25 邪神の欠片とは、厄介なモノが残ってましたね……。


「邪神の欠片ですか……。それはまた、厄介なモノが残ってましたね……。欠片ってあれですよね? 人の負の感情に反応して、それを増幅するっていう……」


「もともと、邪神自体が人間の負の感情をかてにしている存在だからな。それに囚われた人間は、凶暴になり常人ではありえぬ力を振るうらしい」


 淡々と告げられた内容に、ソティアは身体を震わせる。確かに、先ほどのソラレイアは尋常な雰囲気ではなかった。


「で、ですが、邪神の欠片はもう、さきほど陛下が斬られましたでしょう……?」


 ジェスロッドが地面に剣を突き立てた途端、ソラレイアはくずおれた。ということは、欠片を滅することができたということだ。


 期待を込めて問うたソティアに返ってきたのは、ジェスロッドの苦い声だった。


「残念ながら、邪神の欠片はそう簡単には滅せられん。先ほどは追い払っただけだ。欠片を滅することは、ふつうの剣ではできん。邪神に対抗できるのはただひとつ、聖剣ラーシェリンだけだ」


「それで、おれに急いで持ってくるように命じられたわけですね。も~、ばれないように持ち出すの、けっこう大変だったんですよ~?」


 軽い口調とは裏腹に、エディンスが両手で抱えていた棒状の物を恭しく差し出した。


 受け取ったジェスロッドが巻かれていた布の一部をほどいて中を確かめ、満足そうに頷く。


 ソティアの目にちらりと映ったのは、凝った装飾が施された黄金の柄とさやだった。


 これが、建国神話にうたわれ、代々ローゲンブルグ王国の国王に受け継がれている聖剣ラーシェリンに違いない。


 まさか、この目で見られる日が来るなんて、夢にも思わなかった。


「エディンス。今日明日中に令嬢達を聖獣の館から出す。令嬢達の実家にすぐに通達を出せ」


「かしこまりましたぁ~! あ、ひとつ確認させていただきますが、邪神の欠片のことはご実家にお伝えしてもよろしいですよね?」


 エディンスの問いに、ジェスロッドが精悍な面輪をしかめて吐息する。


「邪神を封じたはずが封じ切れていなかったのかと、批判する貴族達は出てくるだろうな」


 こぼされた声は泥水を飲んだかのように苦い。


「いや、むしろ多いのは危険な場所に令嬢達を集めたのかと非難する貴族達のほうか。……だが、仕方があるまい。人命には代えられん。令嬢達に被害が出るほうが厄介な羽目になるからな」


「まぁ、我が身可愛さで令嬢達がさっさと退去してくださるっていうんなら、明かしたほうが話が早いでしょうからね~。このまま令嬢達が聖獣の館に滞在していたら、負の感情がどっばどばとあふれ出す事態になりそうですし……」


 はあぁっ、と身を折って嘆息とともに呟いたエディンスが、不思議そうな顔をしているジェスロッドを見て、「うぇぇ~?」と変な声を上げる。


「ちょっ! 陛下っ!? そこまで考えた上で令嬢達を追い出されるわけじゃないんですかぁ!?」


「うん? 何が言いたい? もっとわかりやすく話せ。令嬢達の間でいさかいでも起こっているのか?」


 ソティアもエディンスの言わんとすることがわからず、ジェスロッドといっしょに首をひねってしまう。


 それが面白かったのか、こてん、とユウェルリースも真似をして愛らしく小首を傾けた。


 確かに、ジェスロッドが政務に忙殺されていたため、待ちぼうけを食らった形になった令嬢達はかなり苛立いらだちが溜まっている。


 が、邪神の欠片に囚われるほど負の感情を溜めていたのだろうか。


 揃って小首をかしげたソティアとジェスロッドを、この上なく残念なものを見るまなざしで交互に視線を向けたエディンスが、ふたたびはあぁぁぁ~っ、と大きく嘆息する。


「陛下だけではなくて、ソティア嬢まで……っ! ある意味、似た者同士というか、なんというか……。いや、どう考えても嫉妬の炎が渦巻くでしょう……っ!?」


「エディンス様……?」


 頭を抱え、うつむきがちに何やらぶつぶつ呟くエディンスに遠慮がちに声をかけると、「いえ、失礼いたしました」と、こほんと咳払いしたエディンスがぴしりと背筋を伸ばした。が、すぐに整った面輪がしかめられる。


「ですが、お世話係となった令嬢達がこぞって出られるとなると……」


「……お前の懸念けねんはもっともだ」


 エディンスが気遣わしげな様子でユウェルリースを抱っこしているソティアを見やる。同時に、ジェスロッドが身体ごとソティアを振り向いた。


「あ、あの……?」


 二人の視線が集中し、戸惑いに満ちた声をこぼす。


 初めて聞いた話に頭が混乱して、うまく言葉が出てこない。そもそもこれは、一介の世話係にすぎないソティアなどが聞いていい話なのだろうか。


「だぁーうっ!」


 ソティアの戸惑いを蹴り飛ばすかのように、腕の中のユウェルリースが元気いっぱいな声を上げる。


 もぞもぞと活発に動くユウェルリースを抱え直し、ソティアはおずおずとジェスロッドの凛々しい面輪を見上げた。


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