勇者の夫になる魔法3
「
「そうかいそうかい。せっかく平民の嫁さんを貰うんだ、そいつを渡すのも悪くねぇだろ」
仕事で赴いた冒険者組合の組合長室で、組合長にそんなことを言われた。筋骨隆々で如何にも荒事を生業としている風貌で、自身も冒険者を経て組合長にまで成り上がった生粋の叩き上げだった。
僕と勇者ヴィアラの婚約は先日大々的に発表された。お披露目の時には笑顔を張り付けて僕の隣で腕を振っていた彼女が、自室で二人きりになった途端にいつものようにソファにぐったりと倒れこんで「二度とやりたくない……」なんて言っていたのは記憶に新しい。
「平民ってのはな、貴族みたいに金なんか持っちゃいねぇ。だから結婚するのにいちいち指輪だとか宝石だとか、そんなもんは渡したりできねぇ。だから、代わりに星華花を渡すのが習わしなんだよ」
「そうなんですね……初めて知りました」
「まぁ貴族にとっちゃそんなものに価値なんてねぇしな。星華花ってぇのは人の心に反応して色が変わる。心は嘘がつけねぇからな。貴族がそんなもん渡してたら阿鼻叫喚だろ」
そう言って組合長は豪快に笑った。
僕と組合長は、生まれも育ちも年齢も何もかもが違うが、長年の友人のように気心の知れた仲だった。
貴族の三男坊なんていうものは、成人してしまうと家に居場所なんていうものは基本的に存在しない。家督を継ぐのは長兄だし、その長兄を補佐し、何かあったときの代わりになるのが次兄だ。
だから三男以降の貴族の男子は基本的には家を出て、自分の力で生計を立てていく必要がある。そうした中で多くの貴族の子息が選ぶ道が、国に仕える騎士になるという道だ。
騎士になれば一代限りとはいえ貴族に名を連ねることができるし、貴族の子息として幼いころから様々な教練を受けているおかげで、そこらの平民よりも体力も技能も備わっている。騎士団としても一からの素人よりはそういった土壌のある人間に来てもらった方が手間が省けるし、子息の実家からの援助も期待できる。
まあ理由はいろいろあるけれど、そういった事情で騎士団に入る貴族の子息は多く、僕も例にもれずその一人だった。
そして幸運だったのは、僕には人よりもそういった才能があったことで、若輩ながら騎士団でも一目置かれるようになり。
魔族との戦争が徐々に激しさを増していく中、魔物退治の専門家とでもいうべき冒険者との繋がりを強化するべきということで、僕が騎士団と組合との橋渡し役として出向することになった。
組合に来た当初は、あまりにもずさんな組合の体制に組合に意見し、貴族のぼんぼんの戯言とやんわりと流され、それならばと冒険者として一番下の下積みから積み重ね、それから同じことを言えば生意気言うなとぶっ飛ばされ、ぐうの音も出させないように一番上の位にまで上り詰めてから組合長と殴り合った。
そこまでして冒険者に認めてもらい、意見を通し、組合を改革した。
そのおかげか、当初の予定よりも出向の予定が伸びに伸びて、今では無期限になってしまっていた。まぁ、組合に来るのは好きだから文句はないけれど。
「相手のこと嫌いだったら黒っぽくなるし、好きなら赤っぽくなる。なんもねぇ、普通に咲いてるときは青色だ。その辺に咲いてる花でもねぇけど、そこまで珍しい花でもねぇから、町でも普通に買える。花を枯れないようにする保存の魔法も込みで、まぁ庶民の一か月分の収入くらいの値段だ。結婚の時に渡すにゃ調度いいくらいだろ?」
「そういうものですか? ですが、彼女は平民ではありますが、僕と婚姻を結んだら正式に貴族となります。貴族には貴族の習わしがありますし……」
「難しいこと考えんなよ。好きな女に花を渡す。それだけじゃねぇか。貴族の決まりがあるんなら、そっちはそっちでやればいい。別に花を渡したらダメだなんて決まりはねぇだろ?」
「いや、彼女には他に好きな人がいて……僕からそういうものを貰うのはあまりいい気分ではないでしょう?」
僕は相変わらず頻繁にヴィアラの元に通っている。疲れてぐったりとしている彼女を労り、彼女の話を聞いている。
故郷の親元から引き離され、全く違う世界に放り込まれ、毎日ぐったりしてしまうほど疲れ果てて、それでも僕以外の周囲に弱音を吐かず、凛とした態度で。
僕と二人きりの時にだけ、ふとした瞬間に見せる柔らかな表情。好きな人のことを語っているときの、朗らかな雰囲気。
僕の人生で、それまで出会ったことがなかったタイプの女性で、そんな女性が僕の婚約者で。
はっきり言って、僕は彼女――ヴィアラに惹かれていた。
だからこそ彼女が語る好きな人の話は心が痛いし、彼女の不況を買うようなことはしたくなかった。
そんな僕の態度に、組合長は鼻を鳴らして呆れたような顔を見せた。
「お前……はぁ。とにかく、星華花は贈ってやれ。嫌がったりするはずねぇからな」
「……考えておきます」
魔族との戦争が激しさを増していく。
ヴィアラが前線に出る機会も多くなり、それを支えるために僕も前線に赴く機会が増えた。
僕は確かに他人と比べて戦闘は得意な方だけれど、それでも主神から「勇者」とスキルを与えられたヴィアラほどではない。
自分にできることを精一杯やって
「大丈夫。大丈夫ですよ、ヴィアラ。辛かったら泣いていいんですよ。喚いたって、怒ったっていいんです。僕が全部受け止めますから。だから、無理だけはしないでください」
なんて声をかけて、彼女の支えになれるように努力しているけれど、やっぱり彼女にかかる負担は大きくて。
彼女は僕に「ありがとうございます。ルシウス様がいなければ、今頃どうなってたか……」と感謝の言葉を伝えてくれる。けれども、彼女に毎日のように降りかかる重圧や重荷は、確実に彼女の身も心も削っていて。
ある日、戦場でふらついた彼女に、魔族がその鋭い爪を振り上げたのを視界にとらえた瞬間、考えるより先に体が動いていた。
「ルシウス様!? ルシウス様ぁ!? いやあぁぁぁ――!!」
背中に走る悍ましい熱と、魂を揺さぶられるような彼女の悲痛な声を最後に、僕の意識は途絶えた。
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