第16話 

「荻さんは、パートナーいないの?」

「随分昔、好きになった人はいたが死んでしまった。“黒い暴れん坊”に殺されての」


 ドキンとしました。門番さんの言っていたのは、やはり荻さんの事だったのです。

「あの、“黒い暴れん坊”って悪い奴なの? 僕も黒いから悪い奴なの?」


 五つ窪みは、また一つ怖いものを見つけてしまったようです。


「違うぞ、五つ窪み。黒様のことを思い出してみい、この世で黒様のことを悪く言う奴など一人もおらん。黒いから悪くて、白いから正しいなんて決まっとらん。外側はどんなに綺麗でも悪い奴だっている。昔そんなのがいたんじゃ、外側の綺麗なのばかり自慢する奴が」


 そう言って、荻さんが話し始めた。



 6. 萩さんの昔話~黒い暴れん坊と歌ちゃん


「奴の願い事は何だったと思う? 自分が世界一綺麗なカップになることだと!

 その願いを叶える為、あの人の名前を探して仕事もせずに誰彼構わず声をかけて回るから、みんなに嫌われて相手にされなくなった。それで仕方なく産まれたてを騙して願いを叶えようと、国中をウロウロ探し回っとった。

 ある日、西の山の切り株の中で泣いている、恐ろしくデカくて黒い、産まれたてのカップを見つけた。


『アノヒトガ イナイ ドコイッタノ?』

 そう聞く黒いカップに、綺麗自慢の馬鹿は、あの人の名前のことを聞いた。


『オボエテナイ アノヒトノ ナマエ オシエテ』

 黒いカップが答えると、綺麗自慢は言った。

『お前の涙を俺のに混ぜれば、あの人の名前がわかる。だからお前の涙をよこせ、俺もお前もあの人の名前を知りたい。心が一緒ならわかるんだ』


 そう言って、黒いカップに体を傾けて産涙を少し外に流すようにいった。

 黒いカップは言われた通りにした。


 ところが、その滴る涙は真っ黒で、火の山の溶岩の様に熱かったんだと。

 綺麗自慢は、悲鳴をあげて逃げ出した。

 黒いカップの呼ぶ声がしたが二度と振り向かず、北山に帰って『黒い化け物がいた』と触れて回り、みんな怯えて西の山にいかなくなった。


 その頃、ワシは生まれて一月ほどで、みんなの作る薪を束ねたり、木の葉を集めるのが仕事だった。たまたま段取りが悪くて暇になったので、西山を覗きに行った。


 そうしたら黒い化け物なんていなくて、とても綺麗な悲しそうな歌声が、山の穴の中から聞こえてきた。覗いてみたら、穴の底にたくさんの枯れた花に埋もれるようにして、カップが一人蹲っていた。



『一緒じゃない、私はあなたと一緒じゃない。あの人の名前なんて知らないわ』

 そう歌っていたんだ。

『君は誰?』と聞くと、

『あなたは、あのクロンボじゃないの?』と声がした。


 話を聞くと、その子は穴から見えるお月様が、満月から半分になるほど前に産まれたカップで、泣いてたところを黒いデカイのに捕まって、逃げないように穴に落とされたと言うのだ。

『クロンボのやつ毎日花を持ってくるの。そして〈ハナヤル、ココロ イッショニ ナッタカ〉って聞くの、なんのことだか分かんないのよ。だから〈いいえ!〉と答えてるの。アイツ以外のカップに会ったのは今日が初めてなの』


 まだ名前もないと言うから、

『じゃあ、“歌ちゃん”て呼ぶね。綺麗な声だったから。僕は“切り欠きの萩”っていうの』

 そして持っていた、薪を縛る木の蔓を降ろして、取手に縛って何とか歌ちゃんを穴から引っ張り上げた。


 ところが半月も蹲ってたから、上手く歩けない。ワシも生まれつきの切り欠きで歩くのは早くない。蔓を引っ張って、モタモタ歩いてるうちに、花を摘んだクロンボが戻ってきた。


『ソレ ボクノダ』

 そう叫んで、歌ちゃんの取っ手を縛った、蔓を取り上げた。

 何とか取り返そうとしたが、力で敵うはずがない。ワシは投げ飛ばされて、取っ手が半分飛んでしまった。以来、ワシの取っ手はこのザマよ。


 歌ちゃんの悲鳴を聞いて、白様と北山と西山の境で木を切っていた仲間達が飛んできたが、クロンボは嫌がる歌ちゃんを引きずって西の山頂に逃げた。


 追い詰められて、そいつは

『ボクノナミダヤル アノヒトノ ナマエオシエロ』

 そう言って、歌ちゃんに黒い涙をいっぱいに流し込んだ。


 歌ちゃんは恐ろしい悲鳴をあげた。

 体の真ん中にピッと亀裂が入って、それっきり動かなくなった。

 体の中の涙は黒から群青色に変わっていた。


『コレデ アノヒトノ ナマエワカル』

 黒い暴れん坊は、歌ちゃんの青い涙を全部自分の中に流し込んだ。


 途端に、そいつは苦しみだした。

『チガウ、チガウ、コンナジャナイ。アノヒトノ ナマエ ナンカナイ』


 苦しそうに体中の青い涙を、西山の向こうの真っ暗な闇へと吐き出して……そのまま、世界の果てへ落ちていった。


『歌ちゃん、歌ちゃん』

 いくら呼んでも反応がなかった。でも、カップの縁に一滴だけ涙の雫が残っていた。

 ワシは、思わずそれをワシの体の中に入れた。

 途端に、グシャリと歌ちゃんは崩れて塵となり、ワシは気を失った。


 しばらくして、西の淵の奥からガシャンと言う音がして、大きいのと小さいのと、二つの群青色の魂が、天に昇っていったと白様が後で教えてくれたんじゃ。


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