27 覚悟をもって発言するように言ったはずだ


 聖獣の館へ戻ったソティアは、玄関を入ってすぐにジェスロッドと別れてユウェルリースの私室へ向かった。


 布おむつを替えて、台所へ向かう。そろそろお昼ごはんの時間だ。侍女達がユウェルリースのために野菜を柔らかく煮たり、パンがゆを作ってくれていることだろう。


 それに、陛下がしばらく聖獣の館に滞在するようになったことを伝えなくては。  


 ジェスロッドは以前からしばしば聖獣の館に泊まっていたらしいので、ソティアよりも侍女達のほうが歓待のやり方にくわしいだろう。


「ごめんなさい。お昼ごはんの支度を任せてしまって」


 ユウェルリースと台所へ入るなり謝ると、昼食の支度をしていた侍女達があわてたようにかぶりを振った。


「とんでもないことです。ユウェルリース様のお食事の支度はできております。さあ、こちらへ」


 手を伸ばしてくれた侍女にありがたくユウェルリースを預ける。ずっと抱っこしていてさすがに腕が疲れてきていたのでありがたい。


「まぁーぅっ!」


 侍女に抱っこしてもらい席に移ると、柔らかく煮た野菜やパン粥を食べさせてもらい、ユウェルリースはごきげんだ。


「ところで、陛下はどんな御用でこちらへ?」


 ユウェルリースの様子をソティアの横で見守りながら、侍女長がソティアに聞いてくる。


「それが、よんどころないご事情でしばらく聖獣の館に滞在されるということです」

 邪神の欠片の件をソティアから言ってもいいものだろうか。迷いながらソティアが告げた途端、侍女達がいっせいに「きゃ――っ!」と華やいだ声を上げる。


「今日、陛下が来られたのは、ソティア様にお会いするためなのですよね!?」


「ああっ、たとえ赤ん坊になっても、やはり陛下はユウェルリースさまのお傍に……」


「ソティア様がユウェルリース様のお世話を誰より熱心になさっているのは、少し見ればわかりますもの! ソティア様が陛下に認められて、私達も嬉しいですっ!」


「あ……っ」


 一斉に黄色い声を上げ始める侍女達の声に、おんぶ紐とお礼としてもらったクッキーの箱をベンチに忘れてしまったことを思い出す。ソラレイアが気を失ったので、それどころではなかった。


「ごめんなさい、私――」


 忘れ物を取りに行ってきますと伝えようとしたところで、二階から騒がしい声が聞こえてきた。


 不安そうに顔を見合わせる侍女達に、様子を見てくると告げて侍女長と一緒に台所を出る。


 声が聞こえるのはソラレイアの部屋だ。二階へ上がると、ちょうどソラレイアの部屋から何人かの令嬢達が悲鳴を上げながら出ようとしているところだった。


 ソティアは令嬢達と入れ違いにソラレイアの部屋へ駆け込む。入った瞬間、ソティアの目に飛び込んできたのは、悲鳴を上げながらマルガレーナにしがみつくソラレイアと、彼女を引きはがそうとするジェスロッドの姿だった。


「落ち着け、ソラレイア嬢!」


「マルガレーナ様! 大丈夫ですか!?」


 ジェスロッドにソラレイアから引き離された拍子によろめいたマルガレーナに駆け寄り、とっさに支える。


 小柄なマルガレーナはソティアより頭ひとつほど背が低い。いかにも両家の子女といった楚々そそとした風情は、同性であっても庇護欲をかき立てられる。


「え、ええ……。ごめんなさい」


「いったい何があったのですか?」


「気がついたソラレイア嬢が、急に大声を上げられて……」


 震え声で告げたマルガレーナの視線を追って、ソラレイアを見やる。


 「いやぁ……っ!」と悲鳴を上げて身をよじるソラレイアの両肩をジェスロッドが掴み、軽く揺すりながらソラレイアの名を呼んでいる。


「ソラレイア嬢! しっかりしろ!」


「へい、か……」


 呆然と呟いたソラレイアの目がようやく焦点を結ぶ。


「ほんとうに、陛下ですの……っ!?」


 信じられぬと言いたげに目を瞠ったソラレイアの顔が、一瞬で紅潮する。かと思うと。


「陛下……っ! わたくし、わたくし……っ! 本当に怖かったんですの……っ!」


 ぎゅっとジェスロッドにしがみついたソラレイアが泣きそうな声で訴える。


「ああっ! こうして陛下の腕の中にいれば、怖いものなどございませんわ……っ! 陛下……っ! どうか、このままずっとわたくしのおそばにいてくださいませ……っ!」


「ソラレイア嬢、人前だ。落ち着くがいい」


 冷静なジェスロッドの声に、ようやく他にも人がいることに気づいたソラレイアが、ジェスロッドに抱きついたまま、こちらをうかがう。


 と、ソティアと目が合った途端、けたたましい悲鳴を上げた。


「いやぁっ! 盗人がわたくしの部屋にっ! 陛下! 早くあの下賤げせんやからを追い出してくださいませっ!」


「下賤の輩だと……っ!?」


「あ……っ!」


 ジェスロッドに力づくで引きはがされたソラレイアが寝台に横倒しになる。


「ソラレイア嬢。先ほど言ったはずだ。ソティア嬢をおとしめる気なら、覚悟をもって発言するようにと。無実の者を証拠もなしに盗人呼ばわりするほうが、よほど下賤な性根だろう?」


「ひ……っ!」


 怒りに満ちたジェスロッドの低い声に、ソラレイアがこらえきれぬように悲鳴をこぼす。


「陛下? ご事情をおうかがいしてもよろしいですか?」


 ジェスロッドの怒りをなだめるように、落ち着いた声音でジェスロッドに呼びかけたのはマルガレーナだ。


「先ほど陛下は、その時になればしっかりと説明するとおっしゃってくださいましたが、いまがその時ではございませんでしょうか? いったいソラレイア嬢の身に何があったのか、お教え願えますでしょうか?」


 恭しく問うたマルガレーナの声に、ジェスロッドが我に返ったように握りしめていた拳をほどく。


「失礼した。マルガレーナ嬢の指摘どおり、ソラレイア嬢が倒れたのは、単なる立ちくらみではない。混乱を巻き起こさぬために、先ほどは詳しい事情をあえて話さなかったのだ。ソラレイア嬢が倒れたのは、他の令嬢達にも関係があることだからな」


 ジェスロッドの言葉に、廊下からこわごわと部屋を覗いていた令嬢達が顔を見合わせる。


 不安そうな顔つきのマルガレーナ達を見回してから、ジェスロッドがおもむろに口を開いた。


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