19 昨日は不用意なひとことで傷つけてしまって、本当に悪かった


「これは、ソティア嬢への詫びの菓子だ! 昨日は、俺の不用意なひとことで傷つけてしまって……っ! 本当に悪かった!」


 がばりっ! と両手で箱を差し出したまま、大柄な身体を二つに折るようにして頭を下げられ、度肝を抜かれる。


「へ、陛下っ!? お、お願いですからお顔をお上げくださいっ! ユ、ユウェルリース様っ! 陛下を叩いてはいけませんっ!」


 反射的に片手で広い肩にふれ身を乗り出すと、「だぁーっ!」とはずんだ声を上げたユウェルリースがべちべちと小さな手でジェスロッドの頭を叩く。


「だぁう~っ!」


 ソティアのあわてふためいた声が面白いのか、ユウェルリースは頭を叩くのをやめない。


「ユウェルリース様っ!? だめですっ! めっ! へ、陛下っ! お願いですからお顔をお上げになってください……っ!」


 混乱のあまり泣きたい気持ちになりながら、懇願しつつ身を離そうとすると、不意に身を起こしたジェスロッドに、肩にふれていた手を掴んで引きとめられた。


 黒瑪瑙くろめのうのまなざしが、真っ直ぐにソティアを見つめる。


「すまない……っ! きみを傷つける意図はまったくなかった……。だが、俺のせいで嫌な思いをさせて、本当にすまなかった」


「い、いえ……っ!」


 あらためて詫びられ、はじかれたようにかぶりを振る。


 ジェスロッドが言っているのは、昨日、ソティアを背が高いと評したことに違いない。


 その程度のことで、わざわざお詫びの菓子まで用意した上に、謝罪してくれるなんて……。なんと寛大でお優しい方なのだろう。


「本当に、お気になさらないでくださいませ。陛下が謝られる必要は、まったくございません。実際、私の背が高いのはそのとおりですし、指摘を受けるのもしばしばなのですから」


「だが」


 告げた途端、ジェスロッドの凛々しい眉がぎゅっと寄る。


「たとえ事実だとしても、指摘されて嬉しいと思うか、嫌だと思うかはまた別の問題だろう?」


「っ!?」


 真摯に紡がれた言葉に、息を呑む。


 そんな風に言ってくれた人なんて、いままでひとりもいなかった。


 背が高いのは事実なのだから、揶揄やゆされても当然なのだと。受け入れなければならないと思っていた、のに。


 あふれだす感情に目が潤みそうになり、ぐっと奥歯を噛みしめると、ジェスロッドの凛々しい面輪が困ったように歪んだ。


「……すまない。また嫌な思いをさせたか……?」


 かたりとベンチに箱を置いたもう片方の手が、そっと優しくソティアの頬にふれる。


 ふわりと甘く麝香の薫りが揺蕩たゆたい、気が遠くなりそうだ。


「ソティア嬢……」


 低い声が、名前を紡ぎ。


「だぁ――ぅ~っ!」


 ユウェルリースの叫び声に、二人とも弾かれたように身を離す。


「だぅっ、あーぅっ!」


「おいっ、蹴るな!」


 小さな足で箱を蹴るユウェルリースをしかめ面で注意したジェスロッドが、ベンチから落ちそうになっていた箱をあわてて手に取る。


「だから、これはユウェルに持って来たんじゃない。きみに詫びたくて、持ってきたんだ。その……。受け取って、もらえるだろうか?」


「も、もちろんですっ! いただきます」


 ジェスロッドが不安げに差し出した箱を受け取ろうとすると、「あぅ、あーぅっ!」と興味津々なユウェルリースが身を乗り出した。


「違う。これはお前のじゃない。お前はこっちへ来てろ」


 はぁっ、と溜息をついたジェスロッドが、箱とユウェルリースを取り換えるように小さな身体を抱き上げる。口調こそぞんざいだが、ユウェルリースを抱くジェスロッドの手つきは優しい。


「よかったら、開けて、食べてみてくれないか?」


「は、はいっ」


 こくりと頷き、丁寧に桃色の綺麗なリボンをほどく。そっとふたを開けると、バターと砂糖の甘い匂いが広がった。木箱の中にぎっしりと詰められていたのは、方形のクッキーだ。


「いま流行りの店らしい。秘書官のエディンスに買わせて来たんだが……」


「まあっ、わざわざ……。本当にありがとうございます。なんとお礼を申し上げたらよいのか……っ!」


 自分などにここまで気を遣ってもらって、かえって申し訳ない。


 綺麗なリボンといい、甘い香りといい、絶対にソティアでは買えない高級店のお菓子に違いない。


「いただきます」


 丁寧に一礼してから、そっと一枚クッキーをつまみ、さくりとひとくちかじる。


 途端、口の中にバターの芳醇ほうじゅんな風味が広がって、思わず目をみはる。どんな風に焼いているのか、口の中で甘みと一緒にほどけるような軽やかな食感だ。


「どうした?」


 ソティアをじっと見つめていたためか、表情の変化に気づいたジェスロッドに問われ、あわててかぶりを振る。


「いえっ、あまりにおいしいので……。驚いてしまいました。こんなにおいしいクッキーをいただいたのは初めてです」


 ふるふるとかぶりを振り、笑みを浮かべて答えると、「そうか、よかった」と、凛々しい面輪が安堵したように緩んだ。


 柔らかな笑みに、ぱくぱくとわけもなく心臓が高鳴ってしまう。


「あーぅっ! あーぅ~っ!」


 クッキーが気になるのだろう。ジェスロッドに抱っこされたユウェルリースがじたばたと手足を動かす。


「ユウェルリース様にも差し上げてよいでしょうか?」


「ソティア嬢がよいのなら、かまわんが……」


「ありがとうございます。ユウェルリース様、あーんですよ」


 口をつけていないほうを小指の先ほどの大きさに割ってユウェルリースの口元に持って行くと、餌を待つ雛鳥ひなどりのようにぱかっと口が空いた。


 小さな口の中にクッキーを入れると、すぐにむぐむぐと真剣な表情で口を動かす。かと思うと。


「まぁーうっ!」


 どうやらお気に召したらしい。ぱぁっと愛らしい顔が輝いた。


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