29 俺と一緒の食事は嫌か?
「陛下。簡素ではございますが、ただいまお食事をご用意させていただいております」
「うむ」
「お食事は今までと同じように、ユウェルリース様のお部屋にお持ちする形でよろしいでしょうか?」
侍女長の問いかけにジェスロッドが
「ああ、かまわん。だが……。ソティア嬢も一緒に昼食をとる。彼女の分もユウェルの部屋へ運んでくれ」
「あ、あの……っ!?」
前ぶれもなく告げられた言葉に、すっとんきょうな声が出る。
「陛下とご一緒にいただくなんて、そんな……っ!」
「……ソティア嬢は俺と一緒の食事は嫌か?」
振り返ったジェスロッドが凛々しい面輪を哀しげにしかめて振り返る。
国王陛下直々に、しかもそんな表情で問われたら、否といえるはずがない。
「嫌だなんて、とんでもございません! お誘いいただき光栄です」
ジェスロッドの腰には、先ほどエディンスより渡されたばかりの聖剣ラーシェリンが
一緒に昼食をと言ってくれた理由も、倉庫で話していたとおり、邪神の欠片がユウェルリースを狙う可能性があるのなら、ユウェルリースと彼の世話をするソティアが一緒にいたほうがジェスロッドの不安が減るからに違いない。
そう考えたソティアは、安全と、陛下のご負担を減らすためと自分に言い聞かせながら、一礼する。
「では、お言葉に甘えて一緒にとらせていただきます。ユウェルリース様はすでに台所で召し上がってらっしゃいますが、目を離さないようにとなると、ご一緒のほうがよろしいですよね?」
「だが……。それではソティア嬢がゆっくり食べられないのではないか?」
心配そうな声を上げたのはジェスロッドだ。
確かに、ユウェルリースの面倒を見ながら食事するとなると、落ち着いて食べるどころではない。いつもなら、食事はユウェルリースを見ながら侍女達と順番に時間をずらしてとっている。
が、実家ではいつものことだったので、やってやれないことはないだろう。問題は、ジェスロッドが
ジェスロッドに確認するより早く、侍女長が恭しく口を開く。
「よろしければ、お二人が召し上がってらっしゃる間、私がそばでお世話をいたしましょうか? 台所でお待ちいただくほうがよろしければ、もちろんそのようにいたします」
「では、ユウェルを部屋へ連れてきて、ソティア嬢の昼食も持ってきてくれ」
侍女長は畏まりましたと頭を下げて台所へと去っていく。
「あの、陛下……」
ソティアがジェスロッドにおずおずと申し出る。
「申し訳ございません。昼食の前に、少しだけ席を外させていただいてよろしいでしょうか?」
「かまわんが、どうかしたのか?」
「いえ、その……。ベンチにいただいたクッキーとおんぶ紐を忘れてしまいまして……。陛下から賜ったものですのに、誠に申し訳ございません」
贈られたばかりのクッキーを忘れてきたなんて、きっとジェスロッドは不愉快に思うだろう。ほとほと自分が情けない。
身を縮めて詫びると、「なんだ、そんなことか」とジェスロッドが苦笑した。
「謝る必要はない。先ほどはそれどころではなかったからな。取りに行くのなら、俺も一緒に行こう」
「い、いえっ! 陛下に御足労をおかけするわけには……っ! 陛下はどうぞユウェルリース様の私室でお待ちください!」
「御足労というほどの距離ではないだろう?」
ソティアはすっとんきょうな声を上げてかぶりを振ったが、ジェスロッドは笑って一蹴するとさっさと歩き出してしまう。仕方なくソティアもあわててあとを追った。
ベンチのところに戻ると、木箱とおんぶ紐が元どおりの場所にあってほっとする。
急いで両手に抱えたソティアは、ジェスロッドに丁寧に一礼した。
「回り道していただいてありがとうございます。陛下に賜った物を忘れてしまうなんて、何とお詫び申し上げればよいか……っ!」
改めて丁寧に謝罪すると柔らかな声が降ってきた。
「それほど気を遣わずともよい。たかが、クッキーだ」
「いえっ! そういうわけにはまいりません! せっかく陛下からいただいたのですからっ! それに……」
宝物を抱きしめるように、両手でクッキーの木箱とおんぶ紐を抱きしめ、笑みをこぼす。
「こんな風に、どなたかから贈り物をいただくなんて、初めての経験で……。本当に、嬉しいのです」
以前の婚約者は贈り物をくれたことなんて、一度もなかった。
誰かにこんな風に思いやってもらうことがこんなに嬉しいだなんて、初めて知った。
「ソティア嬢……」
じっとソティアを見つめていたジェスロッドがかすれた声を洩らす。
「あっ、いえっ! 違うのですっ! 陛下に物をねだろうなんて意図はまったくございませんっ! どうか誤解のなきよう……っ!」
もしかして、ねだっているとジェスロッドに呆れられただろうか。だとしたら大変だ。
ぶんぶんと片手を振りながら弁明すると、呆気にとられたようにソティアを見ていたジェスロッドが、吹き出した。
「クッキー程度、ねだるうちにも入らぬから、気にするな。むしろ、これほどユウェルリースの世話に力を尽くしてくれているのだ。もっとちゃんとした礼をするべきだろう?」
ジェスロッドがからかうような笑みを浮かべる。ソティアは必死でかぶりを振った。
「いいえ! とんでもないことです! ちゃんと高いお給金をいただいておりますし……っ! これ以上はいただきすぎになってしまいます!」
ケルベッド家はあまり裕福ではないので、家のことを思うなら、もらえるものはもらっておくべきかもしれない。
だが、ソティア自身は、自分の働き以上の報酬を得ていいとは思わない。
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