第4話 一旦卑屈になると、際限なく落ち込んじゃうよね




「私の爆風でも傷ひとつつかないな」


「腕のみタングステンにすると……全身の筋繊維の構造も変わるようだな。でなきゃ重さを支えられない」


「変えた部分は血が通わなくなる。全身変えると……呼吸要らずか!」


 先生は私の周りをウロチョロ。


「あの……もういいですか。そろそろ限界です」


「おっとすまん、ついワクワクしてな」


 人間に戻り私はゼエゼエ。鈴音ってこれを普通に使ってるの? 1分で限界来ちゃったよ?


「ところで提案なんだが……」


「嫌ですよ!」


「最後まで聞け。池亀も独自の目標を立ててみないか?」


 クラス全員の異能をコピーするのが最終目標。それ以外となると……。


「なんでもいいぞ。私の検体になるとか、私の実験体になるとか、私の犠牲者になるとかだな」


「やりませんよそんなの! ……思いつかないです。どうしよう、今どきの若者は覇気がないって本当だったんだ……」


「私も若いが覇気はあるぞ? ん?」


「すいません! いやそうじゃなくて、本当に何もないんです」


 去年は受験生で、ひたすら勉強と異能訓練をしていればよかった。今だって決められたカリキュラムに動かされている。


 じゃあ私のやりたいことってなんだろ。


「……わかりません」


「大人に言うのは恥ずかしいだろうな。これから考えてみるといいぞ」





******





 先生と別れて寮に戻る最中、独自の目標について考えてみる。


 でも何も思いつかない。脳がブロックをかけている。やりたいことはたくさんあるはずなのに。


 頭の中で、私は池の前に立っていた。次々と睡蓮が花を咲かせる。私は手を伸ばすけど、蝶が飛んできて睡蓮を散らしてしまう。

 

 飛ばしてるのは過去の自分。勉強も運動もできなかった。可愛くて足が早い子の影にいた私。


 先生の言ってたフィールドで、私は完全な敗北者だった。でも他で輝く保証なんてあるの?


 バトル科に受かったのもまぐれ。鈴音に好かれたのも過大評価。先生に目をつけられたのも……。







「ようレナ!」


「わ!」


 鈴音に後ろからどつかれた。ちょうど寮の前で。


「さっきはお疲れ!」


「う、うん! あのさ」


 会話しないと。落ち込んでる場合じゃない。


「異能訓練ってどんなことしてる?」


「持続時間増やす特訓と、体の一部だけ変える特訓! レナもやってみて」


 私は腕だけ変えようとしたが、何もできない。


「コピーしたあと時間制限あるっぽいね」


 ……ダメだ、会話が繋がらない。やっぱり私に友達なんてできない。そもそも今までが奇跡だったんだ。


 こんな可愛い子と友達になれるわけない。


「じゃあ部屋で練習してるね」


 私は逃げた。今までの人生と同じように。







 夕飯は1人で食べた。次の日は読書するふりして鈴音を回避した。


 独自の目標は立てなかった。どうせ何も達成できないから。先生のレッスンまで、私は誰とも口を聞かなかった。





*********





 そして金曜日の放課後、自習室1に行ったら鈴音がいた。ノイズ先生の横に立っている。いつもの明るさがない。


「池亀と話したいそうだぞ」


「……ごめんねレナ。私ちょっとうざかったよね」


 開口一番謝られる。何が起こったか一瞬で察知した。謝る必要なんてないのに。


「違う違う違う! ほらあのその……面白い本があったからつい……」


「どんな本? ……やっぱそうだよね。ライバルができた〜とか思っちゃったけど、やっぱり鬱陶しいよね」


 どうしよう。私は自分のしたことをやっと理解した。


 鈴音は私に友好的だった。ちょっとヤバいところはあるけど、でもライバルができて喜んでいた。


 卑屈になって避けていたのは私だ。友達に避けられたら誰だって辛い。


 自分のことしか考えてないからこうなったんだ。素直に謝ろう。







「ごめん!」


 まずはこれ。


「私、友達ずっといなかったんだ。だからコミュ力に問題があって……とにかく鈴音のせいじゃないから!」


「そうなの?」


「それにバトルも好きだよ。まだ1分しかタングステンになれないし、相手にはならないと思うけど……でも友達にはなりたい。ライバルにも」


 鈴音の顔が一気に明るくなった。そして駆け寄ってきた。


「なりたいじゃなくて、もう友達だって! それにライバルでもあるよ!」


 すべすべの手が私の手を包む。私の背中に抱きついていた過去が、ボロボロと崩れていった。








「やれやれ、ガキってのは面倒なもんだな」


 先生はコンプラ意識ゼロ単語を。


「これで針ヶ谷が友達だってわかっただろ?」


「ライバルでもあるのだ!」


 数日前の自分に呆れる。先生が提示した『独自の目標』について考えているうちにああなったけど、そんなこと鈴音には関係ないよね。


「よし! じゃあ私、毎日タングステン特訓する。まずは持続5分できるようにやってみる」


「それが独自目標か? 針ヶ谷と同じくらい強くなる、私としては大歓迎だぞ」


「独自目標? なんか道徳の授業みたいで面白いかも」


 もう池に蝶を放つヤツはいない。もちろん私は強くなりたい。せっかく判明した隠れ異能を鍛えたいし、鈴音のライバルにだってなりたい。


 でも睡蓮は1輪だけじゃない。本当はやりたいことはたくさんある。そのうちの1つが……。


「彼氏欲しい……っていうのは嘘です!」


 恩人2人はニマニマ。


「いいんじゃないか? まずは好きな人を探さないとな」


「うちのクラスだったら……結構イケメン多いよね」


「待って! 女子高生の彼氏が欲しいはお腹空いたと同じだから! 間に受けないで! 鳴き声だから!」


 これはだいぶ恥ずかしい。話題変えないと。


「あとは……友達とお揃いのグッズとか欲しいかも。好きな漫画の話できる人も欲しいし、文化祭で思い出も作りたいし……あとデパコス欲しい」


 次から次へとやりたいことが出てくる。


「これは独自目標というより、やりたいことリストが必要だな」


「お揃いか〜。じゃあこれをあげよう!」


 鈴音は壁際に置いたリュックを持ってくる。クマと猫のぬいぐるみがぶら下がってる。


「どっちにする?」


「猫にする……ありがと鈴音」


 こんなに親切にしてくれる人がいるのに、なんで信じられなかったんだろ。


 あんなに思いつかなかった独自目標が、リュックを背負った途端に頭に浮かんだ。


 




 やりたいことは山ほどある。彼氏が欲しい、友達がもっと欲しい、文化祭で楽しみたい。


 でも1番やるべきなのはこれ。





『困っている人がいたら、その人のために何かをする。もらった親切は、必ず誰かに返す』

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