13 行き遅れたのは弟妹の世話をしてたからだけじゃないみたいですが


「聖域の空気は落ち着くんだ。ゆっくりと考え事をするのにちょうどいい。何より、ユウェルは命を預けてともに邪神と戦う戦友だ。絆を深めておくのは当然だろう?」


「それはまぁ、そうですけれど……」


「とにかく!」


 釈然としない様子のエディンスに、強い声音で告げる。


「ユウェルが突然、あの状態になったんだ。元の状態に戻れる目途めどがつくまでは、俺の結婚など考えられん。第一、邪神は封印して当面の脅威は去ったんだ。急いで妃を決めねばならん理由もないだろう?」


「わかってませんねぇ、陛下。脅威が去ったからこそですよ。陛下も二十四歳なんですから、そろそろ立派な王妃様がいておかしくない年でしょう? 聖剣を振るう資格が王家の血を引く者に限られている以上、貴族達が次代の王子を、と望む気持ちもご理解ください。それを邪神の封印を言い訳に今までさんざん後回しにしてきたんですから、自業自得ですよ」


 歯に衣着せぬエディンスの物言いに、ジェスロッドはつい子どものように唇を尖らせる。


「……別に、俺も妃をめとらなくていいとは思っておらん。が、つい十日前まで、邪神を封印することに精魂を傾けていたのだぞ? 急に結婚結婚とかまびすく言われても、すぐに切り替えられぬものでもなかろう。何より、ユウェルがあの状態だしな……。俺が不在にしていた十日の間に、調査は進んだのか?」


「それについては、文官達に古い記録を総ざらいさせてます。あっ! そういえば!」


 突き立ったペンを抜き、予備のペンを卓上に戻したエディンスが、えっへん! と胸を張る。


「ひとりだけ、大当たりのお世話係がいたでしょう!? 応募書類を見た時は天佑てんゆうだと思いました! 膨大な応募の中から見つけて採用したのはおれですよ! 褒めてくださいっ!」


「ああ、ソティア嬢か。そうだな。その点については褒めてやる」


 あっさり同意するとエディンスが意外そうに目をみはった。


「へぇ~っ。陛下が手放しでおれを褒めてくださるなんて、珍しいですね」


「俺もこの目で確かめたが、ソティア嬢は本当によくやってくれているからな。身を飾ることしか能のない令嬢達に任せていたら、ユウェルがどうなっていたか……。考えるだけで肝が冷える」


 クリームだらけのユウェルと、床に転がっていたケーキとフォーク。


 あんな状況が毎日起こっているとは信じたくないが、令嬢達だけに任せていたら、そのうちユウェルに害が及びそうで恐ろしい。


 本来なら、赤ん坊の世話は乳母に任せるべきだろう。


 だが、聖域は結界のせいで既婚女性は入れない。それゆえに、身の清らかな独身女性という条件で世話係を募集したのだが。


 と、そこまで考えて疑問が湧く。


「聖域に入れたということは、ソティア嬢は乙女だろう? ずいぶん赤ん坊にくわしいようだったが……?」


「ああ。後妻に入った義理の母親が子だくさんだったそうで。年の離れた弟妹の世話をずっとしていたそうですよ。なんでも双子込みで弟妹が四人もいるんだとか。面接の時に話してましたよ」


「なるほど、どおりで……」


 頷いた瞬間、きらきらと輝く木漏れ日に彩られたソティアの笑みが脳裏に甦る。『お世話させていただけて、本当に幸せです』と微笑んだ、慈愛に満ちた、見惚れずにはいられない笑顔。


 子守唄を歌う優しい声が耳の奥で巡る。ユウェルを寝かしつける姿を見た時、最初、猜疑心さいぎしんに満ちたまなざしを彼女に向けてしまった己を恥じた。


 ジェスロッドに取り入ろうとする気持ちだけでは、あんな風に愛情に満ちた世話などできるわけがない。


「まあ、噂によると、行き遅れたのは弟妹の世話をしてたからだけじゃないみたいですが……」


「行き遅れた? おい、どういうことだ?」


 聞き捨てならない言葉に声が尖る。


 確かにソティア嬢は他の令嬢より、少し年上のように思えた。


 おそらく、二十四歳のジェスロッドよりひとつか二つ下くらいだろう。一般的な貴族令嬢なら、すでに結婚している年だ。


 鋭い視線に睨みつけられたエディンスがためらいがちに口を開いた。


「いえ、ほら……。ソティア嬢はかなり背が高いじゃないですか? 彼女、絶対おれの身長より高いですよ。あっちも気を遣って、隣に並ばない位置取りをしてくれてましたけど……。でも、華奢きゃしゃとはいえあの身長じゃ、ふつうの男じゃ並ぶとほぼ同じ高さになっちゃいますからねぇ。なんでも、婚約者がいたものの、婚約者より背が高かったせいで婚約破棄されたんだとか……」


「なんだそのふざけた話は!?」


 怒りのあまり、思わず拳を執務机に叩きつける。エディンスがびくぅっ、と身を震わせた。


 身長なんて、個人の努力でどうなるものではない。そんなくだらない理由で婚約を破棄されたなど……。彼女はどれほど傷ついただろうか。


 胸がきしむような気持ちを味わうと同時に、ジェスロッドは己の失言に気づかされる。


「あ……」


 女性にしては背が高いな、と。


 青年姿だった頃のユウェルを連想させて好ましいと。ただ単に、その程度の気持ちで口にした言葉だったというのに。


 血の気の引いた顔で震えていたソティアの様子を思い出した途端、刃で貫かれたように胸が痛む。


 自分は無遠慮に彼女の過去の傷をえぐってしまったのだ。


「くそ……っ! 自分の馬鹿さが恨めしい……っ!」


「へ、陛下っ!? 急にどうなさったんですか!?」


 突然、拳を握りしめ後悔の声を上げたジェスロッドに、エディンスがあわてふためいた声を上げる。だが、答えるどころではない。


「俺は、とんでもない阿呆だ……っ!」


 絶対に、呆れられただろう。礼儀正しいソティア嬢は非難するどころか寛大にも謝罪を受け入れてくれたが……。


 きっと、心の中では呆れ果てられていたに違いない。


 叶うことなら、時間を巻き戻して、ろくでもないことを言った己を殴り飛ばしてやりたい。


 確かに、ソティアの身長は青年姿のユウェルと同じくらいだ。


 だが、同じなのは身長だけだ。握りしめた瞬間驚いた、折れそうに細い手首も、華奢な身体つきも――。ユウェルとは、まったく、全然、断じて違う。


 そもそも、可憐な令嬢と見た目は美青年でも実際の中身は子どもみたいなユウェルと一緒にすること自体が間違っている。だというのに。


「なんて大馬鹿者なんだ、俺は……っ!」


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