勇者の夫になる魔法4

 夢を見ていた。


 小さい頃の夢で、女の子が泣いていた。


 泣いていた理由は覚えていないけれど、僕は何とか女の子に泣き止んでほしくて、辺りを走り回って綺麗な花を摘んできた。


 青く優しく揺れる花を、頭に付けられるようにちょっとだけ髪飾りのように加工して。


「これ、あげるね。だからげんきだして?」

「……うん、ありがと」


 そう言って笑顔になった女の子の顔が、ヴィアラと重なった――。






 目を開けると、ベッドの淵で腕を枕にして眠るヴィアラの顔が視界に映った。


 ぼんやりとする頭で、僕はほとんど無意識のうちにヴィアラの頭を撫でる。


 腕を動かした拍子に背中がひどく痛んで、思わずうめき声をあげてしまった。


 そんな僕の声が耳に入ったのか、頭を撫でられた刺激からか、寝ていたヴィアラの瞳がゆっくりと開いていって、ぱちりと視線が合った。


 数秒だったか、数分だったか。その状態のままお互いに固まってしまう。僕の意識もはっきりとしてきていて、今更ながらに寝ている女性に無断で触れていた行為に、申し訳なさと罪悪感が襲ってきた。


 そもそもヴィアラには好きな人がいるのに、僕に触れられていい気分なわけがない。


「……ごめん」


 一言だけ謝って、手を頭から離す。いつものような言葉遣いができなくて、その時になって初めて自分が相当焦っていることに気が付いた。


 ――ヴィアラに嫌われたくない。


 そんな僕の思いをよそに、ヴィアラは頭を起こすと、僕が離した手をガシっと掴んできた。


 そんな動作をするものだから、僕の背中がまた傷んで、僕の口から苦痛の声が漏れてしまった。


「あ、あ、ごめんなさい! 大丈夫ですか……!?」


 掴んでいた手をパッと離して、ヴィアラが泣きそうな顔で僕を覗き込んでくる。


 そこまできてようやく、僕は今の状況について頭を回し始めた。


 魔族との戦争。ヴィアラの負担。厳しい戦場。走る痛みに、ヴィアラの泣き顔――。


「ヴィアラ、無事だったんですね……」


 泣きそうな顔をしてはいるけれど、傷ついた様子のないヴィアラに安堵する。


「本当に良かった――」

「良くなんてないです!」


 僕の声を遮ってヴィアラが声を張り上げた。


「良くなんて、ないです……! こんな、ルシウス様がこんなに、傷ついて……! わ、私がもっと、強ければ……! もっとしっかりしてれば、こんなことには――!」


 ぽろぽろと涙を流しながら、ヴィアラが悲痛な声をあげる。

 全ての責任が自分にあるような、自分を責め立てる声音だった。


「ごめんなさい、ルシウス様……ごめんなさい。私のせいで、私が弱いせいで、ルシウス様に傷を――」

「それは違います」


 僕は背中が痛むのを無視して上半身を起き上がらせると、ヴィアラを胸に抱き寄せた。ヴィアラはされるがままで、僕の胸で泣き続けている。


「貴女は何も悪くありません」


 僕のそんな声に、胸の中のヴィアラが顔を上げて僕を見つめてくる。


「僕は、貴女がいつも努力していることを知っています。貴女が寝る間も惜しんで勉学に励み、訓練に励み、民草に心を砕いていることを知っています。ただの少女が、貴族になることを、勇者になることを強制されて、それでも弱音を吐かず、挫けずに前に進み続けていることを知っています」


 頭を撫で、ぽんぽんと背中を優しく叩く。


 幼い子供をあやすように。彼女の自責の念を溶かすように。


 彼女の涙はいつの間にか止まっていた。


「悪いとすれば、婚約者でありながら貴女のことを支えることができていない、僕自身です。だから、自分のことを責めないでください、ヴィアラ」


 僕がそこまで言うと、ヴィアラは止まっていた涙を再び瞳にため込み、一筋流しながら「違うの……」と呟いた。


 それからヴィアラは、僕の背中が痛まないようにか、探るように僕の体に手を這わせて、優しく抱きしめ返してきた。


「ルシウス様はいつも私を支えてくれてるよ……ちっちゃい頃からずっと、私はルシウス様に支えられてきたよ……? 今だって、そう。私はルシウス様がいてくれなかったら、とっくに潰れてたよ……」


 いつもは丁寧な言葉づかいで喋る彼女が、普通の少女のように喋っていて。

 それがどうしようもなく、彼女が本音を語っていることを僕に伝えていた。


「ルシウス様はいつも私を気遣ってくれた。いつも優しくしてくれて、私を大事にしてくれてる。お城の中で私が私でいられるのは、ルシウス様の隣だけ。貴族でも、勇者でもない。ただの平民の、弱い私でいられるのは、ルシウス様の傍だけなの……」

「それは……ありがとうございます。貴女の努力を、僕は支えてあげられていたのですね」


 僕がそう言うと、彼女は泣きながら、それでも精一杯の微笑みを僕に見せてくれた。


「ルシウス様。貴方の言葉は、貴方のしてくれたことは、いつだって、今だって……私の心を溶かしてくれる。私の心を温かくしてくれる。ルシウス様の言葉は、まるで魔法のよう――」


 それから、ヴィアラはゆっくりと顔を近づけてきて。

 僕たちは、初めてのキスをした。


「ルシウス様、好きです。お慕いしています。小さな頃からずっと、ずっと……」

「――僕も好きだよ、ヴィアラ」






 魔族との戦争は、ヴィアラが魔王を討ち取ったことで終わりを迎えた。僕は背中の傷が酷く、なかなか思うように動けない日々が続いていたけれど、それでもヴィアラに着いて行こうとしたら「お願いだから静かに療養しててください」と窘められたので、王都の屋敷で静かにしていた。


 戦争が終わってすぐに、僕とヴィアラの結婚式が大々的に執り行われた。鉄は熱いうちに打て、という訳ではないけれど、ヴィアラの名声が最高潮の今、国として勇者との関係をアピールしたかったのだろう。


 結婚式は大変だった。国民の前でパレードをし、貴族を集めてパーティーをして、それが何日にも渡って、僕はともかく、こういう催し物に慣れていないヴィアラは終わる頃にはすっかり疲れ果ててしまっていて「魔王と戦う方が簡単だった……」とベッドに倒れこんでしまった。


「ねぇ、ヴィアラ。疲れているところ悪いけど、僕の話を聞いてくれますか?」

「うん……なにかな?」


 初めてキスをしたあの日から、ヴィアラは僕と二人だけの時は丁寧な言葉遣いをしなくなっていた。それが、彼女との距離が縮んだ証に感じて、僕はとても嬉しかった。


「一つ、貴女にお渡ししたいものがあります」

「渡したいもの……?」


 ベッドから上半身を起こし、淵に腰かけた状態で不思議そうな顔をするヴィアラ。

 そんな彼女に近づいて、僕はポケットから一つの箱を取り出した。


「平民の間では、結婚をすると星華花を贈るのが習わしだと聞きました」

「え……まさか」


 ヴィアラの表情が驚きに代わっていく。

 それを見ながら、僕は箱を開けて、中のものをヴィアラに見せた。


「これ、あげるね。だからげんきだして?」

「ルシウス、様……!」


 わざと少し舌ったらずな幼い声音で、そう告げた。

 そうすると、ヴィアラが手を口に当てて、涙をぽろぽろと流し始めた。


「あの時、初めましてって言って、ごめんなさい。それと、これからずっと一緒に、いて欲しいです」


 僕はヴィアラの左手を優しく手に取ると、その薬指にそっと指輪を通した。その指輪には、宝石の代わりにがあしらわれていた。

 僕の気持ちを通して、真っ赤に染まった星華花だった。


 昔も今も、僕とヴィアラを繋ぐ、枯れない魔法のかかった花。


「私も、私こそ、ずっと一緒に、いてください――」


 僕からの贈り物で、ヴィアラは文字通り花のような笑顔になった。


 幼い頃と、同じように――。






勇者の夫になる魔法:おわり

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勇者の夫になる魔法 Yuki@召喚獣 @Yuki2453

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