第42話
「薪持ってきましたー」
その時、薪を運んできた五つ窪みの大きな影が、入り口の光を半分遮りました。
それを見たオオジロが突然叫んだのです。
「思い出した! 生まれる前、あの人は今の五つ窪みみたいに、太陽を後ろにして、影しか見えなかった。でも、確かに五本の指がついた手が私を作っていたの。
太陽が私の体を乾かして、焼き上げてくれた。私の魂は生まれるのが嬉しくて、あの人の周りを飛び回ってた。そうしたらもう一人があの人と相談しながら、私に名前をつけて……」
「ぼ、僕も覚えてる。太陽はあの人の後ろにいて、すごく暖かかった。僕はもう一人のあの人と一緒に太陽の周りを飛んでた。名前ももらったんだ」
五つ窪みも思わず後に続いて叫んでいました。
「私も覚えてる。太陽とあの人がいて、もう一人が私に名前をつけた。そうして『決して冷えないカップの友達が向こうで待ってるよ』って言ったの」
雪ちゃんもそういったのです。
「待って! それが本当なら、僕たちがあの人と呼んでいるのは一人じゃない。3人なのか? 一人は太陽だ。もう一人は5本の指で僕たちを作った人。もう一人は誰なんだ?ぼくたちは、二つ名前を探さなくてはならないのか!」
「ううん、探す名前は一つだよ。僕が『あの人』を思う時、いつも浮かぶのは、5本の指で僕を作った人だ。僕の体の丸い五つの窪みが、そうだって言うんだ。
ああ僕、あの人の名前が知りたい。そうしたら、洞窟に押し込められて、冬に怯えて暮らさなくていい世界が手に入るのに。雪ちゃんだって、自由に外に出られるのに。悔しいよ」
五つ窪みは必死に泣くのを我慢していました。
涙で雪ちゃんを濡らしたくなかったからです。
日の陰る前に、春の再会を約束してみんなで南の城を離れました。
雪ちゃんは疲れたのか、ずっと静かでした。
7.春を待つ
「吹雪ばっかり、外に出たいー」鋼のつけた印は九十個になっていました。
南の城で遊んでから、ずっと雪が降り続け、外に出て遊べてないので、雪ちゃんがぐずっているのです。
「我慢して。春になればお外に出られるから」
「だって春って、満月六回分もあるんでしょう?まだ半分だよ。そんなに待てない。わたし本物の
五つ窪みの言葉に、雪ちゃんは暖かい五つ窪みの中で暴れます。興奮すると、もう止まらないのです。
「でも、太陽柱が見えるのは、雪が世界を埋め尽くした冬の満月の四回目の終わり頃、冬の寒さが最も厳しい時期なんだ。まだ先の事だし、医者としてそんな寒さの中に雪ちゃんが出て行くことは許可できないな」
太陽柱は、鋼が最後の満月祭に踊った踊りなのです。
凍った湖を滑る鋼を見てから、すっかり鋼の踊りのファンになった雪ちゃんは、そう言われて、泣き出してしまいました。
「雪ちゃんは秋に生まれたから、春の花を知らないでしょ。僕、夏季の初めの月に産まれたから、たくさん見たよ。福寿草、水仙、やちぶき、カタクリ、菫、ブルーベル、蒲公英、桜。春は花の種類が凄く多いんだよ。また花摘み二人でしようよ」
五つ窪みも必死で慰めます。
「そうとも。春は面白いんだぞ。冬の間に『おはよう』ってした挨拶が寒さで、そのまま凍るんだ。そうして春になって雪が融けだすと、そこら中から、『おはよう』『さようなら』って、凍ってた音で大合唱になる……あれを聞くのが、春の醍醐味なんだ」
「ええっ、音も凍るの?知らなかった」
鋼の言葉に五つ窪みはびっくり仰天。
「凄―い、それ聴きたい。春が楽しみだなあ」
ころりと機嫌が良くなりました。
「ちょっと鋼、子供にそんな冗談言って。春になったらガッカリするでしょう?」
白様が小さな声でそう言いました。
「分かってます。僕も産まれたての頃、黒様に騙されてガッカリしましたから。この世界の伝統ある“初めて冬を越す産まれたて向け専用ジョーク“大人への通過儀式ですものね。
でも雪ちゃんは多分、春を見ることはないと思います。嘘もバレなければ楽しい夢、生きるハリになると思いますから」
「そうね……春は遠いわ」
白様はため息の様にそう言いました。
何も知らない五つ窪みと雪ちゃんは、春の雪解けの合唱とはどんなだろうと、夢中になって話し合っていました。
8.シロ様の後悔
「え、なにこれ?!」
降り続いた雪が久しぶりに止んだ朝、五つ窪みがガタガタと三番目の窓板を外すと、目の前に現れたのは、まるで洞窟のような雪の空洞でした。雪の壁を通してほんのり光が見えます。
「天然の雪の洞窟さ。積もった雪を、窓から漏れる温泉の熱が内側から溶かして、洞窟みたいになったんだよ」
そう言って鋼が、薄い雪のところを窓板を支える棒で突くと、雪が崩れ、丸い小さな青空が現れました。さらに穴を広げると、一面雪に覆われた銀世界が広がります。
「やっぱりお日様っていいなあ。生き返ったみたい」
久しぶりの晴れでした。今日は白様も楽なようで、みんなで窓辺で日向ぼっこをしています。
その時突然シロ様が喋り出しました。
「鋼……私謝らないと。十六夜のことをあなたに頼んだのはわたしの間違いだった。
あなたがオオジロのこと好きで、だから硯のようになりたくて、頑張っているのに私は気づいてたのよ」
鋼さんがオオジロ様のことを好きだった?
初めて聞く話でした。二人は本当に仲が良かったという萩さんの話が思い出されます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます