神様の勘違いで神眼「ウジャトの目」を授かった転生少女は、神獣と共に異世界で魔を撃ち貫く

五月 和月

第一章

第1話 リリという名の少女

 リリアージュ・オルデン、八歳。両親や友達からは愛称の「リリ」と呼ばれている。ショートカットにした枯草色の髪は父親のダドリー譲り、明るい茶色の瞳は母親のミリー譲りである。髪は短めだが別にお転婆という訳ではない。寧ろ部屋に籠って本ばかり読んでいるような女の子だ。


 父ダドリーはSランク冒険者パーティ「金色の鷹」で魔術師として活躍している。母のミリーも元は同じパーティの冒険者だったが、リリの妊娠が分かった直後にきっぱりと引退。現在は「鷹の嘴亭」という料理屋を営んでいる。

 母ミリーは弟のミルケがお腹にいる時も、店を一人で切り盛りしていた。見かねたリリが手伝い始めてからもう一年以上経つ。現在のミリーは背中にミルケを背負いながら仕事をしている。


 リリ達親子が住む町は「マルデラ」といい、アルストン王国の西の端に位置する。馬車で三日ほど西に進めば、隣国シェルタッド王国との国境に辿り着く。マルデラは両国を行き来する商人が休憩と補給で必ず立ち寄る町なので、各種商店はもちろん宿や食事処が多く、また隊商も多く訪れて賑わっている。


 ただし危険も多い場所だ。国境へと続く街道の南北には広大な森が広がり、かなり奥地まで行くとダンジョンもある。森やダンジョンには「魔物」と呼ばれる凶暴な生物が居て人々を襲う。街道は王国の騎士団が定期的に巡回しているが、森は「冒険者」の管轄だ。従ってマルデラには冒険者も多い。


「リリ、オムレットライス二つ!」

「はーい!」

「リリ、ハンブルグ一つね!」

「はーい!」


 昼時の「鷹の嘴亭」はほぼ毎日満席になる。「オムレットライス」はオムライス、「ハンブルグ」はハンバーグ。共にこの店でしか食べられないとあって大人気メニューだ。

 両方ともリリが考案したもの。いや、正確に言うとの知識を基に作ったものだ。


 リリが前世の記憶を取り戻したのは三歳の頃。突然、何の前触れもなく思い出したのだった。そして思い出してから謎の体調不良に陥った。高熱が出て、一週間目が覚めなかった。そして目覚めた時、リリの視界に変化が起こっていた。


「リリ! 目が覚めたのね」

「よかった……よかったよ」


 目覚めたリリの目に、心配そうに覗き込む両親の顔が映った。そして、彼らの顔の周りでぼんやり光る「色付きの靄」も。それは明るい黄色と薄いピンクの靄だった。


 最初、熱のせいで目に異常を来したと思った。前世でもそのような病気は記憶になかったが、とにかく病気ではないかと考えた。両親を心配させたくなくて相談出来なかったが、しばらくして病気ではないのではと考え始めた。色付きの靄は、その人の感情を表しているらしい、と気付いたのだ。


 父や母がリリに愛情を向けている時は「明るいピンク」の靄になる。母が父に怒っている時は「赤い」靄になる。父が母をベッドの誘う時は「赤みがかった紫」……これはあまり知りたくなかったが。とにかく、人の感情が靄の色に表れているらしいのだ。


 それは分かったのだが、この能力が何の役に立つのかさっぱり分からなかった。寧ろ視界に余計な物が混ざって邪魔である。邪魔であるが、見えている物は仕方ない。上手く付き合っていくしかないと諦めた。


 前世の事を思い出してから、リリは本を沢山読むようになる。リリが生まれた世界は前世とは全く異なり、人を襲う魔物が蔓延って、それを剣や魔法で倒す。小説や漫画、アニメの世界のようだ。そんな世界で生きていく為には何よりも知識が必要だと思った。幸い、この世界には活版印刷の技術が普及しているらしく、本はそれほど高価ではなかった。両親はリリが求めるままに本を与え、リリは知識を貪欲に吸収していった。


「ねぇ、お母さん。魔物は分かるんだけど、『瘴魔しょうま』って何?」


 本の中に出現した分からない単語について、リリはミリーに尋ねた。


「『瘴魔しょうま』っていうのはね、魔物より遥かに危険な存在よ。『瘴気溜まり』っていう場所から生まれると言われてるけど、はっきりとは分かっていないの」

「へぇー……魔物より危険ってどうして?」

「触れるだけで生命力を吸い取られるし、酷い疫病を撒き散らすって言われてるわ」

「うへぇ……お父さんだったらやっつけられるかな?」

「うーん、お父さんでも難しいの。高位の浄化魔法か、超高温の炎魔法じゃないと倒せなかったと思うわ」


 この世界には魔物より厄介な「瘴魔しょうま」という存在が居るらしい。「瘴魔」も脅威度に応じて「瘴魔鬼しょうまき」「瘴魔王しょうまおう」というのが居るそうだ。


「……『瘴魔しょうま』と出会っちゃったらどうすればいい?」

「一目散に逃げなさい」


 「瘴魔」を見たら逃げる。リリは心に刻んだ。リリは転生者だが、好んで戦いに身を投じるつもりは毛頭なかった。それよりも、程ほどで楽しく幸せに暮らせれば良い、もし叶うなら、前世で縁のなかった結婚もしてみたい、と願っていた。基本、目立つのは嫌いな性分なのだ。


 だが、母の営む料理屋ではやらかしてしまった。七歳の子供が、それまでにないメニューを考案したのである。しかもそれが食べた事のないほど美味しかった。リリがミリーに披露したのはオムライスとハンバーグだけではない。調子に乗って、デザートも含めて十種類も作って見せた。前世では料理が好きだったので我を忘れた。ミリーは手放しで喜んだが、「鷹の嘴亭」で採用するのは二つにしてくれ、とリリが頼み込んだ。それでも店は大盛況。ライバル店も真似しようと頑張っているが、再現するのは中々難しいようだ。


「ふぅー、お母さんお疲れ様! 今日もお客さん一杯だったね!」

「リリもお疲れ様! また魔法の練習に行くの?」

「うん。なるべく早く帰る」

「気を付けるのよ?」

「はーい」


 昼の営業が終わると、リリは自分や家族の生存確率を上げる為、魔法の練習に勤しんでいた。魔物や「瘴魔」というものが居て、基本自分の身は自分で守る必要があるこの世界。好んで戦いたい訳ではなくても、自衛の手段はあった方が絶対良い。

 とは言えリリが使える魔法と言えば、火魔法は薪に火を点ける、水魔法は水瓶を満たす、風魔法は洗濯物を乾かす、といった生活に密着したレベルのもの。

 唯一、攻撃として使える無属性の「ブレット弾丸」の威力と精度を磨いているのだ。


 無属性の魔力を弾丸のように射出する「ブレット」、これはリリが名付けたオリジナルの魔法である。実物は見た事が無いが、銃の弾丸をイメージしている。


 「鷹の嘴亭」はマルデラの町を東西に貫く大通り沿い、やや西に位置している。町を囲む石造りの防壁近くまで行けば冒険者ギルドの建物があり、その裏に訓練場が設えられている。父のダドリーが現役、母のミリーも元冒険者で二人とも名を知られているから、リリは両親のコネで訓練場の一画を使う許可をギルドから得ていた。


「やぁリリちゃん。今日も練習かい?」

「はい、そうです!」


 偶々訓練場に居た二十歳になるかならないかくらいの男性冒険者から声を掛けられた。何度か見かけた事のある顔だ。彼の顔の周りには薄いピンクの靄が見える。経験上、親愛の情だと分かる。


「怪我しないよう頑張れよ!」

「はい!」


 いつものように訓練場の隅っこに行き、廃棄されている防具や盾を見繕う。金属製の物だけ選んで訓練場の壁に立て掛けた。そこから三十メートル程後ろに下がり、右手の人差し指を前に伸ばし、親指を上に立てて残りの指を軽く曲げる。手で拳銃の形を作ったのだ。左手は右手の下からそっと添えた。リリが何故手をこのような形にしているかと言えば「何となくカッコイイ気がする」からである。


(ブレット)


 拳銃の弾丸をイメージ。指先に魔力が集まり仄かに光る。そこから不可視の弾丸が発射され、盾のど真ん中を貫通した。次に連射。弾丸は先に空いた穴を寸分違わず通過し、土にめり込む。

 その結果に満足すると、金属鎧と金属の盾を重ねて立て掛け、そこに向かって撃ち込んだ。鎧と盾を難なく貫通。次に左右に遮蔽物がある事をイメージし、そこに移動しながら撃つ。全弾が的のど真ん中に命中した。


 リリはこんな事を、もう二年も続けている。


 訓練場は、小さな「キン、キン」という音がするだけで、派手な爆発音や土煙が上がることもない。偶々そこに居た先程の冒険者も、何やら腕を伸ばしてちょこまかと動くリリを「可愛いなぁ」と微笑ましく見ているだけだった。何をやっているか正確に理解しているのはリリ一人だけであった。





 冒険者ギルドから帰ると、珍しく父ダドリーが帰宅していた。今は弟のミルケを抱っこしてあやしている。


「リリ、お帰り!」

「ただいま、お父さんもお帰りなさい!」

「ああ、ただいま」

「ギルドに寄らなかったの?」

「うん。今日はジェイクが代表で行ってくれたから、父さんは真っ直ぐ帰って来たんだ」

「そっかー」


 父が冒険者ギルドに立ち寄っていれば、家まで一緒に帰って来れたのに。少し不満顔のリリである。

 リリ一家が住むのは「鷹の嘴亭」の二階部分。一階が店舗、二階が住居の建物だ。母のミリーは夕食の支度をしていた。「鷹の嘴亭」は昼限定で営業しており、夜は予約が入った時だけ開けている。店は盛況だし、ダドリーが冒険者としてかなり稼いでいるのであくせくする必要はなかった。


「お母さん、手伝うよ」

「じゃあ、そっちの野菜を切ってくれる?」

「はーい!」


 今夜のメニューは野菜とお肉がゴロゴロ入ったクリームシチュー。それにサラダと白パンだ。実はクリームシチューもリリが前世の知識で作り、オルデン家の定番になったものである。


 夕食の後ミルケを寝かせてから、ダドリーが二人に真剣な目を向けた。


「実は、まだあんまり広まってないんだが……このマルデラの町に、ヤバい奴が潜んでるかも知れない」

「「ヤバい奴?」」

「リリは『瘴魔』を知ってるかい?」

「お母さんに教えてもらった。出くわしたら一目散に逃げる相手でしょ?」


 リリがダドリーの問いにそう答えると、両親は目を細めて優しい笑顔を浮かべた。顔の周りの靄が濃いピンク色になる。愛情が深い証拠だ。


「そう、リリの言う通りだ。だが、その『瘴魔』を何らかの方法で使役して、色んな町で人を殺し回ってる奴がいるらしいんだ」

「何それ、めっちゃ怖い」

「あくまで噂だけどね。でも気を付けておくに越したことはない。二人とも、見知らぬ奴には特に用心して」

「うん、分かった」

「分かったわ」


 それから両親がワインを飲みながら語り始めたので、リリは自分の部屋で寝る事にした。父から赤みがかった紫の靄が出ていたので、また弟か妹が出来るかも知れない。

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