第38話
3.魂乞いの舞~もう一度逢いたい
「『もう一度逢いたい』と言う踊りはね、本来は墓場の似姿の前で舞う踊りなの。
泣いて踊って、『私はこんなに悲しい。私の心の炎を見つけて戻ってきて』と歌って、踊って逢いたい人の魂を呼ぶ。そうやって帰ってきた人の魂を、似姿の体に戻して、生き返らせる。命を削ると言われる程の激しい舞なのよ。
もちろん成功した人はいない。無駄だとわかっていてもそれでも、私も黒ちゃんを思って墓場で一人で踊った。涙も枯れ果てて、疲れて動けなくなるまで。そうやって、もうあの人は帰らないのだと心と体に教え込むの。お別れの儀式の舞なのよ。
でもオオジロが初めてあれを踊った時、途中から、硯の影がそばに居るのを感じたんですって。だから、後半は一人ではなく、二つの魂が一緒に踊っていた。踊れない硯が、一緒に踊ってくれた。――その時硯はもう死んでいたから、本当に影が来ていたのね。だからあれほどの歓喜の踊りになって、オオジロは硯の愛を確信できたの。70年も生き直しを待ち続けられるほどの深さでね」
やがて中央から雪ちゃんが、スポットライトを浴びて奈落から競り上がってきた。
取っ手には黒いレースのベールが縛られている。体の中にはもう一枚、白いレースが入っており、生まれたて特有の金色の心が、レースに透けて輝いていた。
踊り場中がシーンとなった。
その場にいた誰もが、こんな綺麗な心をみたことがないと思ったのだ。
漆椀は静かに「戻れ魂、我が元に」の謡を始めた。
その謡に合わせて、雪ちゃんの舞、「もう一度逢いたい」が始まる。
黒いベールを被ったゆきちゃんが舞い始める、黒漆が謡う。
「憂きも一時、嬉しきも。思い醒ませば夢候。貴方がいない、見えない、触れない、ああ私は死んだも同じ……」
天に大声(三勺ぐい呑みの合唱による声のうなり、大泣き)、地に地団駄踏み、魂を呼ぶ。
招魂――ミタマフリの廻り。繰り返す四拍子のリズムが低く悲しく響きます。
「我が魂は、乞い招く――乞い願う、乞い!来い!恋! 回れ廻れ巡れ、我が体、我が魂」
ギロを擦る不安の音。
「地に縛られて届かない。見えない、触れない……耐えて、忍んで、咽び泣く」
タタンと高く、くり抜かれた木の空間が振動する。
ハッ、タン。ハッ、タン。ハッ、タン。ハッ、タン。
だんだん早くなる二拍子のリズム、場が狂いだす。舞台中を旋回しながら、踊る黒いレースの渦巻き。
「貴方はどこ!」
突然の一条の光。場面は停止する。
「嗚呼そこなのね、あなたはいるのね」
雪ちゃんの中に金色の涙が溢れ出す。
雪ちゃんの黒いベールは投げ捨てられ、体の中にしまっていた白いベールが引き出され、金色の涙が飛び散る。
金色の涙は、無数の水滴になって宙に舞い、そっくりなもう一人の姿を作る。
「踊れなかったあなたが、影になって来てくれた。魂ならば、共に踊ろう。我らは一つ」
二人は重なるように動きだす。
それは、白様・黒様のツインダンス。二人だけの三拍子の踊り。軽やかに踊る二つの影。
動きは横から縦に、二つの影は変幻自在に宙に舞う。
金色の涙の作る影が、鏡写しに同じ姿で右、左。上、下。渦を起こしながら廻るぞ廻る。
「跳ねば跳ねよ、踊らば踊れ。ともに跳ねよ。かくも躍れ、我が魂。
我を求むる者は飛び跳ねよ!」
魂が燃え盛り、声は張り、全身がリズムに乗り動きに弾み、跳ねる、飛ぶ。
金の涙の影を従えて。廻る、廻る、廻る!
「一期は夢よ、ただ狂え――」
やがてゆっくりと回りながら二人が一つに集約され――
ダン! 最後の天への垂直な跳躍と足踏みで、踊りは終わった。
「魂乞う踊りをひと踊り、踊りはこれまで。おいとま申します」
雪ちゃんは静かに体を傾げてあいさつしました。
一瞬の静寂、そして大歓声。
「お客様、拍子木を投げないでくださいー」
門番さんの叫びも虚しく、興奮した観客の投げる拍子木が、会場に投げ込まれ、跳ねながら山になって行きます。
やっと静まったのは、オオジロの打ち鳴らす笏と「静まりなさい」の声の後でした。
「雪ちゃん、あなたが間違いなく、国一番の踊り子です。願い事は何? 私にできることならなんでも叶えます」
「今年の冬を五つ窪みと一緒に北山で過ごすことを許してください。私の命が尽きる時まで。私は五つ窪みのパートナーになりたいのです」
「死ぬかもしれなくても?」
「五つ窪みが私を守ってくれます。たとえ死んでも、五つ窪みのそばで死にます」
「他に望みはないのね、止めたらあなたは十六夜と同じことをする気ね。あなたの体であれをやれば、あなたは粉々に割れるでしょう。どっちを選んでも死ぬ道しかないなら、あなたの好きになさい。北山で冬を過ごすことを許可します。そしてもし、冬を越せたなら二人はパートナーになりなさい。五つ窪み、雪ちゃんを頼みましたよ」
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