第13話 四章 生き直し〜萩さんの昔話
1. 五つ窪み、白様と南の城へ
「お城は遠いし、少し早めに出かけましょうか。私の高台幅じゃあ半日はかかっちゃうから、着くのはお昼ね」
そう言って歩き出した白様は「きゃっ!」と叫んでつんのめりました。
体が宙に浮いていたからです。
「白様、歩かないでいいよ、僕が運んであげる。僕の中に入っていけばすぐだよ」
「あらら、良いの?」
「平気。僕、満タンの水だって運べるよ。白様なんて軽い軽い」
五つ窪みは、ちょっと力自慢がしたかったのです。
「それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな……」
白様はちょっとワクワクしながら、五つ窪みの中に降ろしてもらいました。
中は広くて深くて、まあるい青空が上のほうに見えました。
「ねえ五つ窪み、私をもうちょっと上に持ち上げられる? これじゃ外が見えないわ」
ひょいっと体が浮いて、白様は五つ窪みの取っ手の先に乗っていました。
素晴らしい眺めです。丸いテーブルの世界がぐるりと全て見渡せました。
小さな白様が初めて見るパノラマの世界でした。
「じゃあ行くよ。僕、鋼さんくらい早いからしっかり掴まってて」
慌てて白様は体を半分、五つ窪みの中に入れて、取っ手でしっかり掴まりました。
「いいわよ」
白様の言葉に五つ窪みは、湖の西側を、風を切って走り出しました。
世界がものすごい速さで動いていきます。
「きゃーっ! 凄い、凄い、こんなの初めて」
白様は大喜び、すっかり飛ぶスリルに夢中です。
白様の取っ手や縁が、風でブルブル震えます。そのくせ五つ窪みの中は暖かで安全でした。白様は、あの冬の初めの中程さんと黒ちゃんを、懐かしく思い出していました。
「黒ちゃんたら、馬鹿ねえ。生きてたらこんな楽しいことに出会えたのに」
生きているから、辛いこともあるけど楽しいこともあるのだと、白様は改めて思うのでした。
五つ窪みは、あっという間にお城に着きました。
まだやっとお城のみんなが起きだした頃でした。
ちょうど門番さんが寝ぼけ眼で、元の門のあった場所に出てきました。
「おはよう、門番さん。オオジロに私が来たと伝えてくれる?」
五つ窪みの取っ手に、ちょこんと乗っかった白様を見て、門番は大慌て。
「白様、まさかそいつに乗ってきたんじゃ!」
「そうよ、面白かったわぁ。早くオオジロを呼んできて」
門番は慌てて城の中に飛び込み、すぐにオオジロを連れてきました。
2. 白様とオオジロの口喧嘩
「白様、なんて所に! 危ないからすぐ降りてー」
オオジロは白様を見るなり、悲鳴をあげました。
「相変わらず心配性ね。五つ窪み、降ろしてくれる? 安心して、来る途中はこの子の中にいたのよ。」
ひょいと地面に降りて、白様は言いました。
「五つ窪みの体の中に入ってきたんですって? なんてハシタナイことを! 白様は、この国の歴史ある“踊り子姉さん”の元祖なんですよ」
「何言ってるの、昔はみんなそうやって冬を起こしたのよ。ハシタナイも無いもんだわ」
「昔と今は時代が違います。今のルールを守ってもらわないと困るのは私なんです。それで、あの、この産まれたてのクロンボ、また何かしましたの?」
オオジロは、小さな声で聴きました。
「しませんよ、涙の池を一つ作っただけです。それで今日来たのはね、この子の“お城に出入り禁止”を解いてもらおうと思ったからよ」
「駄目です。この子が来る度に、お城が壊れるんです。みんな凄く怖がってるんですよ。」
「一番怖がっているのはお前でしょう。産まれて二日の子供のしたことじゃないの、全く杓子定規なんだから。私もロージンも、そんな風にあなたを育てた覚えはありませんよ。オオジロ姉さん!」
五つ窪みはびっくりしました。あの大きなオオジロが、小さな白様に叱られて、困っているのです。
「お前、白様のお気に入りなのか?」
門番さんが五つ窪みに聞きました。
「えっと……僕のこと最初に見つけたの、本当は白様なの。でも先に死ぬかもしれないからって、鋼さんに名付け親になってもらったの」
「それでかあ、じゃあお前は大丈夫なんだ。みんなお前のこと“黒い暴れん坊“の生き直しだと思って怖がってたんだぞ」
「黒い暴れん坊って誰?」
初めて聞く名前でした。
「俺も詳しくは知らんのだ。すごい昔の話だから、誰か年寄りに聞いてくれよ。白様か、漆造りの萩さんなら知ってるかもな。たしかあの頃には生まれてたはずだから」
漆造りの萩さん……切り欠きの萩さんの事かな?
「ところでよ、あの白様のやってた奴、面白いのか? 俺も一回乗せてくれよ」
「えっと、今日は疲れたから」
なんかこのカップ入れるのヤダ! と五つ窪みは思ったのでした。
その間にも、白様とオオジロの親子ゲンカは続いています。
「お願いだから、上に立つ者としてもっと自覚を持ってくださいな。
体の中に入ったりしたら、心が丸裸になったも同然なんです。次はすぐ“涙交”です。何も知らない産まれたてや、華奢な子が無理にやると、割れてしまうことだってあるんですよ。白様がヤンチャをするとみんなが真似するんです。風紀が乱れて困るんです」
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