第32話
「そんな、私はあなたの踊りに憧れて、踊り子になるのを望んだのに」
「そうかい。僕は踊り子を諦めて医者になってからは、黒様と白様のようにあの人の名前を見つけて、冬を完全に無くして、誰も死なないようにしたいと願っていた。
なのに、僕の前に現れたのは、パートナーにはなれない踊り子の君だった。
何度離れようとしても、君は追ってくる。北山に帰るために大怪我までして……とうとう、君を生かしておくのが僕の生き甲斐になってしまった。君が僕を破滅させたんだ。
籠目だってそうだ。君がちゃんと世話してやっていたら、あんな死に方しなかった。
なぜ、不幸になると分かってるのに生き直しなんかしたんだ!
心を一つにして願いを言う? 僕と君の願いが一緒だったことなんて一度もないじゃないか。僕の願いは『君に生きてて欲しい』だ! 他には何もない。
そんなに死にたいなら勝手にしろ、僕は君の死ぬところなんて見たくない」
鋼は外に飛び出して行きました。十六夜は一人、取り残されたのです。
10. 南の城へ向かう二人
五つ窪みは、雪ちゃんを乗せて走ります。
「キャーッ、速い、凄い、面白―い」雪ちゃんは大喜び。
湖の東側で、急に五つ窪みは止まりました。萩の花が咲いているところでした。
「どうして止まるの?」
雪ちゃんに聞かれて五つ窪みは困りました。
このまま真っ直ぐお城に行けば、もう雪ちゃんとは会えないかもしれないのです。
煉瓦の門はもとどおりになり、五つ窪みは大きすぎてお城に入れないのです。
お祭りの時も外から覗き見するしかなくて、駆けっこしか参加できなかったのです。
「ちょっと疲れたんだ。この辺はいろんな花が咲いてるよ、花束作ってあげる」
そして、雪ちゃんが花だらけになるまで花を摘みました。
花を摘みながら、ゆっくり、ゆっくり進んだのに、とうとうお城に着いてしまいました。
「門番さん、生まれたての届けにきました。戸籍の登録をお願いします、昨夜生まれたんです」
「こっ、こりゃまた……」
雪ちゃんを見て驚いた門番さんは、急いでオオジロを呼んできました。
「五つ窪み、新しい産まれたてですって?」
オオジロも、雪ちゃんを見て驚いています。
そして、この子は素晴らしい踊り子になると思いました。
11. 踊り場で
「じゃあ、中へいらっしゃい。登録しましょう」
オオジロが連れて行こうとしましたが、雪ちゃんは動きません。
「五つ窪みは行かないの?」
立っているだけの五つ窪みに、雪ちゃんは聞きました。
「門を見て。僕は大きすぎて入れないんだ。前に無理に入ろうとして、転んで大変だったんだよ」
「じゃあ、雪ちゃんも入らない」
五つ窪みは焦りました。予定では、ここでお別れするつもりだったのです。
「だってお城に入らなきゃ踊り子になれないよ?」
「じゃぁならない。名付け親の十六夜さんが、五つ窪みから絶対離れるなって言ったもの」
「名付け親は、十六夜なの?」
オオジロの言葉に五つ窪みは焦ります。
「見つけたのは僕なんです。でも、僕まだ大人じゃないから、あのその……」
いつの間にそういうことになったのか分からず、五つ窪みは、しどろもどろ。
「事情は分かったわ。でもせっかく来たんだから、みんなの踊りを見て行かない? 五つ窪みに乗れば、踊りの広場を覗けるわよ」
「見る!」
雪ちゃんを乗せて、五つ窪みは、お城の東の広場の方へ向かいます。
広場では、カルテットがエアリーダンスを演じています。
「わああっ、凄い綺麗!」
「良かったら一緒に踊りなさいな」
オオジロが広場に入ってきて、言いました。
「良いの? 五つ窪み、そこにいてね!」
雪ちゃんは、摘んだ花を投げ捨てると、広場の階段から中央に降りて、そのままみんなと夢中で踊っています。
気づくと、いつの間にか門番さんが足元に来て、五つ窪みを突いています。
「オオジロ様の伝言だ。もう少ししたらそーっと帰れとさ」
これでお別れなのです。それにしてもなんと見事な踊りでしょう、雪ちゃんは間違いなくこの世界で一番の踊り子になるでしょう。
「さよなら、雪ちゃん」
小さな声でそう言うと、五つ窪みはそーっと広場を離れようとしました。
「五つ窪み帰るのなら、雪ちゃんも帰る」
声と同時に、スポンと雪ちゃんが五つ窪みの中に飛び込みました。なんという身の軽さ!
「面白かった! 明日またね、バイバイ。五つ窪み、走って走ってー」
唖然とするみんなを尻目に、五つ窪みは思わず駆け出してしまいました。
「明日またねって……雪ちゃん、明日もお城に来るの?」
「うん。踊り子さんになるから、毎日通うの。五つ窪み、明日も送ってね」
通いで踊り子? まさかこう来るとは! どうしよう……そう思いながらも、五つ窪みは嬉しくなってきました。
だから思わず、湖一周をサービスしちゃいました。
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