第14話
「どうせ私は華奢じゃありませんよ。まるで、私が見境なしに“涙交”して回ったみたいに言ってくれるじゃないの。あの人の名前を探す神聖な儀式を、私が軽んじると思うの? 私は一生黒ちゃん一筋よ。そういうあなたこそ、暑さで湖で体を冷やしていた硯に、無理矢理自分の心の溶けた湖水を流し込んだ事あったわねぇ」
「キャーッ! それ私がまだ産まれたての頃の話で……」
「そうよ。産まれて十日。一人で勝手に遊びに出て、意味もわからずに真面目な硯のこと『半分お月様みたい』だって散々からかって、やらかしちゃったのよね。それで硯はお前のことが好きになって、あの門はお前のサイズに合わせて硯が作った特別製。だから壊した五つ窪みを許せないんでしょう」
『月ちゃんの煉瓦の門が』オオジロさんの、あの悲鳴はそういう事だったのか。
五つ窪みは、やっとオオジロが泣いた訳がわかったのです。
「分かるわよね、産まれたての子供ってそういうものだって。だからこそ私達大人は何時も注意を怠らないようにしなくちゃいけない。
でもそれは、押さえつけて何もさせないと言うことじゃない。この子は自分の金を削って、十六夜を助けたわ。ルールに従えば、産まれたての子供には許されない事だけど、命の方を取ったのよ。私は正しい判断だったと思います」
「十六夜、良くないんですか」
「かなりね。金箔が自然に剥がれ出してる。もう長くはないだろうって鋼が……」
コン!と音がして、近くでカップが一人倒れました。気を失っていました。
「籠目!」
オオジロと、白様が同時に叫び、慌てて籠目を担いで、みんなお城の中に入って行き、五つ窪みが、一人ポツンと残されました。
また煉瓦を壊したらと思うと、怖くて入れなかったのです。
3. 籠目の病~五つ窪み、踊り子達に振り回される
「ねえ、クロンボちゃん。私達にもあれやってくれない?」
突然話しかけられて五つ窪みが振り向くと、群舞の踊り子さん達が四人、お城の陰からこっちを見ていました。
「クロンボじゃないの。僕、五つ窪みって名前があるの」
クロンボと言われたので、五つ窪みは少しムッとして答えました。
「ごめん、名前知らなかったから。ねえ、さっきの白様みたいに私たちも乗せてよー」
「でも踊り子姉さんが体の中に入るのは、ハシタナイから駄目だって、さっきオオジロさんが言ってたよ。叱られない?」
「大丈夫よー。白様だって踊り子姉さんなのよ。ねぇちょっとだけだからぁ」
「本当にちょっとだけだよ……」
踊り子たちの押しの強さに、五つ窪みはしぶしぶ頷きました。
◇
「籠目、かなり心を病んでるわ」
白様がため息を吐きました。
「ええ、かなり酷い。実はあの子の“影“を見たと言う者が何人も出てるんです」
オオジロが辛そうに答えた。
「まだ生きているのに! 心が二つに割れてしまっている。ああ、黒ちゃんがいればねえ。後は鋼が一番心には詳しいけど、あの子は決して鋼には治療させないでしょうね」
「十六夜のことで、鋼を恨んでますから。自分が名付け親の十六夜に捨てられたのは、鋼のせいだと一途に思い込んで、いくら言っても駄目なんです。
白様の言うように、私達は完全じゃありません。その私達の作ったルールに間違いがあるのは当然なのかもしれない。良かれと思って作られた“名付け親制度”ですが、少なくとも十六夜と籠目の二回、取り返しのつかない不幸が起きました」
「私の子供の頃はそんなものなかった。産まれたては、みんなで寄ってたかって育てたものよ。みんなが親だった。昔は良かったなんて言う気は無いけど、ルールを守るために世界がある訳じゃないのよ、オオジロ。みんなが幸せになる為のルールなんだから」
「白様、私はどこで間違ったのでしょうか?」
「それは……あらら?」
お城の外から、踊り子たちの歓声が聞こえてきます。
「きゃーっ最高!」
「私もう一回乗る」
「狡い、私まだ乗ってないのに」
「もっと早く走って!」
「もう堪忍してよお……」
情けない五つ窪みの声が続きます。
なんと踊り子たちを一度に三人も乗せて、五つ窪みがお城の周りを駆け回っていたのです。
「お前達、何をしてるの!」
オオジロの大声が城中に響き渡りました。
「白様、助けてぇ……」
五つ窪みは涙声になっています。
白様は、笑いが止まりません。とうとう五つ窪みは伸びてしまいました。
そして、つくづく力自慢なんかしなきゃよかったと思ったのでした。
白様、笑いっぱなし。五つ窪みはしょげっぱなしで、その後二人はゆっくり半日かけて歩いて北山に帰りました。
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