第4話 記憶の上書き保存




「……ってノイズ先生が言ってた」


「そうか」


 私は今、倉雲のベランダ付近で浮遊している。心配だったからね。


「それにしてもノイズ先生、いいこと言うんだな」


 今、結構楽しいんだ。倉雲は微笑んだ。


「3人でアニメ見たり、ゲーセン行ったり、世の中面白いものが結構あるってわかったんだ」


「そっか。元気そうでよかった」


 心配かけて悪かった。そんな倉雲に提案がある。氷川も誘うつもり。


「ノイズ先生のところ行ってみない?」






**********






「そういうわけだからノイズ先生、氷川の女子嫌いを治してください! あと倉雲も!」


 翌日の放課後、2人を自習室1に連れてきた。私のアレコレを治した立役者だ、頼れるのはこの人しかいない。


 先生は胸をドンと叩く。


「任せとけ、ユキオノコとジェスター」


 ちなみにこれは氷川と倉雲の異能師コードである。ジェスターって確かピエロの一種だったよね。


 倉雲はよろしくお願いしますと軽いおじぎ。しかし氷川は戸惑っている。


「えーと……先生事務作業とかあるんじゃないの」


「放置してるから問題ない。貴様らの方が大事だ」


「へ? あ、冗談か」


 私は大丈夫だよ、と目配せ。すると倉雲が壁にもたれた。


「俺は聞いてるだけでいいですか? 邪魔はしないんで」


 あくまでも傍観者、参加しないというテイ。ノイズ先生は頷く。


「いいぞ。よし、氷川の話は池亀から聞いた。まずは貴様がどうしたいかを考えないといけないな」


 アシスタントの私はホワイトボードを用意!


「氷川の希望は『女嫌いを治す』だな」


 ホワイトボードに書き殴る私。


「まずはどれくらい嫌いか言ってみろ」


 氷川の気の抜けた表情が、一瞬で憤怒の形相に。


「死ぬほど嫌いです! 虐待親といじめっ子しかいない!」


「今までの人生で、女性とのいい出会いはあったか?」


「ないです。ババアが女子に近寄るなって言ってたから」


 先生は質問を変える。

 

「次は治したい理由を言ってみろ」


「精神的に辛いからです。人間関係だってちゃんと作れないし。それに……」


 氷川は私を見た。


「このままじゃ周りに迷惑かけちゃうから、申し訳ないなって」


 先生は頷く。


「でも無理ですよ。ネットで毒親育ちの人とやりとりした時、みんな言ってました。

 全部生まれた時に決まってるって。世の中親ガチャが全てだって」


「クソ親が! 石打ちの刑にしてやる!」


 私はホワイトボードを蹴り倒し、氷川はうめき声を上げた。


「先生アレなんとかしてください」


「任せておけ。異能犯罪者はこうやって逮捕しろ」


「チキショウ! 手錠かけられた!」


 私の奮闘を尻目に、ノイズ先生は氷川に向き合った。


「これだけは覚えててくれ。貴様が辛いのは親のせいだ。貴様は悪くない。

 だがなんでもかんでも親のせいにしていると、親に支配される一生になるぞ」


「石打ちの刑について説明してやるよ! ひたすら石を投げまくる残虐な処刑方法だ! クソ親にぴったりだな!」


「母親のせいで人生が台無しになるのは嫌か?」


「嫌に決まってます。せっかく逃げたのに」


「そうか。そう考えられるなら大丈夫だ」


「爪全部剥がしたらぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「さっきからうるさいんだけど!」


「面白いBGMだろ? 今の氷川には希望がたくさんあると思うぞ」


「僕はそうは思えません。普通にゲーム買ってもらってた人と、絶望的な差があるなって。15年もタイムラグがあったら、何やっても無駄な気がするんです」


「……とある生徒も、ずっと友達がいなかったんだ。でも今じゃ遅れなんて感じさせないくらい、青春を謳歌してるぞ。

 氷川にだってできるさ。自分を信じろ」


「そんな上手くいくんですか?」


「貴様次第だな。もしこれが授業だったら、私はこんな自主練方法を言い渡す。

 女友達を作る。クソじゃない女のサンプルを、経験で増やす。そうすれば心も頭も学習する」


「クソ親なんか市中引き回しだ! 打首だ! 石抱きの刑だ!」


「まさかアレじゃないですよね」


「池亀はいい子だぞ。BGMにも使えるし、人のために全力になれるヤツだ」


 氷川は知ってます、とぼやきながら、手錠をかけられた私を覗き込む。


「僕なんかでよければ、これからよろしくね」





************





 自習室1から、私たちは中庭に移動した。ベンチに3人腰掛けると、結構狭い。


「倉雲はどうだった? ずっと黙ってたけど」


「どうやって池亀の手錠を外そうか考えてた。でも先生の自主練方法、結構いいんじゃないか?」


 私も同じことをやったっけ。自分を嫌わない人がたくさんいるって、今はよく知っている。


「15歳までに集めたデータなんか、信憑性ゼロだぞ。俺のデータが正しけりゃ、男は全員ゴミってことになる」


 倉雲は藤色のロングヘアをばさり。


「親父には丸坊主にされるし、クラスのクソ男子どもに馬鹿にされるし、最悪だった。逆に女子はみんな親切だった。

 でも今年はどうだ。御霊に氷川がいる。データエラーだな」


 記憶は塗り替えられるんだよ。倉雲はそう締めくくった。すると氷川が遠慮がちに切り出した。


「あのさ……池亀さんのチョコの話聞いちゃったんだけど」


「あー、あの黒歴史ね」


 すると氷川は立ち上がり、手のひらに氷を作り出す。


「歴史が黒いのは言った側でしょ! 僕だったらそんなヤツ氷漬けにする! 2月は待ってるからね!」


「え?」


「チョコくれって言ってんの! 最悪な思い出は塗り替えるんでしょ!」


 そして我に帰る氷川。そっぽを向く。


「まあ別にくれなくてもいいけど」


「用意する! あ、でも加賀たちの分も……5人分かあ」


 なんだか急にバレンタインが楽しみに思えてきた。倉雲は用事を思い出した、と寮へ戻っていく。


 そしてベンチに2人きり。氷川は膝を抱える。


「ベランダにぶら下がったり、ゴジラになったり、手錠かけられたり、本当におかしい人だよね」


 ところでさ、氷川は手を差し出した。


「異能貸すよ。練習必要でしょ」


「ありがと!」


 これから暑くなるし、助かるな。


「でも毎回借りるのめんどくさくない? 体の一部はどう?」


「まさか腕切り落とすの!? 氷川こわっ!」


「石打ちの刑とか言ってるからそういう発想になるんでしょ! 爪とか髪とかだよ。ちょっとやってみて」


 引っこ抜かれた水色の髪に触れると……ほんとだ! コピーできた!


「よし、そうとわかれば行ってみよう」


 どこに? 氷川は私の手を引っ張り、中庭を駆け出した。

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