第19話
11. 生き直しの苦しみ
「疲れたんだな。五つ窪み、よく寝てます。生まれて四日にしては忙しすぎましたから。荻さんに遊んでもらってよっぽど楽しかったんですね」
「遊んだわけじゃないぞ、ちゃんとした仕事だ。もっとも、産まれたては何でも遊びにしてしまうがなの。昔話は年寄りには良い気晴らしだった」
「黒い暴れん坊の話をしたそうですね」
「いつかは聞かせんといかん事じゃ。何故みんなが黒色を恐れるかをな。この子が悪い子じゃないのが分かれば収まることじゃろ」
「あの事件の後、黒様はあの人の“私の望む願い”を探すのを諦めて、“名付け親制度”が作られたと聞いてますが」
「黒様は『あなたがあの時蹲っていたせいだ』と怒った白様に松ぼっくりで活を入れられるまで、ずっと“あの人の正しい願い”を考え続けて蹲っていたからの。あの『黒い暴れん坊事件』が起きた時、何もしなかったのを悔やんでのことじゃ。
『もし本当にあの人が謎を解いて欲しいなら、それにふさわしい器を寄越すだろう』と言って、カップとして守るべきルール作りに、全力を注ぐようになった。
それまではルールなんてまるっきり何もなかったからの。
だが……まさかあんな形で“謎を解く器”をあの人が寄越すとは、黒様も思わんかったんじゃろう。それ以来、歌ちゃんへの後悔から、心の謎を解くことであの人の考えに近づこうと研究を続け、はたせずに春先に亡くなった。白様を一人残してな」
「歌ちゃんの“生き直し”の事聞いています。我々にあの人の歌を届けるためだけに産まれてきたと。
高台もなく、上には蓋までされて、小さな穴が一つ空いているだけ。そこから小さな声で歌う以外何もできない。
見えず、聞こえず、歩くこともできず、たった一度、夏の最後の祭りの満月の夜に、みんなに“あの人の願いの歌”を歌うためだけに産まれ、歌い終わると砕けてしまったんですってね」
「だが、歌ちゃんは満足して天に帰った。魂は金色に輝いていた。自分が伝えねばならないことを伝え終えて、幸せに死んでいったんじゃ」
「萩さん、いえ豆蔵さん。あなたは自分からあの人に生き直しを願って、叶えられたと言いましたね。でも生き直しの実態がこんなものなら、何故そうまでしてもう一度産まれたいと願うのです? 決して幸せになれないと分かっているのに。
オオジロはもう七十年も、硯の生き直しを待ち続けています。待つのも不幸、生き直す方も不幸。なのに我々を作ったあの人は、なぜそんなことを許すのですか。
……オオジロがあまりにも可哀想です」
「お前さん、生き直しが自分のためだとでも思っとるんか? 生き直しとは、あの人の道具になって働くと言う事なんじゃ。自分の為には生きられんという事なんじゃ、それでもいいと言う者だけがやる事なんじゃ」
「だから、何故?」
「生き直しは幸せなんか望んどらんからじゃよ。これをやり遂げねば、死んでも死にきれん思いのある者だけが、それでも生き直しを願い出る。
不幸になるのは承知の上での。
お前さん気付いておるだろ?十六夜が、お前が誤って殺した、あの名無しの産まれたての子の生き直しだと」
鋼は答えませんでした。
五つ窪みは幸せに眠っています。
静かな夜でした。お月様は昨日より、もっともっと痩せていました。
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