第35話
「あの……何を調べてたんです?」
「お前が外部温度の変化に対して、どのくらい一定の温度を保てるかだ。驚いた事にお前の内側は、外がどう変化しても、常に一定の温度を保てるようにできている。つまり保温状態は完璧。雪ちゃんを中に入れて、一冬過ごすには理想的だって事さ。北山でも何とかなる。
熱しやすく冷めやすい僕だって、冬二つ十六夜を守り抜けたんだから。頑張れよ」
鋼は、雪ちゃんと五つ窪みが別れて、冬を過ごさなくて良い様に、裏付けをしてくれたのでした。
「全く、まだ子供の分際でパートナーだと? こっちは一人ものに戻ったばっかりなのに。じゃあ俺はこれから満月祭りの準備で城に行く。今回は劇の演出も引き受けたから忙しいんだ。」
鋼はそう言って五つ窪みを取っ手で軽く小突くと、スタスタと行ってしまいました。
「ありがとう、鋼さん」
月の綺麗な夜でした。五つ窪みはそれを見ながら安心して眠りについたのです。
3. 夏の終わりの満月祭
いよいよ満月。今年最後のお祭りの夜が来ました。
みんな体の中にたくさん薪を入れて集まってきました。まだ陽のあるうちに、いつもの様に“風の様にお城を一周”。今年最後なので大変な賑わい、たっぷり薪を稼ぎます。
やがて夕暮れ。満月が昇ると、いよいよ満月祭本番。
みんな薪を持って踊り場の東の壁を回り、ペチカの入り口の横の薪置き場に向かいます。
右側に入場料の薪を一束置き、左側に一束置きます。そして真ん中に積み上げた、檜の拍子木を掴むと、踊り場へと向かいます。これを叩いて、お気に入りのカップを応援するのです。
左の薪は、一番人気のカップに賞与として、全て与えられます。それはとても名誉なことでした。その上、オオジロからなんでも願い事を一つ叶えてもらえるのです。
座席に座ると、ショーの始まりを待ちます。
五つ窪みは入れないので、踊り場の外から中を覗きます。隣の一番高い座席に、白様もいます。今回は、白様は体調が悪くて、お祭りには出ないことにしたのです。
鋼や萩さん、雪ちゃんは、出番が多いので家族の見物は二人だけ。後はいつもの北山のメンバーです。
中央には大きな木の桶をうつ伏せにしたような舞台が設置されて、中は空洞になっています。お囃子の音や、役者さんの声が響くようにです。周りに大きな四つの篝火が置かれ、舞台を照らしています。
初めてお祭りを見る五つ窪みに、白様が説明してくれます。
「舞台は丸いでしょう?これは私たちのテーブルの世界を模しているの。太陽も月も丸く天をめぐる。円を描くのは宇宙の法則、私たちが回るのは宇宙の表現。踊り場を宇宙全体と捉えて、そこで宇宙の真理である“あの人”との融合を踊りで表すのが、満月祭の意味なの。
五つ窪みは生まれたての頃、待ちきれなかったり、どうしていいか分からなくなると、ぐるぐる回ってたでしょう? あれは気持ちが一杯一杯になって、外に溢れだしてしまうからそうなるの。私達は心が昂ると回転する、そうせずにはいられない。心が燃え盛り、魂を熱くしたとき、体の反応が回転すること、つまり踊ることなの。踊ると言っても、普通のカップは大地の上を這う回転運動しかできない。でも踊り子は違う。踊り子は天に向かって、跳躍する。それはとても薄くて身が軽いから。満月祭りの踊りに、跳躍が多いのはそのせいよ。
跳躍できない自分たちの代わりに踊り子たちに踊ってもらい、それを観ることで、天に向かって心を解放する。その代価に冬を越すための薪を渡すのが、このお祭りの主旨なの。
でもその薄さ・軽さは、冬を越せない命の短かさの証。産まれたては、
その時門番さんのよく通る声が、祭りの始まりを知らせます。
「まずは踊り子達による舞台のお清め。
踊り場の木戸が開き、四人のカップが入ってきます。
モミの緑枝と松ぼっくりで作ったリースを、冠のように被り、鈴を取っ手に結えたカルテットでした。
「ハッ」一番が飛んで、一歩前へ。トンと落ちると、鈴がシャンと鳴る。
続いて二番カップが「ハッ」と前へとぶ。
ハッ・トン・シャン
ハッ・トン・シャン
ハッ・トン・シャン
ハッ・トン・シャン
四つのカップが上へ、下へ、交互に跳ねながら大きな丸舞台の周りを廻る。その後を車がついた戸板を押す黒子達が続きます。
「北方より言祝ぎまつる」
持っていた檜の拍子木で、舞台の端をカンと打つ。
観客がそれに合わせて、拍子木を叩く。
カーン・ン……と広場に、音が唸って跳ね返る。
ハッ・トン・シャン
「東方より言祝ぎまつる」
カン
カーン・ン……
「南方より……西方より……」
カン カーン・ン……祝言と拍子木の音が響きました。
四方のお清めが済むと、続く戸板が舞台の端に沿って周りながら、舞台を隠して行きます。
全て隠し終わると、板で囲んだ大きな筒のようになりました。
「開演」
門番さんのアナウンスが響き、スルスルと戸板が開き、背後に畳まれていきます。
開くと同時にスポットライトが当たり、“ジャン”と鳴物たちのパーカッションが始まりました。
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