勇者の夫になる魔法2
僕はヴィアラと婚約をしてから、時間が合えば必ず彼女の元に通うようにしていた。僕にも騎士団員として、また冒険者組合の組合員としての仕事があるから毎日という訳にはいかないけれど、それでも二日と空けることはしなかった。
頻繁に会いに行くのは、婚約者の務めというのももちろんあるけれど、それ以上に彼女のことが心配だったからだ。
「……ルシウス様?」
「やぁ、ヴィアラ。今日もお疲れみたいですね?」
王城に与えられた彼女の部屋を訪ねると、彼女はいつものようにぐったりとソファに沈み込んでいた。
彼女は勇者だ。主神から与えられたスキルを用いて、魔族と戦うことが仕事だ。
けれども、王城に住んでいて、貴族に嫁ぐことが決まっている以上、貴族としてのマナーや教養が求められる。だから、彼女は王城に召し抱えられてからは毎日のようにマナーの授業と教養の授業を受けさせられている。
貴族の子息でも子供の頃から時間をかけてゆっくりと学んでいくものを、これまで農村で暮らしていた平民の少女がいきなり詰め込まれているのだ。それに加えて、彼女は戦闘の素人でもあるので、騎士団と戦闘の訓練なども行っている。疲れ果ててぐったりしてしまうのも、当たり前のことだった。
「今日は何をしていたんですか?」
「食事の時のマナーとか、歴史の授業とか……午後は、騎士団長にスキルの使い方を学んでいました」
「そうですか……毎日お疲れ様です。何か辛いことがあれば、遠慮なく僕に言ってくださいね?」
ぐったりとしてしまっている彼女のために、手ずからお茶を用意してあげる。
本来なら給仕のメイドがやるべきことではあるけれど、僕と彼女が二人きりになる時にはメイドには退室してもらっていた。
王城に使えるようなメイドは一般のメイドとは違い、貴族の子女が花嫁修業の一環として勤めている。つまるところ、彼女たちは貴族なのだ。
平民の彼女に仕えることに内心ではそこまでよい感情を抱いていないかもしれないし、貴族がいると彼女が本音で喋ることができない。だから、僕は二人きりになる時は、メイドに退室してもらうようにした。
「ルシウス様は……何をされていたのですか?」
「僕ですか? 僕は冒険者組合の方に顔を出していました。彼らは定期的に顔を見せないと騎士団に文句を言いますからね。困ったものです」
そう言いながら、気心の知れた組合員の人たちを脳裏に思い浮かべる。
冒険者組合が騎士団に文句を言うのは、何も別に騎士団に不満があるからではない。いや、不満はあるのかもしれないけれど、根本的にそういうことではないのだ。
「頼りにされているのですね」
「そうだといいのですが……不思議なものです。彼らとは殴り合いの喧嘩など日常茶飯事だというのに」
「それだけ……彼らが、ルシウス様に本音を言えるということです。平民が貴族の方に本音を言えるなんて、すごいことなんですよ?」
お茶の香りに釣られたのか、ぐったりとソファに沈み込んでいた体を起こしながら、ヴィアラが告げる。それからカップを手に取って、ここに来た当初よりも上品な所作でお茶を口に含んだ。
「ヴィアラは……その、僕に本音を話してくれていますか?」
僕がそう問いかけると、彼女はカップをテーブルに置いて、僕の方に顔を向けてきた。
「もちろんです。でなければ、好きな人がいるなんて話はしないでしょう?」
相変わらず彼女の頭に付いている真紅の花飾りが、優しく光ったような気がした。
「彼は、幼い頃にこの花飾りをくれたんです」
彼女の想い人とは、幼い頃に彼女の故郷で出会ったらしい。彼女が泣いているところに出くわして、一生懸命になだめすかしてくれて、最後に花飾りをプレゼントしてくれた。
彼女にとって彼はまるで物語の英雄のようで、幼い頃から想い続けているらしい。
そういえば僕も、幼い頃に似たようなことをしたような覚えがあるな、なんて思いながら彼女の話を聞いて。でも、あの時の僕があげたのは青い花だったから、彼女の話に出てくるのは僕とは別人だな、と思ったり。
「優しくて、いつも私を気遣ってくれて……」
そう僕に語ってくれる彼女の顔は薄っすら頬が染まっていて、凛とした雰囲気は鳴りを潜めて、まるで恋する乙女のようだった。いや、実際想い人について語っているのだから、恋する乙女なのだろう。
「そっか……そんな人がいるのに、僕と婚約することになって申し訳ありません。ですが、その……これは王命ですので、僕にはどうすることも」
「いえ、よいのです。ルシウス様が気にされることはありません。これは私の問題ですから」
そう言って微笑む彼女の顔はどこか儚げに見えた。
彼女はよく、故郷に手紙を書いている。彼女個人のことだから僕はその手紙の内容は知らないけれど、彼女の想い人の話からして、幼い頃の彼女と出会っているのだから、彼女の想い人は彼女の故郷にいるのだろう。
つまり、その手紙は、彼女の家族と、その想い人へ。そういうことだ。
そう思うと、僕の胸の奥がチクリと傷んだ気がした。
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