24 あの美貌がこんなちんちくりんに……っ!


「陛下だけじゃなくて、ソティア嬢まで! っていうか……。えぇぇぇぇっ!? まさか、そのちっちゃいのがユウェルリース様なんですかっ!?」


「だぁっ!」


 目の前で立ち止まり、すっとんきょうな大声を上げたエディンスに、ユウェルリースが元気よく応じる。


「陛下から、幼体になられたと聞いてはいましたけど、まさか、こぉんなにちっちゃくなってるとは……っ! いやまぁ、これはこれでめちゃくちゃ可愛いですけど、あの美貌がこんなちんちくりんに……っ!」


 ソティアが胸元で抱っこしているユウェルリースの高さにあわせて腰をかがめ、顔を近づけたエディンスが、褒めているのかけなしているのかわからぬことを言う。


「あの……っ」


 怒涛どとうの勢いで話すエディンスに、どう応じればよいのかわからず戸惑っていると、「おいっ!」と、目を怒らせたジェスロッドがぐい、とエディンスの肩を掴んで引き離してくれた。


「そんなに近づくな!」


「あ、ユウェルリース様に近すぎましたか? 申し訳ございません。とんだ失礼をいたしました」


 口では謝罪しつつも、エディンスの顔がにやけている。


「いや、別にユウェルはどうでもいいが……」


 もごもごと珍しく歯切れの悪い言葉を並べるジェスロッドの言葉をまるで聞かずに二、三歩下がったエディンスが、両手の親指と人差し指で四角形を作り、そこからのぞき込む。


 エディンスが並んで立つソティアとジェスロッドを眺めて、さらに口元をゆるめた。


「いやぁ~っ、そうやってユウェルリース様を抱っこしたソティア嬢と並んで立ってらっしゃると、まるでご家族みたいですねっ!」


「なっ!? 何を言うっ!?」


「そ、そんなっ! おそれ多すぎますっ!」


 告げられた瞬間、二人同時に弾かれたように声を上げる。


 突然、なんということを言うのだろう。国王陛下や聖獣と家族のようだなんて、おそれ多くて心臓に悪すぎる。


 ジェスロッドが大声を上げたのも、冗談にしても看過できないと思ったためだろう。


「えぇ~? そうですかねぇ~?」


 だが、エディンスは二人の様子など、どこ吹く風でのんきに首をかしげている。


「エディンス。お前と馬鹿話をしている暇などない。何のためにお前だけを呼んだと思っている? 人目を引くような大声を上げるな」


「どちらかというと一番大声を上げたのは陛下じゃないですか?」


 険しい顔つきでジェスロッドがひと睨みすると、さすがにまずいと思ったのかエディンスは姿勢を正して口をつぐむ。


 ジェスロッドはふんと鼻を一つ鳴らすと、倉庫へ足を向けた。


 如才なく前に出たエディンスがぎぃっと倉庫を開けると、こもった空気が流れ出た。ソティアとジェスロッドが続く。


 聖獣の館用の物資を保管しておく倉庫というだけあって、倉庫の中には大小さまざまな木箱が置かれていた。


 埃のせいか、はっぷしゅん、と可愛い声を上げてユウェルリースがくしゃみをする。


「すまんな、ソティア嬢。聖域の近くで人目を避けて話せる場所と言えば、ここくらいしか思い浮かばなくてな。埃っぽいところに申し訳ない」


「い、いえ、お気になさらないでください」


 ユウェルリースの鼻をハンカチでぬぐってあげながら、ソティアも周りを見渡す。


 燭台しょくだいはないが、天井近くにある明かりとりの小窓から陽光が差し込んでいるので、不自由さは感じない。


「やけに荷物が多くないか? 少し前に見た時は、ここまで多くなかったはずだが」


 眉を寄せて呟いたジェスロッドの言葉に、即座にエディンスが応じる。


「令嬢の方々のための荷物ですよ。聖獣の館でも、ご実家と同じように過ごされるのがご所望らしいので……」


「すぐに出るというのに、無駄なことを」


 ジェスロッドが呆れたように鼻を鳴らす。


 その目の前では、エディンスが何やら何も持っていない両手で空気をあおぐような珍妙な動きをしていた。


「だーうぅ?」


 いったいエディンスは何をしたいのだろうと、ジェスロッドと二人、きょとんと首をかしげてしまう。と、じれたようにエディンスが叫んだ。


「陛下っ! 何ぼうっとなさってるんですか! ハンカチですよ、ハンカチ!」


 エディンスの指摘に、ジェスロッドが鋭く息を呑んだかと思うと、慌てた様子でポケットから金糸で縁取られた豪奢な絹のハンカチを取り出し、木箱のひとつにかける。


「すまんっ、ソティア嬢! まったく気が利かず……っ!」


「い、いえ。あの……?」


 ジェスロッドの謝罪とハンカチの意図がわからず、戸惑った声を上げると、ジェスロッドに手のひらでハンカチを広げた木箱を示された。


「ユウェルを抱っこしたままでは重いだろう。せめて、ここに座ってくれ」


「え……? えぇっ!? い、いえっ、大丈夫ですっ! き、絹のハンカチを下敷きにするなんて、そんな……っ! お仕着せなんて、汚れて当然のものですから……っ! どうか、陛下がおかけになってくださいっ!」


 とんでもない! と首が千切れんばかりにかぶりを振るが、


「ソティア嬢を放って、俺が座れるわけがないだろう」


 と、ジェスロッドも引かない。と、エディンスが笑んだ声で割って入った。


「ソティア嬢。よかったら陛下のために座ってあげてください。陛下が女性のために気を遣うなんて、滅多にないことなんですから。陛下に自信をつけさせると思って、どうか、ここはひとつ」


「おい、エディンス。お前は俺を何だと思っている?」


 エディンスの言葉に、ジェスロッドが機嫌を損ねたように凛々しい眉を寄せる。はぁぁっ、とエディンスが大仰に吐息した。


「ぱっとハンカチが出てこなかった時点で、予想がつきそうなものだと思いますけど……。お知りになりたいのでしたら、正直に申し上げましょうか~?」


「あ、あのっ! ありがとうございます! 陛下のご厚情に甘えさせていただきます……っ!」


 何やら不穏な気配を漂わせ始めた二人の様子に、あわてて声を上げる。


 ジェスロッドがハンカチを敷いてくれた腰の高さほどの大きな木箱に腰かけると、すぐ隣にジェスロッドも腰かけた。


 ぎ、と木箱がきしむと同時に、ソティアの心臓もぱくりと跳ねる。


 ソティアとジェスロッドの対面の木箱に腰かけ、口を開いたのはエディンスだ。


「それで、いったい何があっておれに使いを命じられたんです? おれにユウェルリース様の可愛らしいお姿を見せてくださるためじゃないんでしょう?」


「当たり前だろうが」


 エディンスの軽口にひとつ吐息したジェスロッドが、裏庭での出来事を簡潔にエディンスに説明する。


 話を聞き終えたエディンスがきつく顔をしかめた。


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