48 どうか、邪神の残滓などに負けないでくださいっ!
「マルガレーナ嬢っ! どうか、正気に戻ってください……っ! マルガレーナ嬢は、きっと、ずっと努力なさっていまのマルガレーナ嬢になられたのでしょう……っ!? そんなマルガレーナ嬢が邪神の残滓などに囚われていいようにされるはずがありませんっ! ですから……っ! どうか、邪神の残滓などに負けないでくださいっ!」
張り裂けそうな胸の痛みを押し隠し、祈るように必死で言葉を紡ぐ。けれど。
「……あなたが、わたくしにそれを言うの?」
マルガレーナの声音が、ぞっとするほど低くなる。
「よりによって、あなたがそれを……っ!」
マルガレーナの髪が変じた触手がうねり、ソティアの全身に絡みつく。
「う……っ!」
人間ではありえない力がソティアの身体を引きはがす。
ずるりと首に巻きついた触手が容赦なく絞め上げる。もがいた拍子に、肩にかけられていたジェスロッドの上着がばさりと落ちた。
ソティアを包んでくれていた甘い
目が霞む。全身が鉛と化したかのように、身体に力が入らない。
耳の奥ががんがんと鳴り、視界が
「それ、でも……っ」
膝から床にくずれ落ちながら、震える指先を必死でマルガレーナへと伸ばす。
憎しみに囚われながら、うずくまって泣きじゃくっているかのようなマルガレーナを放っておけなくて。
「泣か、ないで……っ」
最後の吐息でかすれる声を絞り出した瞬間。
マルガレーナの碧い瞳が
同時に、ソティアを絞め上げる触手がさらにどす黒く闇を纏い。
「っ!」
「ソティア嬢っ!」
全身を貫く
目の前を
急に自由になった喉に空気がなだれ込み、咳き込むより早く。
「っ!? だめ……っ!」
返す刀でマルガレーナをも斬ろうとするジェスロッドにとっさに叫ぶ。
ジェスロッドに、マルガレーナを傷つけてほしくない。
誰にともなく、ただただ祈った瞬間。
「だぁっ!」
ジェスロッドが片腕で抱えたユウェルリースが澄んだ声を上げる。マルガレーナの身体が不可視の巨大な手に押されたように後ろへよろめき、廊下へくずおれた。
先ほどまでマルガレーナがいた空間に、まるで引きはがされた影のように人型の闇が
「消え去れ……っ!」
まるで溶けかけたバターを切るように白刃が闇を切り裂き、真っ二つになった人型の闇が音もなく床に崩れ落ちる。
「これ、で……? っ!?」
ほっとする間もなく、ソティアは不意に後ろから力任せに腕を引かれた。
「動くな」
頭上から声が降ってくると同時に、首筋にひやりと冷たい刃がふれ、身体が凍りつく。恐怖と驚きで身体が強張り、声の主を確かめることすらできない。
「アルベッド!?」
振り返ったジェスロッドが放った驚愕の叫びに、ソティアは自分の腕を掴み、剣を突きつけているのが誰なのか、ようやく悟った。
「どういうつもりだ!? ソティアを放せっ!」
「だぁっ!」
左腕にユウェルリースを抱き、右手で聖剣を構えたジェスロッドが、刃よりも鋭くアルベッドを睨みつける。
だが、アルベッドはジェスロッドの声など耳に入らなかったように、床に横たわるマルガレーナを忌々しげに見下ろした。
「やっぱり女は使えんな。ジェスロッドではなく、恋敵のほうを
マルガレーナが邪神の欠片に囚われたのはもしや――。
「お前が、マルガレーナ嬢を
確信を持って告げるジェスロッドの声は、
ようやくジェスロッドの声が聞こえたと言いたげに、アルベッドが肩をすくめた。
「唆したとはひどい言われようだね。わたしはただ、彼女に望みを聞いただけさ。邪神の残滓に囚われたのは、彼女の勝手だ」
「そんな……っ!?」
無責任極まりない放言に、首元に剣を当てられていることも忘れ、思わず非難の声が出る。
と、苛立たしげに腕を掴む手に力がこもり、ソティアは痛みに小さく呻いた。途端、ジェスロッドの険しい声が飛ぶ。
「ソティアを放せっ! アルベッド、自分が何をしているのかわかっているのか!? 邪神を封じるべきローゲンブルグ王国の血を引く王族が、邪神の味方をするなど……っ! 正気か!?」
「味方? そんなつもりはないさ」
ジェスロッドの言葉に、アルベッドが小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「ちゃんと邪神は封印するつもりさ。だが……。その前に、邪魔者を排するために利用して何が悪いと言うんだい?」
うそぶいたアルベッドに、ジェスロッドが凛々しい面輪をしかめる。
「邪魔者とは俺のことか。だが、俺に万が一のことがあったとしても、弟のルーシェルドがいる。お前がローゲンブルグの王位を継ぐことはありえん」
「さあ? それはどうかな?」
くつくつとアルベッドが愉悦にまみれた笑みをこぼす。
「きみが封印に失敗した邪神を、聖剣ラーシェリンを手に入れたわたしが見事に封じてみせる――。新王の即位にふさわしい英雄譚だろう? 死に
「俺がお前の好きにさせるとでも?」
「だぁっ!」
ジェスロッドの
だが、アルベッドの
「すぐに聖剣を差し出したくなるさ。……この女を、助けたいのだろう?」
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