31 ぬいぐるみなんて聖獣の館にあったか?
「だーぅっ、だーあっ!」
機嫌を直したユウェルリースがぶんぶんとぬいぐるみを振る。
食事するジェスロッドの邪魔にならないように、ジェスロッドの視界に入らぬように歩きながらあやしていると、さほど時を置かずにジェスロッドに話しかけられた。
「すまん、ソティア嬢。待たせたな。ユウェルを見るのを代わろう」
昼食の皿をすっかり空にしたジェスロッドがユウェルに両手を差し伸べる。
「だぁっ!」
はずんだ声を上げたユウェルリースが愛らしい面輪を輝かせてジェスロッドへ身を乗り出した。
「申し訳ございません。落ち着いて召し上がるどころではなかったのではありませんか?」
まさか、ユウェルリースが待っていると思って、かきこんでくれたのだろうか。部屋の外でユウェルリースを見ておけばよかったと反省するが、時すでに遅しだ。
申し訳ないことをしてしまったと身を縮めて詫びると、大きな手でユウェルリースを受け取ったジェスロッドがおおらかな笑みを浮かべた。
「昼飯がうまくて、つい早食いになっただけだから気にしないでくれ。それよりも、食事中だったというのに、中座して見てもらってすまなかったな。ソティア嬢こそ、ゆっくり食べてくれ」
優しい笑みで告げたジェスロッドが、顔の前まで抱き上げたユウェルリースを覗き込み、悪戯っぽく笑う。
「俺が来たんだ。遊んでやるから、ちゃんとソティア嬢を待てるな?」
「だぁっ!」
と応じたユウェルリースが、きゃっきゃきゃっきゃと嬉しそうに足をばたつかせた。
「お気遣いいただきありがとうございます」
ジェスロッドの厚意に甘えてテーブルへ戻り、できるだけ早く食べていく。ジェスロッドはゆっくりでいいと言ってくれたものの、あまりぐずぐずしているわけにはいかない。
ユウェルリースの明るい歓声が聞こえ、そちらを見やると、たくましい手でしっかりとユウェルリースを抱いたジェスロッドが、たかいたかいしたり、小さな身体を大胆に揺らしたりしていた。
大きな動きに見ているソティアははらはらしてしまうが、ジェスロッドは危なげなくあやしている。
侍女達やソティアでは難しい力のいるあやし方に、ユウェルリースは大興奮だ。楽しげな歓声に、ソティアの心まではずんでくる。
昨日、初めて逢った時は、厳しい顔つきに恐怖を感じたほどだが、いまユウェルリースをあやしているジェスロッドの姿は、恐ろしさなど欠片も感じない。
「うん? これが好きなのか? もう一度行くぞ」
とにこやかに声をかけながらたかいたかいしている姿は、子ども好きの若い父親のようだ。二人に様子に見惚れて手が止まりかけていたソティアは、あわてて食事を再開する。
「すみません、陛下。お待たせしました」
急ぎつつ、だが滅多に食べられないお肉はしっかり味わって食事を終えたソティアは、ジェスロッド達へ歩み寄ると、丁寧に頭を下げた。
控えていた侍女長が、若い侍女と一緒に「では、私どもはこれで失礼いたします」と空の皿と、ソティアがみんなで分けて食べるよう
「もうよいのか? いつもユウェルの面倒を見ていて大変だろう? もうしばらく休んでいてもよいのだぞ?」
「いえ、陛下のおかげでおいしい食事をゆっくりと味わわせていただいました。お礼の申しようもございません」
「ならばよいが……」
「だーぅっ!」
ユウェルリースがぱたぱたと小さい手を振る。見れば、握っていたはずのぬいぐるみが床に落ちてしまっている。どうやらジェスロッドに遊んでもらっているうちに落としてしまったらしい。
「ぬいぐるみですか? どうぞ」
拾い上げてユウェルリースに渡そうとすると、ジェスロッドの凛々しい眉がかすかに寄った。
「そういえば、このぬいぐるみは……? こんなものが聖獣の館にあったか?」
「いえ、これは……」
「あーぅ~」
うさぎのぬいぐるみをあわててひっこめる。小さな鈴がちりんとなった。
「これも、おんぶ紐と一緒に実家から持ってきたものなのです。赤ちゃんのお世話をするのなら、あやすのにおもちゃがあったほうがいいかと思い、弟や妹のためにつくったものを持ってきたのですが……。申し訳ございません。ユウェルリース様にお渡しするには、あまりにみすぼらしいですね」
もちろんちゃんと洗濯したものだが、弟妹をあやすのにつかっていたので、全体的に色あせているし、洗っても落ちなかった染みが残っている箇所もある。ちゃんと
「ち、違うんだ! みすぼらしいなんてことはないっ!」
謝罪した途端、ジェスロッドがあわてふためいた声を上げる。
「あーぅ?」
ぶんぶんと勢いよくかぶりを振るのに合わせて揺らされたユウェルリースがきょとんとした声を上げる。
「その、ぬいぐるみなんて初めて見たものだから単に興味深かっただけで、というか、それを自分で作ったのか……?」
ジェスロッドが興味深そうにソティアが握りしめたぬいぐるみを見つめる。
「は、はい。
買うこともできるが、どうしても高くなってしまう。その点、作るならかなり安く済むうえに、小さい子どもでも握りやすいように小さめにもできる。
「だーぅっ! だーぅ~っ!」
ユウェルリースが欲しがるので仕方なく渡すと、嬉しそうにぶんぶんと振る。
「だぁ~ぅ♪」
りんりんと鈴が鳴るのが楽しいらしい。
「この出来は手遊びの仕上がりではないだろう。ユウェルリースもずいぶん気に入っているようだ」
「だぁ~っ!」
にこにこ笑顔のユウェルリースが、ぽいっとぬいぐるみを放す。
「おいっ!?」
「はい、ユウェルリース様。ぬいぐるみですよ」
床に落ちてしまったぬいぐるみを拾って差し出す。
「だぁ~っ!」
笑顔でぬいぐるみを受け取ったユウェルリースが、ふたたびぽいっと床に落とした。
「ユウェル! お前……っ!」
「陛下、叱らないでくださいませ。これは赤ちゃんの遊びなのです。こうやって、渡してもらったおもちゃを落として、拾ってもらって……。という繰り返しが楽しいようなのです」
どうぞ、ともう一度ぬいぐるみを渡すと、すぐさまユウェルリースがぽいっと落とす。
「だぁ~っ!」
ユウェルリースが小さな足をばたばたさせて喜ぶ。
「……遊びと言われたらそうかもしれんが、しかし……」
難しい顔で呟いたジェスロッドが、ソティアが拾うより早くぬいぐるみを拾う。
「おい、ユウェル。下ろしてやるから、落として拾いたいのなら自分でやれ」
部屋の奥へ歩んだジェスロッドが、床の上に直接敷かれた柔らかな分厚いマットの真ん中にユウェルを下ろし、小さな手にぬいぐるみを握らせる。
「だぁっ!」
ぽいっとマットの上に落としたぬいぐるみを、ユウェルが自分で拾う。どうやらそれでもご満悦らしく、にこにこ笑顔だ。
「うむ」
と、ジェスロッドが満足そうに頷いたところで、遠慮がちに扉が叩かれた。ソティアが開けると、荷物を抱えた侍女が二人立っていた。
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