14 陛下? いったい聖獣の館で何をやらかしてこられたんですか……?
「えーと……。陛下? いったい聖獣の館で何をやらかしてこられたんですか……? あっ、もしかして、赤ん坊になられたユウェルリース様に、青年の時のノリでかまって泣かしたんじゃないでしょうね? も~っ、気をつけてくださいよ~! お血筋でしょうけれど、陛下ってかなり怪力なんですから!」
言われた瞬間、思い出したのは、ユウェルと同じようにちょっと手を引いたつもりだったのに、倒れ込んできたソティアの柔らかな肢体だ。
力をこめれば折れてしまいそうな細い手首は、握り潰したのではないかと、本気で心配した。
「……エディンス。女性に謝罪する際に適した手土産は何だ?」
「へ?」
両手で頭を抱え、唸るように問うと気の抜けた声が返ってきた。かまわずジェスロッドは問いを重ねる。
「お前だったらいろいろ知っているだろう? ドレスか? 宝石か? いやでも今日の装いではどちらも身に着けていなかったな……」
「ちょっ! 待って! お待ちくださいっ、陛下!」
聖獣の館のお仕着せに身を包んだ、ソティアの姿勢のよい姿を思い返しながら呟いていると、あわてた様子のエディンスに止められた。
「何だ?」
抱えていた頭を上げると、エディンスが何とも言えない表情でこちらを見ている。
「え――とぉ……。まず、最初に確認させていただきますけどぉ……。陛下が、女性に贈り物をしたい、ってことでよろしいですね……?」
「だからそう言っているだろうが。何を聞いていたんだお前は」
いぶかしげに言うと、エディンスが急に目を
「へ、陛下が……っ! いままで剣の腕を磨くこととユウェルリース様にしか興味のなかった陛下が、女性に贈り物をしたいとおっしゃるなんて……っ! うっ、目から思わず熱いものが……っ!」
「おい、どうしたエディンス? 様子がおかしいぞ? というか、お前は俺のことを何だと思っている!? ちゃんと政務だってこなしているだろうが!」
ジェスロッドが抗議の声を上げるも、エディンスは聞いていない。
「今夜は秘蔵のワインで祝杯をあげなくては……っ! というか、どなたなんですっ、贈り物を渡す相手は!? マルガレーナ嬢ではないとおっしゃってましたし……。とりまきのご令嬢の中に意中の御方が!?」
「勝手に決めるな! よく聞け。詫びだと言っただろう? 贈りたい相手は、その……。ソティア嬢だ」
ソティアの名前を紡ごうとした瞬間、なぜか心臓が轟く。不用意な発言で彼女を傷つけてしまったことが、かなりの心痛になっているらしい。
「俺の不用意な言葉で、傷つけてしまったんだ。謝罪をしたい。ユウェルの世話をかいがいしくしてくれている礼もしたいし……。エディンス、お前だったら婦女子が好むものを知っているだろう?」
身長こそ平均より低めなものの、顔立ちも悪くないし、公爵家の次期跡取りだ。
ジェスロッドの第一秘書官をしているエディンスがあちらこちらの令嬢達から熱い視線を送られていることは、ジェスロッドだって知っている。
本人はまだ身を固める気はないようだが、何事にもそつのないエディンスなら、無骨者のジェスロッドと違って、婦女子が喜ぶ贈り物を知っているに違いない。
「ソティア嬢ですか!? それはまた、なんと予想外な……っ!」
驚いたように緑色の目を瞠ったエディンスが、心配そうな顔で問いかける。
「あの~、ひとつ確認しておきますけど、名目は『お詫びの品』なんですよね? もしくは感謝の」
「ああ、そうだが」
頷くと、エディンスが頭痛をこらえるように額を押さえた。
「陛下……。初手の鋭い踏み込みと重い斬撃は、陛下の持ち味ですけど、剣術の試合じゃないんですから……。ソティア嬢とは今日が初対面でいらっしゃるんでしょう? いきなりドレスだの宝石だのは、どう考えても重いと思いますよ……?」
「なるほど。重量物は持ち運ぶのも大変だしな」
偶然とはいえ、腕の中におさめた細い身体を思い出す。
だが、あんな細い腕で赤ん坊とはいえ、ユウェルを抱っこして寝かしつけていたのだから……。もしかして、意外と力があるのだろうか。
重さという観点はなかった。やはりエディンスに聞いてみてよかったと思いながら深々と頷くと、「違いますよっ!」となぜか
「そっちの重さじゃありませんっ! いったいどれだけ贈る気なんですかっ!? まったくもうっ! これだから剣術一本の朴念仁は……っ! いいですか、陛下」
はぁっ、と再び額を押さえて吐息したエディンスが重々しく告げる。
「初対面のご令嬢にお詫びの品を贈るのでしたら、菓子あたりが無難です。特にソティア嬢は貧……、いえ、堅実なご気質のようでいらっしゃいますから、いきなりドレスや宝石などを贈られては
「なるほど……」
いままで女性に贈り物を贈った経験などない。
女性というものはドレスや宝石など身を飾るものが好きだとは聞いたことがあったので、それを挙げてみたのだが、どうやらよろしくないらしい。
エディンスの言葉にふむふむと素直に頷いていたジェスロッドは、ふとソティアの言葉を思い出す。
「だが、ソティア嬢にはドレスが必要ではないか? ユウェルが活発で服が汚れることが多いため、侍女のお仕着せを借りていると言っていたからな」
ソティアが世話係に選ばれた男爵令嬢だと気づかなかったのは、お仕着せを着ていたからというのもある。
ぴんと背筋を伸ばし、お仕着せに身を包んでいたソティアも魅力的だったが、ドレスに身を包んだ彼女も美しいに違いない。
叶うなら、ひっつめていた豊かな栗色の髪を下ろしたところも見てみたい。
「ソティア嬢が必要としているドレスと、陛下が考えてらっしゃるドレスには大きな差異がありそうですが……。その点に気がついたのは、陛下にしては上出来です」
エディンスがひとり納得したようにうんうんと頷きながら、褒めているのかけなしているのか判然としない言葉を呟く。
「わかりました! ここは陛下の
そこまで話したエディンスが、不安げなまなざしをジェスロッドに向ける。
「つまり、ソティア嬢が好むものを聞いてくればいいわけだな?」
「陛下にできますか……?」
「なぜそんな不安そうな顔をする? その程度のこと、できるに決まっているだろう」
力強く頷くも、エディンスの表情は晴れない。
「くぅぅっ! 聖域にいらっしゃるのでは、おれ自身がソティア嬢から聞き出せないのが口惜しい……っ! 陛下御自身にお任せせねばならぬとは……っ!」
「何をそんなに不安がる? 子どもでもあるまいし、何も問題はない」
なぜ、これほどエディンスが不安そうにしているのか、理解できない。
「そうですね……。経験を積むのも、これからの陛下のために必要なことだと自分を納得させて、成果をお待ちしております……」
なぜか未だに不安がぬぐえない様子のエディンスに、ジェスロッドは「任せておけ」と力強く頷いた。
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