれたから自分ばかり構っていられない事は理解しているが、理解していても寂しいものは寂しいのである。前世では二十七歳までの記憶があるが、子供の体に精神が引っ張られているようだ。
ミリーも満更ではないようで優しい笑みを浮かべている。ミルケにも母と姉の上機嫌が伝わっているみたいに「きゃっきゃっ」と可愛らしい声を上げていた。
母子三人が冒険者ギルドに到着すると、リリはギルドの受付に走って行き、訓練場の使用許可を得る。ミリーは受付から少し離れた場所でその様子を見守り、受付の職員に軽く目礼した。
「お母さん、こっちこっち!」
「はいはい、フフフ」
いつものように的を立て掛けて「
「ちょ、ちょっとリリ! あれ貫通してるわよね!?」
「えへへ」
リリは腰に手を当ててドヤ顔をキメた。
「いや、可愛いけど! 威力が可愛くない!」
リリはこてん、と首を傾げた。え、みんなこれくらいは出来るんじゃないの?
「……リリ、あの金属の盾、何枚貫通出来るの?」
「えーと、今は三枚くらい?」
「三枚!?」
「おぎゃー!!」
「あー、ミルケごめんね。びっくりさせちゃったね」
ミリーが大きな声を出した為、ミルケが驚いて泣き出してしまった。リリがミルケを覗き込んで変顔をしてあやすと直ぐに泣き止んでくれた。
「あの、お母さん……三枚貫通したら、変?」
「変じゃないけど……このこと、他に知ってる人いる?」
「うーん、たぶんいないと思う」
母の様子を見て、リリは段々と不安になってきた。自分は何かやらかしてしまったのだろうか? 他の魔法はたいして使えないから、「ブレット」だけを頑張って磨いて来たのに。大切な家族と自分を守る為に必要だと思っただけなのに……。自分がやってきたのは悪い事だったのだろうか?
リリの目に、じんわりと涙が浮かんできた。リリはそれを服の袖でぐいっと拭う。
「リリ、怒ってないし、責めてもいないから泣かないで?」
「……うん」
母が膝を折って目線をリリと合わせ、優しい声で告げる。その手はゆっくりとリリの頭を撫でていた。
「今まで頑張ったのね……とっても偉いわ」
「えへへ」
目と鼻の周りを赤くしながら、リリは母の言葉に笑顔を返した。
「今の魔法、出来るだけ他人に知られないように気を付けてね? あと、無暗に人に向けちゃダメよ? ただ、リリが危ないと思った時は躊躇わずに使いなさい」
「はい!」
本当は金属の盾五枚を貫通出来るのだがそれは内緒にしておこう。母の言い方から、貫通するのが盾三枚でも威力が高くて問題らしい。その上、狙った所に寸分違わず当たるなんて言わない方が良いだろう。余計な心配は掛けたくない。
「ブレット」が規格外な魔法かも知れないという可能性に慄きつつ、リリは再びミリーと手を繋いで自宅に帰ることにした。その時、ようやく本来の目的を思い出した。往路では浮かれ過ぎて「灰色の靄」を探すのを忘れてしまっていたのだ。
「むむむ……」
「リリ、どうかした?」
「ん、けーかいしてる」
「フフフ! そうね、変な奴がいたら教えてちょうだい?」
「うん」
人の感情が色付きの靄で見える事は、両親にも話していない。話したら気味悪がられるかも知れないと思うととても話せなかった。大好きな家族から疎まれるなんて、想像しただけで泣けてしまう。
くりくりとした大きな目が可愛らしいリリだが、今だけは目を皿のようにして周囲を見回していた。知り合いが何人もリリに気付くが、機嫌が悪いのかと思って声を掛けなかった。
顔の周りに浮かぶ靄を次々と見ていく。黄色、黄色、青、赤、黄色、ピンク、青。遠くまで見渡そうとするけれど、背の低いリリでは手前の人々が邪魔になってそれほど遠くまでは見えない。時折背伸びするリリを見ながら、ミリーは首を傾げる。
(そう簡単に見つかる訳ないか……)
そもそも、マルデラの町に潜んでいるというのは噂でしかない。もし本当に潜んでいるとしたら、こんな日中に出歩いている筈がない。そんな事はリリにも分かってはいるのだが、家族や町の人の為に自分のヘンテコな能力を役に立てたかったのだ。
しかし、無情にも自宅は近かった。もう目の前である。ミリーが懐から入り口の鍵を取り出そうとしている。何も見付からなかった事が残念なような、ほっとしたような妙な気分だった。
その時、少し北にある詰め所から何人もの衛兵が走って来た。リリ達には目もくれず東の方へ向かう。町の人々も何事かと衛兵の背中を見送っている。
「お母さん……」
リリが母の服の裾を掴んだ。沢山の衛兵が走って行ったから不安なんだろう、ミリーがそう思ったのも束の間、リリは衛兵を追い掛けて走り出した。
「リリ! 待ちなさい!」
ミリーも慌ててリリを追い掛ける。リリは平らな石畳が敷き詰められた道を全力で走る。全力でないと衛兵を見失ってしまう。
衛兵さんがあんなに慌てる事なんて滅多にない。きっと「ヤバい奴」が何かしたんだ。そいつが狡賢い奴なら、衛兵さんが取り逃がしてしまうかも。でも私なら見付けられる!
三分も走っただろうか。マルデラの東門と中央交差点の真ん中辺りに人だかりが出来ていた。衛兵たちがその中に入って野次馬を近付けないようにしている。人だかりの左に細い路地があり、そこで何かあったようだ。
リリは小さい体を人だかりの隙間に押し込んで前に出た。路地は日陰で薄暗かったが、そこに男性が倒れているのが見えた。血は流れていないが、こちらを向く男性の目は何も見ていないのが直ぐに分かった。リリは悲鳴を上げないよう自分の口を押さえた。突然、襟を誰かに掴まれて引っ張られる。リリは恐怖で身が竦んだ。
「リリ! 待ちなさいって言ったのに、聞こえなかったの!?」
遺体の異様さが目に焼き付き、リリは直ぐに返事が出来なかった。男性の遺体はミイラのように干からび、骨と皮だけのようだったのだ。
「お母さん、ごめんなさ――」
母の剣幕にリリも我に返って謝ろうとした時、人だかりの後ろの方に黒い靄が見えた。
そう。それは灰色なんて生易しい色ではなかった。轟々と燃え盛る炎から出る真っ黒な煙のように、向こう側が見えないくらい濃い黒だった。背が高く病的に色が白い痩せぎすの男と、体格が良く頭を剃り上げた男。
真っ黒な靄を纏った人物は
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