第44話
3.終わりなき冬
二百以上の印が付いたある日、洞窟の中が急に暗くなりました。
昼のはずなのに、いつも火山の炎が明るく照らす洞窟が何故か暗いのです。
「火山の火が消えた。おい、温泉が冷えはじめてるぞ!」
わずかな松明の光の中で、誰かが悲鳴を上げました。
まさか、火山が火を噴くのを止める日が来るとは、誰も思わなかったのです!
ありったけの薪と、五つ窪みが予備に作った栗の葉の詰まった箱も、箱ごと燃やしました。
落ち葉や栗の葉のベッドまで燃やしました。
昔のように大きなカップが小さなカップを中に入れ、みんな寄り集まって冬の終わるのを待っていました。けれども冬は終りませんでした。
ブリザードが吹きあれ、太陽の見えない日々がまだ続いたのです。
一人、また一人とカップが破れて死んでいきます。
「さようなら」「さようなら」春になったら聞こえたはずの、挨拶の声が北山の洞窟に木霊して、やがて静かになりました。
「おかしい、いつもならとっくに雪が融けている時期なのに。満月八回も冬が続くなんて」
壁に付けた印を数える鋼の声は、寒さで震えています。
燃やすものは、とっくにありません。
もう残っているのは、鋼と白様と五つ窪みと雪ちゃんだけでした。
「五つ窪み、白様を君の中に入れてくれ。僕はもう持たない……」
鋼の吐く息の白さは弱く、声は震えています。
「鋼……もういいのよ」
そう言うと、白様も鋼の中で、パリンと破れて塵になり、金色の心が天井にある火山の穴を通って、天に昇っていきました。
「白様……」
鋼は呻いて蹲りました。でも、もう泣く力は残っていなかったのです。
その時、夜が明け、いちばん上の五番目の窓穴に掛けた戸板の隙間の布が、かすかに明るくなりました。
「鋼さん、吹雪が止んだ!」
五つ窪みがそれを見て叫びました。
「五つ窪み、雪ちゃんを守るんだ。あの子は最後の踊り子だ、あの子が死んだらこの世界が終わる。南の城に逃げろ。薪は余分にはあったはず、みんな生きているかもしれない。
君は決して冷えないカップだ、必ずいける。頼む……この世界を守ってくれ。僕はもう十六夜のところに行く……」
そう言い終わると鋼は崩れて塵になり、金色の魂が白様の後を追って天に飛んでいったのです。
4. 南の城へ
涙を堪えて、ありったけの布にゆきちゃんを包んで、いちばん高い窓穴から、窓板に乗って五つ窪みは外に出ました。
なんという事か……世界は降り積もった雪で、真っ白な平らな世界になっていました。
雪が、山すらも無くすほど降り積もり、世界を覆い尽くしていたのです。
どんよりした雲が空を覆い、太陽も隠れています。何も目印が無いのです。
その時、いつか見た南北に走る世界のおれ目が、雪の上にわずかな段差を作っ
ていることに五つ窪みは気づきました。
「こっちが南だ」
五つ窪みは、線に沿って進み出しました。
寒さで体が硬くなり、早くは進めません。窓穴を覆っていた窓板に乗って、窓の板を上げるつっかえ棒を雪に刺して、引きずるように進みます。
南北の筋は湖を横断しています。湖は氷の上に積もった雪でもう何処にあるのか分かりません。氷が薄ければ割れて水の中に落ちるかもしれません。
いくら五つ窪みが、決して冷えないカップでも、雪ちゃんは違うのです。
それでも氷が二人を支えてくれる事を信じて、五つ窪みは進みます。
どれほど進んだでしょう……日が沈む頃、ついに南の城に着きました。
お城は門と煙突を残して、全て雪の中に埋まっていました。
お城の煙突に煙が上がっていません。全てが凍り付いていました。
門のそばで蹲っているものがいます。萩さんでした。
「薪が尽きた……もう生きているのは、決して死なないワシ一人じゃ」
『やがて、すべての踊り子たちの死ぬ日が来るだろう』その日がついに来たのでした。
「なぜなんじゃ! あの人の願いが叶うのを見届けるのが、ワシの仕事のはずじゃった。冬と夜との無い世界をワシは見られるはずじゃった。
なのにこんな……こんな世界を見るために、ワシは今まで生きていたんかい。
まだ生きていかねばならんのかい。こんな誰もいない世界で!」
萩さんは泣き崩れました。
「萩さん泣かないで。踊り子たちは、どうしても一度死ななければいけなかったの。あの人から逃げた人たちの罰を代わりに受けたの。そして私が最後の踊り子、いよいよお別れよ」
五つ窪みの中から、雪ちゃんの小さな声がしました。
「雪ちゃん、諦めちゃダメだ!」
五つ窪みが叫びます。
「いいえ、思い出したの。これが生き直しの私のお役目、十六夜がやろうとしてできなかった事を私がするの。
五つ窪みは、私が死んだら泣いてくれるわよね。そうしたら私はあなたの涙に心を溶かす。あの人の名前はそこにある。そして願って、あの歌のように『私はあなたの器です、私にあなたの心を注いでください』……さよなら」
五つ窪みの中でパリンと小さな音がして、雪ちゃんが砕けました。五つ窪みはペタンと雪の中に座り込んで動けなくなりました。
産まれたてのあの頃の様に、涙がとめどもなく湧き出します。
その中に雪ちゃんがいました。
「あの人の名前はね……命の陶器師様」
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