第39話 九章 冬の始まり

 第九章 冬の始まり


 1. 初雪


「すいません萩さん、火の見張り番の係、またお願いいたします」

 オオジロが取っ手を下げて、萩さんに挨拶しています。

 南の城のペチカの火入れを、今年も萩さんとやることになったからです。


「三年連続とはなぁ。オオジロも、毎度こんなムサイのが相手じゃたまらんじゃろ」

「いえいえ。決して死なない萩さんなら、私に何かあっても安心ですから」

 雪ちゃんが北山で冬を過ごすことになり、鋼も付いていることに決まったので、ペチカに薪を入れる火の見張り番を、鋼の代わりに今年も萩さんがすることになったのです。

 硯の事件以来、もしもの時のためにお城の火入れは必ず二人でやるからです。


「萩さん、ありがとうございます」

 五つ窪みも取っ手を下げます。鋼が北山に行くせいで、迷惑をかけたからです。


「いやいや、若い2人の役に立てて嬉しいわい。この先世界がどうなるのか、予測もつかないようになってきた。もうあんまり時間はないのかもしれんが、最後まで仲良くな」

 萩さんは励ますように言いました。


「はい、ありがとうございます」

 いつもの駆けっこに使う、オオジロの古いベールに包んだ雪ちゃんを中に入れて、五つ窪みはみんなと北山に向かいます。


 今日で夏季が終わり、明日から冬季の一の月。満月六回分の冬の始まりです。

 太陽の力は弱り日はますます短く、来月の冬至の日には夏の半分になるのです。



 楽しいお祭りの後なのにみんな静かでした。

 生き直しは、長くは生きられないとわかっています。萩さんの言う通り、もうあまり時間はないのでしょう。

 この先、二人の迎える未来が見えているだけに、みんな何も言えなかったのです。


「そろそろ“北並い《きたならい》”が吹きますね」鋼が歩きながら言いました。

 冬に吹く北よりの季節風をそう呼ぶのです。

 北の山にそって(並んで)吹いて、テーブルの世界に冬を運んできます。

『冬はますます長くなり、器は益々薄くなる』

 みんなの心にあの歌が、重くのしかかっていました。


 その時、空に白いものが舞い出しました。今年初めての雪でした。

「わあ、綺麗。これ、雪?」

「本当だ、雪ちゃんの体の模様とおんなじ。綺麗だねえ」

 初めての雪に、驚き喜ぶ五つ窪みと雪ちゃん。

 産まれたての二人は、まだ冬の恐ろしさを知らないのです。


「今年の冬は早いようね」

 シロ様がぽつんとそう言いました。



 北山の塞がれていた温泉の洞窟の扉が外されて、南の城のペチカ部屋に入る踊り子たち以外、全員整列して入っていきます。そこはとても大きな洞窟でした。

「さあこっちだよ。五つ窪み、薄暗いから足元をよく見て。雪ちゃんは初めてだね、ここが温泉池。冬はみんなで集まってここで冬越しするのさ」


 少し上の方で明るい火が燃えて、白い煙が天井の穴から外へと流れています。

 洞窟の壁に沿って緩やかな登りのスロープがあり、五つの明かり取りの窓が上に向かって空いています。火山の火と合わさって、洞窟の中は割と明るいのです。


 窓の上にもらってきたお祭りのモミの木のリースを四つ、下から順番に飾ります。

 窓を雪が塞いだ時、一つずつ燃やして、全部燃やし終わると春が来る。縁起物のリースなのでした。五番目の窓が塞がった時はまだなくて、暖かい日に、みんなここで日向ぼっこをするのだそうです。


「上の方の火は火山だ。黒様が願って、山が火を吹いて以来、ずっと燃え続けている。あれが地下水を温めて温泉を沸かすから、ここはとても暖かいんだよ」

 去年までは、北山は黒様と白様が、南の城はオオジロが管理の責任者だった。黒様が亡くなったから、今年は北山を僕がやる事になった。一冬頑張ろうね」


 半月型の温泉に沿って盛り上がった半月型の平らな舞台がありました。

 その周りにやわらかい枯葉が山盛りに一面敷き詰められています。ここでみんなで並んで枯葉にくるまって暖かく冬を越すのです。

「ここの踊り場が半月型なのは、太陽の衰えの象徴なんだ。南の城は真夏の完全円。ここは冬の光の衰えた半分の月。いつか春になって、太陽も力が戻って満月のように明るくなる。それまでここで待とうという形なんだ。

 ここでオオジロは初めて“もう一度逢いたい”を、踊ったんだよ。十六夜も、はじめの冬に白様に習って、よくここで練習していたな。トリはいつも白様と黒様のツインダンスだった」


「昔話よ、みんな死んだわ」

 白様が小さな声で言いました。


「白様、今は生きているもの達の事を考えなくては。一緒に今年の冬を乗り切りましょう」

 そういうと、鋼は今日の分の印を一つ、鉄のペンで壁に刻んだのです。





 2. 冬の朝


 次の日の朝早く、外から帰った鋼が五つ窪みを呼びました。体に、温泉の湯を入れて、頭から湯気を立てています。そうして寒さを凌ぐのです。


「湖に冬を見に行こう。冬は怖いけれど、とても綺麗なんだ。冬本番になる前ならあまり寒くないから大丈夫」


 五つ窪みは雪ちゃんを布でしっかり包んで鋼の後に続きます。


「わあ、雪ちゃん下を見て、綺麗だよ」

 足元の草達に、たくさんの氷が結晶になっています。 


「本当だあ、凄―い。氷の花が咲いてるよ」

 ゆきちゃんが、ベールの隙間から顔を出して驚いています。


「霜の花だ、寒い朝にはこうなる。すぐに太陽に溶けてしまうから朝早くじゃないと見れない。でも、肝心なのは湖の方だ。こっちも早くしないと見逃すぞ、急げ」


 鋼について、五つ窪みは走ります。足元でパキパキと壊れる霜の花達が、綺麗な音を奏でます。

「優しい音、音楽みたい。冬ってなんて素敵なの」

 雪ちゃんは素直に喜んでいました。

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