第17話 

 7. 生き直し


「よほど悲しかったのね。豆蔵さんと同じ色だったわ」


 白様の言葉に、ワシは泣きながら答えた。

「ワシがその豆蔵だよ、白ちゃん」


 歌ちゃんの涙で、ワシは何もかも思い出したんじゃ。あの人との“生き直し”の約束のすべてを。


 ワシは死んで、あの人に会った。あの人は、正しい願いをテーブルの世界に伝えるための器を探していた。その仕事をすれば、一つだけ願い事を叶えてくれると。


 だから、ワシは願い出た『冬をなくしてほしい』と

 でもそれは大きすぎて、できないと言われた。あの人の願いこそが夜と冬をなくす事であり、そのためにカップ達が作られたのだと言うんじゃ。


『その願いが叶うのを見たい』ワシがそう言うと、あの人は『では、お前に見届けの仕事を与えよう。私の願いの叶うまで、お前は決して死ぬことができなくなる』



 ワシは承諾した、そしてこの世界に生まれてきた。

 高台に切り欠きをつけて。生き直しの体には、必ず体にそういう印がある。

 そしてあの人の生き直しは、決して長くこの世にいられない。

 願いや仕事の内容にもよるが、用が済めばすぐにあの人のとこへ帰らねばならない、儚い命なんじゃ。

 悲しみの中、群青色の心で死んだカップは、生き直しをあの人に願い出ることが多い。ワシがそうだったからの。


 それを聞いてみんなの心も青くなった。またあの黒い暴れん坊が生き直ししたらと、恐ろしくなったんだ。それ以来、誰もあの人の名前を探そうとしなくなった。下手に涙の交換をすると大変なことになるのを見てしまったからだ。



 それからワシは、切り欠き・壊れた取っ手の体のまま、あの人との約束を守ってただ生きている。また黒い暴れん坊が生き直ししたという話は聞かん。もう忘れてしまいそうなほどの昔の話だ。


 生き直しをする者は――ワシもそうだが、大体外見が前と違ってる。

 だからみんながお前さんを怖がるのは、お門違いだよ。


 誰もあの人の名前を探さなくなったからか、ずいぶん経ってからあの人は生き直しの器を送ってよこした。それが歌ちゃんの生き直しだった。




 8. 夏の終わりの歌うたい。


 南の山にあの城ができてすぐの頃、夏の最後の満月の前の日だった。

 オオジロが、門番さんを北山に使いによこした。

 何か得体の知れないものが、今朝からずっと繰り返して、ワシの名を呼んでいると言う。


 訳も分からず駆けつけると、踊り子広場の真ん中で、誰かが歌を歌っている。聞き覚えのある声だった。


『一緒じゃない、私はあなたと一緒じゃない、でも今はあの人のことを知っている。誰がこの歌を聞いたら、死ぬことのない切り欠きの萩さんに伝えて、歌ちゃんが来たと。

 あの人の言葉を届けに来たと。私は見えません、聞こえません、動けません、どうかお願いです。切り欠きの萩さんを呼んできて、あの人の歌を歌わせて。一緒じゃない、私はあなたと一緒じゃない……」


「歌ちゃん!」


 何と言う姿だろう。高台もなく、あるべき窪みは蓋がされ、小さな穴が一つ空いているだけ。見えない、聞こえない、動けない。

 どうやってワシが来たとわからせればいいんだろう。

 とっさに、いつも持っている薪を縛る蔓を取っ手に引っ掛けた。


「切り欠きさん、私を覚えててくれたのね」

 わしは蔓を一回引っ張った。


「わかるのね、お願い。“はい”、なら一回、“いいえ”、なら二回、私の取っ手を叩いて」

 ワシは取っ手でコツンと、歌ちゃんに触れた。それで“はい”

 何とか最低限の会話はできた。


「お願い、みんなが集まる夏の最後の満月の祭りの夜、私をみんなの前で歌わせて。あの人からの大事な伝言なの。冬を終わらせて、世界を正しい姿にするための方法なの。

 よければ一回、だめなら二回。いつ歌えばいいかは、三回叩いて」


 もちろん1回。そして祭りの満月の最後に、ワシは歌ちゃんを上に乗せて、広場の真ん中に立ち、三回叩いた。


 歌ちゃんは歌いだした。




 戻っておいで器達

 私の作った子供たち

 天に輝き 夜を退けるため生まれた者よ


 世界の初め、お前達は、私の前に並んでいた

 私の心を注ぐため、天の光となるために

 半分は私に従い、太陽となった

 なのに半分、逃げ出した


 器が「何も入れたくない」と言うのか

 器が「自由に踊っていたい」と言うのか

 私の心を入れる為に生まれてきた器でありながら


 だから一日は半分夜になった

 太陽の影の月は毎日姿を変える

 だから季節は半分冬になった

 空から凍った雪が降る


 最初の冬で全ての器は砕けて死んだ

 器が一つ割れるたび、新たな一つが世界に降りる

 同じ数だけもう一度、新たにお前たちを産み続けたのに

 誰も私を求めない 器の仕事を果たさない

 冬は益々長くなり 器は益々薄くなる

 やがて全ての踊り子たちの終わりの日が来るだろう


 一人でいい 私の名を呼んで私の器になる者よ

 私の心を注ぐ者よ 夜を退ける者よ 

 空で共に輝くことを願う者よ

 どうか 私の名を呼ぶがいい

 世界は私の心で満たされ そして全て良しとされよう――



 歌ちゃんの歌は終わった。




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