28 邪神の欠片は、次の獲物を探している
「邪神の欠片がまだ、この聖域内に残っているのだ。ソラレイア嬢が倒れたのも、邪神の欠片に囚われたからにほかならん」
ジェスロッドの言葉に、令嬢達が不安そうに顔を見合わせる。凛々しい面輪に険しい表情を宿したジェスロッドが低い声で淡々と続けた。
「すぐに剣で邪神の欠片を斬ったが、滅んではおらぬ。邪神の欠片はまだ、この聖域内のどこかに潜んで、次の獲物を探している」
ジェスロッドの話を聞いた途端、令嬢達の間から細い悲鳴が上がる。
互いに身を寄せ合い、血の気の引いた顔で周りを見回すさまは、まるでいまにも廊下の曲がり角から邪神の欠片が襲ってくると言わんばかりの怯えようだ。
「ソラレイア嬢のことがあるまで、邪神の欠片の存在に気づかなかったのはこちらの手落ちだ。謝罪する」
表情を引き締めて頭を下げたジェスロッドが、真摯なまなざしで令嬢達を見回す。
「令嬢達の身に何かあってからでは遅い。悔やんでも悔やみきれん。そこで、令嬢達には聖獣の館の安全が確認できるまで、いったん世話係の任から外れてもらおうと思うのだが……」
ジェスロッドの言に、令嬢達が目に見えてほっとする。
「そ、そうですわね。陛下のおっしゃるとおりですわ!」
「陛下にご心配をおかけしたくありませんもの。とっても残念ですけれども、辞去するほかありませんわね」
口では残念と言いつつも、令嬢達は聖獣の館を辞去する口実を与えられて、明らかに安堵している様子だ。
先ほどは、なぜわざわざ令嬢達を怯えさせるように厳しい表情と低い声で話しているのだろうかと疑問に思ったが、納得だ。
世話係を募集したのは王家だが、応募してきたのは令嬢達自身の意志だ。自分から立候補しながら、「やっぱり辞めます」となれば、さすがに外聞が悪い。
が、身の安全を守るためとなれば、退去する建前となる。
ジェスロッドがわざと令嬢達を怖がらせたのは、令嬢達の口から、辞去しますという言質を得るためだったのだ。
「では、令嬢達は早急に退去の準備を。次、いつ邪神の欠片が襲ってくるかわからんからな」
ジェスロッドの言葉を皮切りに、令嬢達がいっせいに身を翻して自分に割り当てられた部屋に戻る。侍女達に荷造りするよう命じる声があちらこちらで聞こえた。
「というわけだ。ソラレイア嬢、おぬしも退去するでよいな?」
ベッドに身を起こし強張った顔で話を聞いていたソラレイアを振り返り、ジェスロッドが冷ややかに告げる。問いかけの形こそ取っているものの、厳しい声音は宣告に等しい。
「あ……っ」
「お、お待ちくださいっ、陛下……っ! お優しい陛下は、恐ろしい目にわたくしをひとりになんてなさいませんわよね……っ!? わたくし、恐ろしくて仕方がありませんの……っ! 陛下、わたくしを哀れと思われるのでしたら、どうか、せめて支度が整うまでわたくしのそばにいてくださいませ……っ!」
細い指先でジェスロッドの上着の裾をしっかと掴んだソラレイアが、凛々しい面輪を上目遣いに見上げて
ソラレイアの言動は、なんとしてもジェスロッドを引きとめるための策略としか思えない。こうもあからさまでは、さすがにソティアも胸の奥がもやもやする。
「ソラレイア嬢――」
令嬢達の中でただひとり残っていたマルガレーナが呆れ混じりの声でたしなめようとするのを、ジェスロッドが軽く片手を上げて制した。
「ソラレイア嬢。俺にそばにいてほしいということだが」
「ええっ! そうですわ! かよわい乙女を見捨てるようなことを、陛下は決してなさいませんでしょう!?」
はずんだ声を上げたソラレイアが、期待に満ちたまなざしでジェスロッドを見上げる。
と、ジェスロッドの凛々しい面輪が笑みを刻んだ。まるで挑むように、
ゆっくりと顔を近づけながら、低い声でソラレイアに声をかける。
「ソラレイア嬢が望むなら、そばにいてやってもよいが……。いいのか? 邪神の欠片の最終的な狙いは、俺かユウェルリースだろう。どのような方法で俺を襲うつもりかはわからんが……。そばにいることを望んだのはそちらだ。巻き込まれても、責任は取れんぞ?」
「ひっ」
顔を覗き込まれたソラレイアが悲鳴を上げて、ぱっと手を放す。
「そ、そうですわねっ! お忙しい陛下のお手をわずらわせては、申し訳なさすぎますわ……っ! 陛下、どうぞわたくしのことはお気になさらないでくださいませ!」
おほほほほ、とソラレイアが無意味な笑いをこぼす。
「そうか。そういうことなら仕方がない」
あくまでも生真面目そうに告げたジェスロッドが、今度こそソラレイアに背を向ける。
「マルガレーナ嬢。手間をかけてすまなかった。ソラレイア嬢についていてくれて感謝する」
マルガレーナの前に立ったジェスロッドが丁寧に礼を述べる。マルガレーナが美しい面輪に花ひらくような笑みを浮かべた。
「陛下にそのように言っていただけるなんて、光栄この上ないことでございますわ。どうぞこれからも、わたくしで陛下のお役に立てることがございましたら、何なりとお申しつけくださいませ」
華やかなマルガレーナの笑みは、同性のソティアでも思わず見惚れてしまいそうだ。
「そうか。感謝する」
だが、ジェスロッドは何の感慨を覚えた様子もなくあっさり告げると、マルガレーナの隣を通り過ぎる。
「ソティア嬢。騒がせて申し訳なかったな。ユウェルに昼飯を食べさせていたのではないか?」
「いえ、大丈夫です。侍女達がユウェルリース様を預かってくれましたので……それより、陛下こそ昼食がまだでございましょう?」
侍女達にジェスロッドの滞在を伝えたので、昼食の準備も頼んでいるので何か用意してくれているはずだ。
とはいえ、急な来訪だったため、国王陛下にふさわしい立派な食の準備は不可能に違いないが。
「急に来たのは俺だ。昼飯の内容など気にする必要はない。ユウェルの様子も気になる。行こう」
ソラレイアに向けていたのとは打って変わった柔らかな笑みを浮かべて、ジェスロッドがソティアを促す。
「かしこまりました。マルガレーナ様、ソラレイア様、失礼いたします」
二人に丁寧に一礼し、ジェスロッドのあとについて部屋を出る。
部屋を辞したところで、後ろに付き従っていた侍女長がジェスロッドに声をかけた。
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