誓いをかける

ナナシマイ

 巨大な渓谷のあちらとこちらに住むナズヅリマ族、その赤子は左手に六本目である誓いの指を持って生まれる。

 その指は本人の意思で自由にかたちを変えることができ、彼らは青年期までの多くの時間を自分の指を編むことに費やす。その精緻な模様編みは美しいだけでなく、非常に強固であることで有名だ。

 誓いの指を細く伸ばし、よく縒り、右手だけで器用に編んでいく。それを岩棚に腰掛けて遠く対岸を見つめながら行うのだから、その光景は奇妙でもあった。

 彼らの作品は橋の目と呼ばれる。というのも、完成したしたなかでも出来のよいものはすべて橋の材料とされるからだ。

 ナズヅリマ族の婚姻は独特である。伸びてくる橋を見極め、好みのものへ向けて自分の橋を伸ばしていく。そうしてうまく相手と当たることができれば、橋を繋げることを許される。繋いだ橋の上で二人は誓いを交わす。

 当然のことながら真正面で作業する者が相手になるとは限らず、また狙った橋に当たらなければ別の橋を探すことになるため、渓谷に掛かる橋は複雑怪奇に入り組んでいた。


 ちなみに誓いの指は消耗品である。身体の成長にあわせて多少は育つが、おおよそ十歳を目安に指の使用量が成長を上回るという。

 婚姻の際、彼らは己の愛を互いの誓いの指に誓う。ゆえに婚姻を結ぶまでに使いつくしてはならない。誓えなければ婚姻は認められない。その者は生涯独身だ。


 さて、今わたしの前には、あともう少しで完成する橋があった。

 よそからやってきたわたしには当然誓いの指なんて持っておらず、こちらから伸ばせるものはなにもない。彼女の誓いの指で編まれた橋だけが伸びてくる。

 過度な装飾はなく、ただまっすぐに伸びてくる。

 わたしがこの地へやってきたばかりの、まだ彼女が幼いころに編んだ橋の目を、彼女は恥ずかしいと言いながらも大事そうに繋いでいった。

 まさに一生をかけた求婚である。本来ならば半分の消費で済むところを、彼女はたった一本の誓いの指で賄わなければならないのだから。それでもあの橋は完成するだろう。わたしはそう信じている。

 そろそろ考えておかねばならない。橋を渡る日、誓いの指を持たないわたしが、どのようにして誓いをなすのかを。

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