第5話 野良の魔力もち
主さまから遡ること、十代ほどの昔。
魔法帝国と呼ばれていた この国は、攻め込んできた隣国に支配されるようになった。
その折に、追放されたはずの魔法使いたちがこっそりと住み着いた一角を“うらない路地”と呼ぶ。
征服によって、人前で魔法を使うと罰せられる国になってしまったので、彼らは密かに未来を占ったり、望みを叶える護符を与えたりすることで、糊口を凌いでいる。
「じゃあ、ここに住む人は、全員が魔法使いなんですか?」
主さまから路地の由来を聞いた娘が、目を丸くする。
「多かれ少なかれ、魔力は持っているね。かつて、この国を守護していた伝説の大魔法使いとは比べものにならないだろうけど」
「触法スレスレ……どころじゃない……」
小さく呟く娘に、主さまは
「ここの住人は、自分の魔力を自覚しているし、制御することも身につけているからね。まだ、スレスレだよ」
と言って、隣の青年に話を譲った。
「あんたみたいに田舎育ちで、周りも気づいてないような野良の魔力持ちが、うっかりやらかすのが一番危ないんだ」
「田舎育ちで、悪かったわね」
むくれる娘に青年が説明したところによると。
腹一杯ご飯を食べたい。商売で損をしたくない。
そんなささやかな願いに、自覚のない魔力持ちは、無意識で魔力を使うことがある。
“ちょっと運がいい人”レベルなら可愛いものだが、ひどい悪天候に見舞われているのに、なぜか豊作だったり、特定の商人のライバルが次々に没落したり……といった目立つことをしてしまうと、魔法を使った疑いで役人に捕まってしまうらしい。
そうなる前に保護するのも、
「つまり。あんたのことだよ。魔力ダダ漏れで天気を観てるもんだから、“ハズレ知らず”なんて名前を付けられるんだ」
と、青年に指を突きつけられた娘が、
「そんな……。私に魔力なんて……」
否定の言葉をもとめて、主さまの方を見たけれど。
「ああ、お嬢さんは魔力持ちだよ。それは、この路地に住んでる誰に聞いても、否定しないだろうね」
「自覚がないってのは、そういうことだ」
二人ともが、悩む素振りも見せずに肯定する。
「そろそろ、お嬢さんも危なくってね。お城に対する目眩しを兼ねて、彼に邪魔をさせていたんだよ」
改めて主さまが、事のしだいを話すと、
「こっちも、なかなか危ない橋を渡ったんだからな」
青年は、右手で自分の肩を揉んでみせた。
お城のお抱え天気師にバレない程度に雨を降らせるのは、かなり高難度の技だったと言いたいらしい。
「あと一カ月試してみて、あんたがここへ辿り着けなかったら、俺はもう関わらないつもりだったんだけど。名指しで、俺の所に来たし」
「名指し、って……名前なんて知らないけど?」
「『うらない路地の【
そう名乗った青年は、娘よりも未来の天気を観て、雨を呼ぶこともできるという。
「【天気司】も関わる覚悟を決めたようだし、何よりもお嬢さん。彼の技を自分のものにしたくて来ただろう?」
「はい」
いろんな事を聞いたせいか、ここへ来た目的がすっかり頭から飛んでしまっていた。
「じゃあ、技を習うついでに、魔力のことや制御の方法なんかも、彼から教えてもらうといい」
主さまの言葉に頷いた娘は、休みのたびに路地へと通う生活を始めた。
【天気司】の彼は、もともと、都に数カ所ある天気師の塾で学んでいたらしい。
様々な流派があるらしいが、基本的には雲の形や色と過去の天気の記録を学んで天気を観る訓練をする場所らしい。
「まじめに雲を観ても、お抱え天気師になるための課程に進むには少しハズレが多いかな…‥って、程度の成績だったな」
それよりも、子どもの頃からしていた雲の素を集めて捏ねる遊びの方が楽しかった……とかで、基礎課程を終えたあたりで、うらない路地にやって来たという。
そんな話を聞きながら、娘は模様を書く練習を重ねる。
種類と意味を学び、ペンとインクの扱いを習う。そのついでに……と、【天気司】は彼女に文字も教えた。
そうして、半年ほどが過ぎて。
娘は、初めてのカードを作る。
「あんたは、俺とは逆に晴れを呼ぶ方が得意そうだな」
と彼に言われて、娘は模様の組み合わせを考える。
いくつもの候補を下書きした中で、『これだ』と直感が告げた一つを選び出す。
【天気司】が使っている白紙のカードを机に置いた娘は、
「まず、カードの中心を見定めて。そこに最初の点を打つ」
肩越しに落ちてくる説明を聞きながら、ペン先をおろす。
「雨雲を薄く、薄く。真綿をちぎらないように引き伸ばすイメージで、四つの角を目指して線を伸ばせ」
力を溜めて、引いて。インクだまりに気をつけて……。
故郷の村で触った真綿の感触を思い出しながら、ひたすらペンを動かす。
そうして出来上がった一枚。
日に透かすと、模様の一部に黒い影が落ちた。
「え? 失敗?」
「うーん。あと一息、だな」
薄く黒ずんだ部分を彼が指先でなぞる。
「ここ。この円が完全に閉じてないから、魔力が溢れてる」
「うそ。閉じてるじゃない」
「嘘なもんか。溢れてるからには、閉じてないんだよ」
そう言われても、納得がいかない顔をした娘を
「じゃあ、試しに燃やしてみろ。直近で雨が降りそうな日は、いつだ?」
【天気司】が煽りたてる。
娘がカードの裏に書いた日付は、翌日。
そしてその日は、朝から土砂降りだった。
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