勇者の夫になる魔法
Yuki@召喚獣
勇者の夫になる魔法1
小さな頃、父に連れられて領地の端にある農村に出向いたことがあった。
長閑な村で、広々とした農地と、穏やかな村の人たちが印象的な、どこにでもあるような牧歌的な村だった。
「これ、あげるね。だからげんきだして?」
「……うん。ありがと」
一人の女の子に、僕はある花をあげた。
どんな花をあげたかはあんまり覚えてないのだけれど、ともかく青っぽい花だったことだけは覚えていて。
女の子がとても泣いていたから、僕はそれを慰めるために一生懸命で。
花をあげた女の子が、文字通り花のように笑顔になったことを覚えている。
「あなたの、なまえは……?」
女の子に聞かれたから、僕は「ルシウスっていうんだ」と答えた。
そこで父に呼ばれて、僕は女の子から離れた。
小さな頃の、なんとなく大事にしている。そんな思い出だった。
「ルシウス・アントニウス・ヴァレリウス。其方を勇者【ヴィアラ・メドウヘイズ】の婚約者にしようと考えている。何か異論はあるか?」
「ございません」
「よろしい。では、発表は近々行うとする。それまでは口外せぬよう」
「仰せのままに、陛下」
僕と勇者の婚約が決まったのは、よく晴れた夏の日の午後だった。
王城に登城した僕に、国王陛下が直々に告げた。
貴族の婚約の話に陛下が意見をすることは珍しくないが、陛下が直接裁可を下すということは、普段ではありえないことだった。
僕が勇者の婚約者に選ばれたのは、様々な理由があるのかもしれないけれども、結局は国の求める人材に合致したのが僕だった、というだけの話だろう。
大貴族の一族であること。
男であること。
嫡男ではないこと。
高い戦闘力を有していること。
庶民との垣根が低いこと。
他にもあるかもしれないけれど、だいたいはこんなところだろう。
封建制度で成り立っているこの国で、僕たち貴族が陛下に逆らうことは基本的にありえない。だから僕は今回の話を受け入れた。そこに僕の意志なんて言うものは関係ない。
貴族の社会では政略結婚なんていうものは日常茶飯事で、婚姻なんていうものに個人の感情を考慮することは基本無いのだから、何も僕だけが特別に強いられているというわけではない。だから国王陛下から直々にお言葉を賜るなんていうことは普通ない。
それでも、僕が陛下から直接裁可を下されたのは、ひとえにこれが「勇者との婚姻」ということと、「貴族と平民の婚姻」だからだろう。
勇者を国に繋ぎとめるということは、国に様々な恩恵をもたらす。国の戦力の強化や、他国に対する牽制。国内向けで言えば、勇者がいることで生まれる団結感や、貴族と平民の融和など。
だから、勇者が現れた時、国として勇者を繋ぎとめるという選択肢を取らないという手はなかった。
けれども、この国は封建制度で成り立っている国で。つまるところ、貴族の大半が平民風情と見下す勇者と婚姻を結びたがることなく、自らの家に平民の血が入るのを嫌がった。
また、勇者の婚約者ともなれば、今現在も争っている「魔族」から狙われることも容易に考えられて、戦う力のないものを婚約者にするわけにもいかず。
しかし、魔族との戦争が終わった後と、争っている現在。どちらが勇者との婚姻が結びやすいかと言えば、今の方が結びやすいだろうという判断で、白羽の矢が立ったのが僕だったという訳だ。
陛下が僕に直接お言葉を下さったのも、この重要な婚姻を必ず成し遂げよという思いや、逃げることは許さないといったある種の圧力でもあるし、公爵という高い位の貴族の家に生まれながら「平民との婚姻を強制してしまう」という申し訳なさからくるものだろう。
平民との婚姻について僕に思うところはないのだけれど、そういう陛下からの配慮は受け取っておいて損はない。陛下は別に平民を差別しているわけではないし、その申し訳なさは単純に「高位貴族の一族である僕と平民の勇者」が身分という制度において釣り合いが取れていないという点から生まれているものだ。
そういう事情で僕は、勇者の婚約者と相成った。
だから、婚約者の役目として、僕はすでに登城しているという勇者が待つ部屋に向かって歩いて行った。
「ヴィアラ・メドウヘイズです。ルシウス様、これからよろしくお願いします」
部屋で待っていたのは、凛とした雰囲気の可愛らしい女の子だった。
田舎の農村出身と聞いていたけれど、野暮ったい雰囲気はなく、キリっとした顔に洗練された雰囲気を感じた。おそらく王城のメイドがいろいろと手を加えたのだろう。今どきの流行のドレスに、彼女の雰囲気を引き立てるような化粧。何故か、頭に雰囲気から浮いている真紅の花の飾りが付けられていた。
「初めまして。ルシウス・アントニウス・ヴァレリウスです。こちらこそ、これからよろしくお願いします」
そう言って笑いかける。
本来なら貴族である僕が平民である勇者――ヴィアラに丁寧な言葉遣いをする必要はないのだけれど、これに関しては僕の性分というものだ。
「初めまして……」
彼女は何故か少しだけ表情を曇らせると、それからふんすと気合を入れたように小さく拳を握った。
「ねぇ、ルシウス様」
「ん? 何でしょうか?」
それから彼女は、決意を込めた瞳で僕を見据えて、こう言った。
「――私、好きな人がいるんです」
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