第18話
*「萩さん」の名前が、全部「荻さん」になっていました。申し訳ありません。
萩焼きの萩さんです。萩焼きには高台に“切り欠き”という切り込みがあり、「これは失敗作です」と言って税金逃れをしたと言う歴史があるのです。
切り欠きがあることで、テーブルに高台がピッタリついてしまって取りにくくなったりしないので、今でも萩焼には切り欠きのある物があります。
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9. 誓い合う者達
ザワザワとみんなが一斉に話だした。
「なんか、うさん臭い話だ。信用できるのか?」
「踊りの何が悪いんだよ? 俺らの唯一の楽しみなのに」
「なんだあ、私の欲しいもののお願いが叶うんじゃないんだ」
ほんの一部の真面目な者たちを除いて、みんな去っていったんじゃ。
「荻さん、みんなは聞いてくれましたか?」
歌ちゃんの問いに、ワシは一つ叩いた。
「誰か名前を探す人はいましたか?」
ワシは返事ができなかった。
「いるとも!」
「私も諦めないわ」
白様と黒様が言った。
「私もです」
オオジロも言った。
ワシは一つ叩いた。叩けたのがひどく嬉しかった。
「ああよかった、お役目を果たせた。萩さん、これでお別れです。私の願いも叶いました、あなたにもう一度会ってお礼を言うこと。助けてくれてありがとう、名前をくれてありがとう、覚えていてくれてありがとう。
あの人の願いが叶って世界が正しい姿になった時、私達もう一度会えます。あなたはその日まで決して死にません。その日までさようなら」
パリンと音を立てて、歌ちゃんは塵になり、金色の魂が天に帰っていった。
あれから七十年近く経ったが、まだあの人の名前はわからない。
黒様は、願いを間違えたことを一生悔やみ続けて先月死んだ。
オオジロは、死んだパートナーの硯が生き直しをするのを、あれからずっと待ち続けている」
萩さんの長い話は終わった
10. 漆の傷・冬の傷
「黒様どうしてあの人の名前を探せなかったの?一度は言えたんでしょう? 白様だっていたのに、二人の心は一つじゃなかったの?」
五つ窪みは不思議でなりません。
「黒様の心に迷いが出たんじゃ。自分が諦めたばかりに、歌ちゃんをあんな姿の生き直しにさせたと悔やんでな。
昔のように、真っ直ぐにあの人の事だけを思えなくなったと言っていた。
それから死ぬまで心の仕組みを追求してな。あの人の考えに近づこうと、時間の全てを研究に捧げる様になった。さすがの白様も今度はお手上げじゃった。二人の心がずれてしまっては名前を探すことはもう無理だった。それでも、白様の好きな人は、死んだ今でも黒様一人なんじゃがの」
「オオジロさんは? 一緒に探してくれる人いなかったの?」
「あれをやれる相手はそう簡単には見つからん。まして、オオジロは好きな人が死んでしまっているからの。どうしても、他のものに心が向かんかったのよ。だからひたすら硯の生き直しを願い続けているが、無理のようだの」
「なんで……なんで、あの人はこんなに難しいことをさせようとするの? どうして、歌ちゃんも萩さんも、傷モノで生まれてきたの? 自分の為のお使いなのに酷い」
「傷モノは酷いか……確かにの。お前、十六夜を助ける時、金継ぎの土台にした“漆”をどうやって作るか知っとるか」
「あの、黒っぽい汁のこと? 知らない」
「見せてやろう、こっちじゃ」
萩さんは、森の奥のほうに五つ窪みを連れて行きました。
「ほら、それが漆じゃ」
そう言って萩さんは、沢山横に傷の線のついた一本の木を五つ窪みに見せました。
「うわ、傷だらけ。痛そう」
「ワシもそう思う。ワシらの都合でこんなにされて、木は喋ったりせんが、痛い、痛い、と言うとる気がする。こうやって夏中集めても、一本の木でワシの体一杯分の樹液しか漆は取れん。だが漆を作らんと、怪我をした者の命も助けられん。命を助けるためには、それ相応の覚悟がいる。傷を負わねば出来ん事のようにワシは思うよ」
「酷いね……でもやらなきゃいけない事なんだ」
その時五つ窪みは、隣の杉の木の表面に、大きな縦の裂け目がついているのに気がつきました。
「この傷は何? 漆は横の線なのに、これ縦だね」
「それは冬がつけた傷じゃよ。凍裂と言ってな、冬の
「これが冬のつけた傷なの?」
その傷口が、十六夜さんの金継ぎの線と重なりました。
“冬が殺す”言葉ではなく、目の前に形で突きつけられた死でした。
東の淵の暗闇と同じくらいの、逃れられない怖い死の姿でした。
「安心おし、その木は死んでない。生きてる。あの人がくれた木は、わしらよりずっと強い。だから、あんなに傷だらけになっても死ぬ事なく、わし達に漆の樹液を分けてくれる。
願いを間違えたにも関わらず、こんな良いものをくれたあの人の願いが悪いことのはずがない。
だから知りたいのだ、正しい願いを。その為には、わしらも傷を負う勇気が必要な気がするのじゃ。だから木の為にもワシらの為にも、木を植えて育てる。
冬越しのベットにするには栗の木の葉が一番いいが、栗は去年の秋にもう植えた。だから今日は葉っぱの広いシイの木を植える。これが種の団栗じゃ」
「わーっ可愛い!」
「こうやって、土を盛り上げて、真ん中を掘って団栗を入れる。ここに水をやれば、周りの土が土手になって水が流れていかんから、水を無駄にしなくてい」
「本当だ、すご~い」
「ほれ、水を汲んどいで。ワシは土を盛るから」
「うん、あのどんぐり植えるの僕にもやらせてね」
五つ窪みは湖に駆けていきました。
西の空が赤くなるまで一生懸命働きました。
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