第3話 カッとなっちゃった☆にゃはは
「ふーん、そういうことね」
氷川が大部屋に入ってきた。
「え、なんでいるの?」
「ノイズ先生に自主練しろって小言言われたから。話は全部聞いたよ。僕なんかのために集まってくれてありがとね」
氷川はスマホを取り出した。
「状況説明したほうがいいよね。なんで僕が女嫌いになったか」
ポケットの中のスマホが震える。
「メール見て。この漫画に出てくる『息子』が僕だよ」
下手な絵でつづられたエッセイ漫画。男児向けコンテンツを暴力的と決めつけ、息子が犯罪者になる姿を想像しパニックになる母親。
息子から娯楽を奪い、反省文を書かせ、読み上げて感動する母親。描き手だけが喜ぶ
最後に母親は『男の子を乱暴に育てるのが当たり前な社会が、早く終わって欲しいです』と締めくくった。
「ひどいよ……これ虐待だよね?」
可憐が口火を切った。氷川はなんでもないですよ、と言いたげな顔。
「罪悪感ゼロじゃんこいつ」と穂村。
「むしろいいことだって思ってるだろ」と加賀。
「俺の親父並みにひどい」と倉雲。
「最低の親じゃん」と御霊。
私は何も言えなかった。あれを読んだ中1の夜が蘇る。許せない許せない許せない。
「炎上した時も『私は悪くない』って泣き叫んでた。ネットに実名載せるって言ったらやっと黙った」
もう縁切ったけどさ、と氷川は私を見る。
「……池亀さん顔赤いけど熱あるの? 氷あげるね」
異能を貸してもらった。私は怒りに任せ、傘ぐらいの氷柱を作り上げた。
「これで市街地の窓ガラス割るわ」
「なに言ってんの池亀さん!?」
「うるせえ! 市街地なんてぶっ壊すためにあんだよ!」
「倫理観ゴジラなの!?」
「バカ親なんか全員縛り首にしろ! 治安が悪化する!」
「仮想市街地の治安悪化させてる人が何言ってんの!」
「そういうヤツを殺せないのおかしいでしょ! 殺人罪なんて作るからそうなるんだ! 刑法作った人サイコパスなの!?」
「刑法作った人も君にだけは言われたくないと思うよ! それにこの部屋監視カメラついてるし、停学になるじゃん!」
すると紺色の波動が私に当たり、私は倒れてしまった……。
「……あれ?」
「許せ池亀、お前のためだ」
御霊が私を覗き込んでいる。みんなの視線が冷ややか。
「お前みたいなのが『殺すつもりはなかった』とか供述すんだよ!」と加賀。
「やだよ俺、刑務所に手紙書くの」と穂村。
「いつかやると思ってましたってインタビューで答えたくないなあ」と可憐。
「俺の時より悪化してるんですけど」と御霊。
「池亀がキレてくれるから、俺がキレなくて済むんだ。ありがとな」と倉雲。
氷川はため息をついて、壁のスイッチを押す。市街地が消えてしまった。
「これホログラムなんだよね。
「じゃあ壊し放題ってこと!?」
「ゴジラが何か言ってるけど無視するね。っていうかなんの話だったっけ」
一瞬みんな考え、氷川が手をポン。
「そうだ! 僕の女嫌いを治すって話だった! 僕だって疲れたよ。こんなんじゃ幸せになれるわけないもん」
俯いたせいで、水色の髪がサラサラと流れる。
「もう家出たんだよな」
加賀の問いかけに、氷川は首を振る。
「物理的には離れても、何度も嫌なこと思い出すんだよ」
「今言っても仕方ないけど、男子校じゃダメだったのか?」
穂村の質問に、氷川は残酷な事実を。
「ババアが学費出すわけないでしょ。異能バトル科しかなかったんだよ。無料で、給料もらえて、親のハンコがいらない逃げ場って」
倉雲も続いた。
「……俺も親父から逃げたかった。人の役に立てるのは嬉しいさ。でも逃げられる場所って本当に限られてるから」
そうだった。手続きは指示されるまま済ませたけど、親のハンコがいらなかった気がする。
水色の目から、光が消えた。
「どうせ無理だよ。僕は幸せになれない。親ガチャ外れたら一生不幸。じゃあね」
そして出て行ってしまった。氷川がいた場所に、冷気が残っている。すると倉雲が。
「助けてって言ったくせに、なんだあいつ。そう思っただろ。
でも許してくれ。心に余裕がないと、好ましい態度なんか取れないんだよ」
御霊は友達2人にどうしていいかわからない様子。加賀と穂村も顔を見合わせた。可憐が呟いた。
「……わかるな。私は親じゃなくて学校だったけど。陰キャだから幸せになれないって、今もどこかで思ってる」
でもね、と可憐は続けた。
「ウジウジしてたら男らしくないぞって言い聞かせてる。過去にだけは負けたくないんだ」
そうでしょ、レナちゃん。えんじ色の瞳が私を見つめる。御霊も頷く。
「だよな! 俺もなんだかんだ人生上向いてきたし、氷川も大丈夫だろ!」
しかし倉雲は首を振る。
「根性論はやめてくれ。2人とも親と仲良いだろ」
あ……ごめんね。悪かった。2人は青ざめたまま口をつぐんでしまった。穂村が小声で言う。
「心療内科とか、ダメか?」
「カウンセリングルームあったよな」と加賀も。
あの何も解決しない部屋ね。だけど私だってどうしていいかわからない。
こういう時頼れる大人がいれば……。
********
そのあと私たちは解散した。そして今、自習室1にノイズ先生がいる。事情を打ち明けた。
「そうか。氷川には私からも話してあるよ。何かあったら相談してくれって」
十中八九、氷川はノイズ先生に相談しないだろう。私だって今までの恩がなければ、教師になんか相談しない。
「氷川の態度も当然だ。助けが必要な人ほど余裕がないからな」
ところで池亀は大丈夫なのか? 先生は私に問いかけた。
「今まで、嫌なこともたくさんあっただろ」
「ありました。寝る前に思い出すこともあります。その日楽しかったことが全部消えて、それに支配されます。
だから氷川が幸せになれないって言うのも、理解できるんです」
先生はパンフレットを取り出した。そこにはカウンセリングルームの案内や、いろいろな電話相談が乗っている。
「これ、4月に渡したの覚えてるか」
「捨てました。どうせ意味ないから」
ノイズ先生はそっと私を覗き込んだ。
「1分でも面白い瞬間があったら、その日はいい日なんだ」
「……覚えておきます」
すると先生はホッと胸を撫で下ろす。
「それにしても、貴様が暴れなくてよかった。税金とか税金とか税金とか……」
「よし! 次はやりますよ!」
「やめろ! 私の立場はどうなる!!」
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