第34話 八章 夏の終わりの満月祭

1. お祭りまでお別れ


 夏の最後の満月祭りの準備が始まりました。


「ほらほら、ハルニレの木の皮の白いところを剥いて。それから煮て、水に晒して、細かく裂くの。雪ちゃんの踊り子ベールを作るんだから頑張りなさい」


「はい!」

 五つ窪みは白様に教わりながら、一生懸命作業を続けます。


 踊り子さん達に、恋は御法度。だから心の内を見られぬように、ベールをかぶる習慣が生まれたのです。まして、雪ちゃんは硝子でできたカップ、心の色が丸見えなのですから。


 火山の熱の湯で、木の皮を柔らかくします。湖で晒した後、裂いて糸にします。

 細かく裂く程、柔らかくて薄い布になるのです。

 オオジロが機織りをして、仕上げに白様がきれいな刺繍をしてくれます。とても手の込んだ贅沢なものでした。


「それができるまで、これを使うと良い」

 鋼が十六夜のベールを持ってきました。

「良いんですか? それ十六夜さんの形見でしょう」

「僕にはもう、必要ないものだよ」

 そう言って、鋼は行ってしまいました。


「鋼さん、十六夜さんのことで泣いたりしないんですね。悲しくないんでしょうか」


「まさか。鋼があの晩、お墓でどれだけ泣いたか、あなたに見せてやりたいわ。もしあの時、十六夜がいたら、間違いなくあの人の名前が分かったでしょうね。でも、そういうところを、絶対人に見せないのが鋼なの。意地っ張りなのよ」

 なんだか籠目に似ています。


 十六夜の塵を鋼は、昔作ったあの産まれたての似姿の中に入れました。

 もう、生き直しなどしないように祈って。

 それから一度も、十六夜さんの名前が鋼の口から出た事はありません。



「貰っていいの? 嬉しいな、これで『もう一度逢いたい』が踊れたらいいな」

 雪ちゃんは素直に喜んでいます

 でも、昨日オオジロの前で『もう一度逢いたい』を踊って見せた時、言われたのです。


「形は完璧です。でもね、籠目にも言ったけど、これは気持ちで踊る踊りなの。逢えない切なさ、苦しさが分からないと紫の心は踊れない。だから……」


「あのね、『もう一度逢いたい』を踊りたいなら、お祭りの夜まで五つ窪みと会っちゃ駄目だって。そうしないとあの踊りの心がわからないからって」 


 五つ窪みも白様に言われたのです。

「冬になったら、どうしてもお城のペチカに頼らなきゃならない。北山じゃ、あの子は冬になればすぐ死んでしまう。今から会えない寂しさに慣らしておくの。冬が明ければ、二人とも成人して、正式にパートナーになれるんだから。

 だいたい会って一日でパートナーを決めるなんて、いくらなんでも早過ぎます」


 大人の言うことはもっともでした。たった七日間なのです。でも、その七日が辛いのです。一冬となれば想像もつきません。


「十六夜さん、雪ちゃんに『もう一度逢いたい』踊って欲しいだろうね。だから、会うの我慢する?」

「うん」雪ちゃんのカップの内側に涙が溜まっていきました。


「僕、毎日お月様見るから、雪ちゃんも見て。そして僕のこと思い出してね」

 五つ窪みはそう言って、雪ちゃんをお城に残して北山に帰ってきたのです。



 2. 再び鋼の実験


 ションボリと湖の東のほとりに座って、萩の花を揺らしていると、鋼がやってきました。

「おい五つ窪み、湖に入れ。体に水を入れるなよ、浸かるだけだ」

 なぜか怒っています。


「体に水を入れないと、苗に水やりできませんよ?」

「いいから言うとおりにしろ!」

 五つ窪みは、言われたように水の中に入りました。


 それから半日、五つ窪みはそのまま水の中に浸かっているように言われたのです。


「あの……鋼さん、まだやるんですか?」

 五つ窪みは、訳がわからず困っています。


「もういいか、上がって来い」

 上がってきた五つ窪みに、鋼は自分の尖った取っ手を差し込みます。


 鋼の取っ手は、普通のカップのように輪になっていなくて、鉤形に曲がった後、真っ直ぐ下に向かって伸びている、変わった形をしていました。五つ窪みの縁を挟み込むようにして、鋼は、しばらくそうしていました。


「このくらいか……北山に帰るぞ」

 そう言ってスタスタ歩きます。訳も分からず五つ窪みも後に続きます。


「こっちだ、温泉のほうに来るんだ」

 火山である北山には、奥のほうに温泉が湧いており、夏の間は板で閉じられています。

 五つ窪みが初めて見る温泉でした。湯気の中、硫黄の匂いが立ち込めています。そばには、昔、オオジロが『もう一度逢いたい』を踊った踊り場もありました。


「温泉に入って、いいと言うまで、ジッとしてろ」

 そう言って、鋼は外に出て行ってしまいました。

 五つ窪みは、訳が分かりませんでしたが、言われた様にしました。


 いい加減、熱さで参ってきた頃「よし、もう上がれ」と言われ、やっと許してもらいました。鋼は、また取っ手を差し込んで「同じくらいだな、思った通りだ。実験終り」と言ったのです。

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