30 きみが喜んでくれるのなら、いくらでも贈り物をしたいのだがな
きっぱりと伝えると、ジェスロッドが不意に微笑み、ぽつりとつぶやく。
「……きみが喜んでくれるのなら、いくらでも贈り物をしたいのだがな」
「っ!?」
そんな風に言われたら、冗談だとわかっていても顔が
「あ、ありがとうございます……。お気持ちだけ、いただきます」
紅く染まっているだろう顔を見られないように、深々と頭を下げて礼を言う。
「忘れ物も取りましたし、戻りましょう。陛下のお食事が冷めてしまいます」
顔を上げると、できるだけ表情を引き締めて告げる。
ジェスロッドの一歩後ろにつき従ってユウェルリースの私室へ戻ると、すでに侍女長が他の侍女と共にソティアの分の食事もテーブルに用意してくれていた。
私室の奥の開けた場所で若い侍女に遊んでもらっていたユウェルリースが、入ってきたジェスロッドの姿を見て「だぁっ!」と嬉しそうな声を上げる。
「まあっ! ユウェルリース様!」
ジェスロッドのほうへはいはいしてくるユウェルリースを、若い侍女があわてた声を上げて追いかける。
が、追いつくより早くユウェルリースに歩み寄ったジェスロッドが小さな身体を抱き上げた。
「お前は先に昼飯を食べたらしいな? すまんが、俺とソティア嬢はまだ食べていないんだ。あとで遊んでやるから、もうしばらくいい子で待っててくれ」
自分の顔の高さまで抱き上げたユウェルリースと視線を合わせ、ジェスロッドが優しく微笑む。
思わず見惚れてしまうような柔らかな笑み。
「だぁっ!」
たかいたかいをしてもらったユウェルリースが、歓声を上げて足をばたつかせる。
「よし、いい子だ」
満足そうに頷いたジェスロッドが、ユウェルリースを若い侍女に預ける。
「ではソティア嬢、食べようか」
ジェスロッドにうながされ、クッキーの木箱をテーブルの端に置いて席につく。
侍女達が用意してくれた昼食は、豆のスープにベーコンと野菜入りのオムレツ、鶏肉のソテーとパンだ。
実家ではもちろん、侍女達と同じものを食べているふだんの食事でも、肉なんて滅多に出てこない。きっと急にジェスロッドが滞在することになったので、侍女達があわてて用意したのだろう。
ソティアも肉を食べられるのは、ジェスロッドと一緒に昼食をとることになったからだと思えば、誘ってもらったことには感謝しかない。
とはいえ、国王陛下と差し向かいで食事をするなんて、緊張してろくに味がわからない予感がするのだが。
「急に一緒にと誘ったせいで、気を遣わせてしまったか? あまり気負わずふだんどおりに食べてくれ」
食べ始めてすぐ、ソティアの心の中を読んだかのようにジェスロッドが困り顔で口を開く。
「い、いえ。あまりに光栄なことですので、何か失礼があってはいけないと、無意識に気を張ってしまっているだけなのです。お誘いいただいたことには心から感謝しております」
丁寧に頭を下げて謝意を述べる。
がっつくような粗野な食べ方は間違ってもできない。かと言って、侍女にユウェルリースを見てもらっているので、あまりのんびりと食べているわけにはいかないのが悩ましいところだ。
「俺がきみの意見も聞かずに誘ったんだ。礼儀作法など気にしなくていい」
ジェスロッドがおおらかに笑うが、さすがに言葉どおりには受け取れない。
だが、頼もしい笑顔は思わず素直に信じたい気持ちにさせられてしまう。
「聖獣の館に来た時は、いつもユウェルと一緒にこの部屋で食事をしていたんだ。そのせいか、ひとりきりで食べると思うと味気なくてな……」
ふと、遠いまなざしをしたジェスロッドが寂しげにこぼす。
「陛下は、ユウェルリース様と本当に仲がよろしかったのですね」
先ほどユウェルリースを抱っこした時のまなざしの優しさを思い返し、思わず告げると、ジェスロッドが苦笑を浮かべた。
「仲がいいというが、腐れ縁というか……。ユウェルとは俺が小さい頃からのつきあいだからな。聖獣のあいつは、俺が物心つく前からずっと青年姿のままで……。いつか、俺が老いて次の者へ王位を譲ることになったとしても、ユウェルだけは変わらず若々しい姿のままで、次代のローゲンブルグ国王のそばにいてくれるものと疑いもしなかったんだが……」
ジェスロッドの笑みが深くなる。しかし、その微笑みはどこか寂しげだ。
「まさか、あいつが赤ん坊になってしまうとはな。予想だにしていなかった」
「だぁっ!」
ジェスロッドの言葉に応えるように、ユウェルリースが元気よく声を上げ、手にしていた小さなぬいぐるみを振り回す。
ぬいぐるみについている鈴がりんりんと澄んだ音を立てた。
「だぁーぅっ!」
ぺいっとぬいぐるみを投げ捨てたユウェルリースが、はいはいでジェスロッドに突進しようとする。
と、「ユウェルリース様、もう少しお待ちくださいませ」とすぐさま侍女に抱き上げられた。
「あーぅっ! あ〜うぅ〜っ!」
抱っこされたユウェルリースは不満らしく、手足をじたばたさせているが、そんな様子も愛らしい。
「……ユウェルがいると、なかなか落ち着いて食べられんな。いつも大変なのではないか?」
食事を再開させたジェスロッドが溜息混じりにこぼし、気遣わしげにソティアを見やる。
「大丈夫です。いつもは侍女達と交代で食事をとっておりますのでちゃんと食べております。ユウェルリース様も遊びに夢中になってらっしゃることが多いですし……。いまは陛下がいらっしゃるので、ユウェルリース様もかまってほしくて仕方がないのでしょう」
侍女に抱っこされて突進を防がれたものの、ユウェルリースはジェスロッドのところへ行きたくてたまらないらしい。
「やぁう〜っ!」
と、侍女の腕の中で小さな身体をのけぞらせている。こんなに暴れられては、侍女も抱っこし続けるのが大変そうだ。
「陛下、少し中座させていただいてよろしいですか?」
まだ食事は半分ほど残っているが、ジェスロッドの許可をもらって席を立つ。床に落ちたぬいぐるみを拾ってから、侍女へと手を差し伸べた。
「私が抱っこしましょう。ユウェルリース様は陛下のところへ行きたいのですよね?」
「あぁう〜っ!」
侍女に代わってユウェルリースを抱っこし、ぬいぐるみを渡して、小さな背中をとんとんと叩いてあやす。
「ユウェルリース様のお気持ちはわかりますが、陛下はお食事中なのです。いい子ですから、もう少しお待ちくださいね」
優しい声で話しかけながら、テーブルの近くへ歩む。
ジェスロッドのそばでゆらゆらと揺れながらあやしていると、そばへ来られてある程度満足したのか、ユウェルリースもようやくおとなしくなってくれた。
身体がぽかぽかとあたたかいので、もしかしたら眠くなってきているのかもしれない。
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