第6話 真のうらない路地
娘が路地に通ううちに、住人たちとも面識ができてくる。
彼らは、娘のことを【天気司】の縁者とみなしている雰囲気があって。
伝言を頼まれたり、届け物を預けられたり……ただの挨拶もあるが、路地を歩くだけでも、声をかけられる。
まるで初めて主さまと並んで歩いた日のように。
ある日、娘は見回り中の主さまと、路地の中程で出会った。
少しばかり世間話などをして。
「ところで、そろそろ路地に越してくる気はないかい?」
と、尋ねられた。
「そうですね……通ってくる乗り合い馬車の運賃も、ばかにならないですし……」
「【天気司】の斜向かいが、先月から空き家になっててね。よかったら見てみるかい?」
返事をする前に、歩き始める主さまに慌てた娘が、
「【天気司】に遅れるって、言ってきます」
小走りで追い越そうとすると
「ああ、彼には伝わるから。気にせずついておいで」
と、止められて。
「私も彼も、魔力持ちだよ? それくらいの連絡は朝飯前さね」
「え? じゃあ……伝言とか、必要ないんですか?」
「ないね」
住人たちが娘に伝言を託してたのは、単純に話しかけたかったからだと、主さまが笑う。
【天気司】の店に比べて、少し狭いくらいの間口を持つその家は、捨て子だった主さまの養い親の家らしい。
「占いをしてた爺さまでね。路地で一番の長生きだったが……」
問わず語りに話して聞かせながら、主さまが中庭に通じる雨戸を開ける。
路地に面した家々には、裏庭がない。初代がお城と取り交わしたらしい約定で、店舗部分以外の戸口を作ることが禁じられていた。
なので、外から見えないようにして、隣り合った二軒ずつで共有の中庭を作っているという。
明かり取りのついでに、ささやかな家庭菜園もできるので、家計の足しにもなっているらしい。
「家が荒れていくのは辛いからね。そうだなぁ。お嬢さんが【天気司】から独り立ちして、商いが軌道に乗るまでくらいなら、店賃をまけてあげよう」
人が住まない家は傷むという。養い親が長年暮らした家を思う主さまの言葉に、娘も絆されて。
「住み込んでいる宿と、相談してみます」
「うん。そうだね。話が拗れるようなら、こちらでも手を貸すよ」
「けっこう入れ替わりの激しい宿なので、それは大丈夫かと……」
お給金の精算などの余裕を見ても、一カ月もあれば引っ越せるのでは……と考える。
その日の、帰り道。
路地の入り口で声をかけられた娘は、小物売りの女性から一輪の押し花を渡された。
「主さまから、託かっていてね。この縁切り草の押し花を持って帰りなさいって」
帰ったら枕カバーの中に差し込んでおくようにと教えられる。
「それから、せっかく私たちと結んだ縁が切れないように、香袋はこっちで預かってあげる」
そう言って女性は、娘が腰に釣っている香袋の組紐を指差す。
縁結びの模様を組み込んであると、彼女が言っていたことを思い出した娘は、素直に香袋を返した。
薬草のおかげか、宿を営む女将の元来の性格か。
主さまが心配したようなこともなく、あっさりと娘は仕事を辞めることができた。
【天気司】の店を手伝いながら、彼の仕事を間近で見る毎日を重ねて。
娘は、【呼春】の屋号を名乗って、
晴れを呼ぶ札に、好感度を上げる札。幸せを呼ぶ札……は路地の入り口で売られているお守りと被りそうなので、不幸避けとして売る。
晴れを呼ぶ札だけは、魔力が籠った本物だが、効きすぎるのも問題なので、針先で薄くカードに傷を入れてから模様を描いた偽物が混ぜてある。
不幸避けのものには、縁切り草のエキスを薄く薄くしたものを、インクに小鳥の涙ほど加えて。
魔力を込めないように気をつけつつ、空豆よりも一回り大きい程度のカードに細いペンを使って注意深く、髪の毛ほどの線で模様を書き込む。
【天気司】とは得意分野が異なるので、依頼に応じて
「向かいの【天気司】が私の師匠なので。そっちへ頼んだ方が……」
「そういった内容なら、向かいの【呼春】が得意にしてるな」
と、互いに客を紹介しあって、共生している。
【呼春】が正規の店賃を払えるようになって、約十年。
夏風邪を拗らせて、主さまがこの世を去った。
主さまの家で営まれた葬儀の席に、旅支度で現れた【天気司】は、一番最初に棺の中に横たわる主さまとお別れをして。
「しばらく留守にする。店は頼んだ」
と、【呼春】に言い置いて、姿を消した。
主さまの居ない路地は、いつも漂っている薄い霧が見えなくて、風の匂いもなんだか違っていた。
【天気司】の店に留守の貼り紙をした【呼春】は、二軒分の客に応対する。
『当たれば儲けもん』なんて、“ハズレ知らず”と呼ばれていたころには考えた事もなかったが。
【天気司】を訪ねてくる客の求めに応じて、乾いてしまった風の彼方に朧げに感じる半月先の天気を語り。
場合によっては、雨を降らせる札も書く。
そうして、十日が過ぎるころ。
【天気司】は、二歳くらいの女の子を連れて帰ってきた。
路地の面々が集まって、葬儀以来 初めて、主さまの家に灯りがともる。
「その子が……?」
【呼春】の隣に住む、惚れ薬売りの小母さんが骨っぽい指で、【天気司】の膝に抱かれた女の子を指す。
「わかるだろ? 主さまの生まれ変わりだ」
彼の言葉を裏付けるように、二人が路地に帰ってきた数刻後には、路地に再び霧が漂い始めていた。
それだけではなく。
路地に住む者なら、知っている。女の子が持つ桁違いの魔力は、懐かしい主さまの色をしていた。
昔、魔法帝国を滅ぼした王家は、
数十年に一度、一人の子に強大な魔力が宿るらしい。
昨日まで、王子・王女として傅かれていた子が、ある日突然、呪い子と呼ばれ、お城から追い出される。
【天気司】が連れてきた女の子は、数日前に死亡が伝えられた第三王女。
お城から亡き者とされた彼女は、路地で最も若い【呼春】を養い親として、うらない路地で育つ。
【呼春】の師匠である【天気司】と、路地で一番の古株の女性が、彼女たちの後見として成長を見守りつつ、役人への対応を行う。
初代からずっと。【主さま】は、こうして代々生まれ変わってきた。
うらない路地は、魔法使いを保護するだけでなく、【主さま】を守り、育てるために存在するともいえる。
そして、もう一つ。
うらない路地には、秘められた役割があるという。
かつての魔法帝国。街はずれ。
ひとつの伝説が、ひっそりと息づいている。
『私利私欲といった”裏”心の無い人物が、国を憂いて訪ねた時。かの者は、真の”うらない路地”に足を踏み入れる。うらない路地の主は、”表”に出せない方法で、国を救ってくれるだろう』
END.
村一番の天気師 園田樹乃 @OrionCage
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