第43話 十章 終わりなき冬〜そして世界の終わり
「昔の話です。何にも知らない産まれたての頃の。だって、オオジロは硯しか見てない。死んだ人と争ったって勝ち目は無いのは分かってたんですよ」
「だから、あなたの気持ちを他の人に向けたくて、十六夜のことをあなたが好きになってくれればと思ってあんな無理を頼んだの。思った通りに、十六夜はあなたが大好きになった。 でも、あなたの気持ちは変わらなかった。それで十六夜はあんなことに。心を弄ぶような事をして、私……ずっと後悔していたのよ」
「白様。十六夜が死ぬまで、僕も自分が誰を本当に好きなのかわからなかったんです。そして今、僕の心にいるのは十六夜だけです。
だから十六夜の願いを叶えてやらなかったのを今は後悔しています。
自分の心の辛さに負けて、十六夜が命をかけて僕に届けようとしていた、あの人の名前を知るチャンスを失ってしまったんですから」
いつもより鋼の影が濃い。鋼はとても疲れているように見えました。
それなのにこう言ったのです。
「さあ、もう十分日向ぼっこしたし、他の人に席を譲りましょう。これからはシロ様は僕の中に入って春を待ってください。その方が暖かい」
「そうさせてもらうわ。私も歳をとったのよ」
白様は、鋼の中に入ると、他の人に日向ぼっこの席を譲って降りて行きました。後に続く五つ窪みの心には、先をいく大きな鋼の体がなぜか小さく感じられました。
五つ窪みの足取りは重くなり、階段の途中で立ち止まりました。
「なんで鋼さんばっかり辛い目に遭うんだよ。辛いのに黙って我慢して、いつも他人のことばかり気にして……なのに報われなくて。
どうしてあの人は僕達をこんな目に合わせるの?あの人の望む正しい世界じゃないから? じゃあ正しい世界って、いったいどんななんだ!」
我慢しきれず、涙が一雫五つ窪みの中に流れました。それを雪ちゃんが掬い取ります。
「ねえ、五つ窪み。私が死ぬ時は、五つ窪みの中で死なせてね」
「やめて! そんなこと言っちゃだめだ」
「いいえ、十六夜さんがやれなかったことを私がするの。私、必ずあなたにあの人の名前を届けるから。そしてこの世界を、あの人の望む“正しい世界”にして。みんなを苦しめる冬を消してね、約束よ」
十章 終わりなき冬~そして世界の終わり
「白様、寝てばかりだね」
寒さが続き、白様は弱っていました。ときどき寝言で黒様の名前呼んでいます。
今年の冬を越す自信がない――そう言っていた言葉が現実になろうとしていました。
満月が四回過ぎ、鋼が百二十個の印をつけた頃でした。
寒さが特にきつかった夜明け、パシーン、パシーンと森から音がしました。木の裂ける音でした。お日様が四番目の窓の板の隙間から射していました。
「鋼さん、晴れたよ」
五つ窪みが叫びます。久しぶりの太陽です。
「あれれ? 太陽が三つもある。寒すぎて割れちゃった、太陽も死んじゃうの?」
五つ窪みの中で、布の隙間から外を覗いた雪ちゃんが驚いて叫びました。
「いや! あれは幻日だ。小さな氷の粒が、薄い雲に広がって屈折してできる。寒さが底をついたとき出やすいんだ。日も長くなってきた、もうこれ以上は寒くならない。後、二月ほどで雪が融けて暖かくなる。春が来るんだ!」
鋼が勝ち誇ったように叫びました。
「ほんとなの鋼さん、挨拶の声が融けるの聞ける?」
「あー……ま、まあね。でも、もう直、雪は融けだすはずだよ」
そう言って、鋼は鉄のペンで壁に百二十一本目の印を付けました。
けれども、それは間違いでした。その夜からまた降り出した大雪は、決して止むことなく降り続いたのです。
◇
一番上の五番目の窓板と当てた布の隙間から微かに漏れる明るさだけが、昼と夜の違いを知らせ、鋼の付ける鉄のペンの削る壁の印だけが、時の経ったのを教えてくれます。
あれから鋼のつける印は百八十を超えました。でも、まだ春は来ません。交わされる言葉もなく、みんな身を寄せ合って春を待っていました。
しんとした夜でした。最後の一本の蝋燭が燃えていました。五つ窪みが作った、お祭りの蝋燭の燃え残りを、いくつも繋いで作ったツギハギだらけの一本でした。
そんなたった一本の小さな明かりがみんなの心を少しだけ暖めてくれていました。
「いつになったら、冬は終わるの?もう百八十日、満月六回分春を待ったのに。なぜ冬なんてあるんだろう。鋼さん、あの人は一体どうして僕たちをこんな目に合わせるの?」
寝ているみんなを起こさぬように、小さな声で五つ窪みは鋼に聞きました。
五つ窪みの言葉に鋼が答えます。
「前にクロ様と話し合ったことがある。
僕たちは冬になると動けなくなる。そうすると、悲しくて涙が溢れ出す。涙に心が融けて、考えるのはあの人のことだ。何故、我々はあの人と離れてしまったのか?『もう一度逢いたい』と。それが冬の意味かもしれないと、黒様は言っていた」
「あの人のことを考えさせる為に冬があるっていうの?」
五つ窪みは驚きました。
「冬は考え事にはいい季節だ。全てのエネルギーを、体の動きではなく、心に、考えることに集中できる。心がかぎりなく螺旋を描き旋回する。
その先に至るのは『我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか』
我々は踊りながら言う。「来て下さい」と。あの人は言う「帰っておいで」と。
なぜ我々は離れ離れになったのか。なぜ一緒であるべきものが、離れ離れなのか?解けない謎なんだ。
だから、白様とオオジロは謎を解く為に、あの踊りを守ろうとしていたんだよ」
「冬が消えるのは、あの人ともう一度会えた時なのね。だからその時全ての踊り子はいらなくなって、死ぬ。その日はいつかしら」雪ちゃんがポツンと言いました。
最後の蝋燭が燃え尽きました。
火山の薄明かりの中、ただ雪の積もるサラサラという音だけが遠くに聞こえるのでした。
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