十一.告白
「じゃ、行ってくるよ。なんかあったらすぐ連絡するんだぞ」
ベッドで寝たままの私に、屈んでキスをしてくれた。
哲也が仕事へ行った。
このところ、体調が悪い。今が十週目くらいなので、悪阻のピークらしい。いずれ治まってくると言われていても、今が辛いのだからどうにもならない。
亜美の騒動の翌日、二人で様子を見に病院へ行った。
病室に入ると、亜美が泣きながら「ごめん」と何度も謝ってきた。宥めながら、二人でもっとしっかり支えるから安心するように言って聞かせた。
亜美が立ち直るには時間がかかるだろう。これからは今まで以上に哲也と協力して彼女を支え、見守っていこうと誓った。それが家族としての私たちの役目だ。絶対に亜美を守る。
亜美は自分を見つめ直した。今回の騒動で、自分自身がどれほどダメージを受けているのかをしっかり自覚できたようだった。テリーの死を受け止め、彼を亡くしたからこそ、彼のためにもしっかり顔を上げて生きていかなければならないとわかったのだ。
数日後、その日も病院で亜美の話し相手をしていた。顔色も良くなり、話をしていても落ち着きを感じる。亜美自身、変わってきているという自覚が芽生えてきているように見えた。
亜美がお願いがあると言ってきた。
「テリーの席のところに、青空色の大きなファイルケースがあるの。悪いんだけど明日持って来て欲しいんだ」
テリーがサーフショップ開業の準備をしていた物が一式入っているファイルケースのことだ。
せっかく亜美から言い出したのだから、早い方がいいと思い、哲也に持って来てくれるようメッセージを入れた。夜勤明けで一眠りすると言っていたので、起きたら気がつくだろう。
すぐに哲也から返信が来た。これからすぐに出て持っていくと言っている。疲れているのに悪いことをしたと思ったが、哲也も亜美のためにと思ってやってくれているのだ。その気持ちに感謝して持って来てもらおう。
「はい、これだろ?」
病室に入って来た哲也は、疲れた素振りなど全く見せず、笑顔で亜美にファイルケースを渡してくれた。
「ごめんね、ありがとう」
「何言ってんだよ、大切なものだろ?必要な時に手元になきゃ困るよ」
優しい気遣いだ。本当にありがたい。
「ねぇ、二人の意見を聞きたいんだけど、いい?」
「うん、どうした?」
「あたし・・・テリーのお店をやってみようと思うんだ」
そう言うと思った。わかっていたよ、亜美。
「そう言うと思ってたよ。わかっていたよ、亜美」
哲也が私の心の声をそのまま言うのでびっくりした。
私を見て微笑んでいる。以心伝心とは本当にあるんだなと思った。
今、亜美はテリーの意志を引き継ぎ、サーフショップを実現しようとしている。二人でやっていくつもりだったサーフショップ。店の名前を『Terry's』として、葉山に店を構えられるよう、頑張ると言っている。亜美にとって、彼の意志を引き継ぐことは生甲斐となっていくだろう。私も哲也も大賛成だった。三人で協力して、テリーの志を葉山の街で形にする。必ず実現させてみせる。
帰り、逗葉新道を出て長柄の交差点で信号待ちをしている時、このまま哲也に話そうと思った。
「ねぇ、逗子海岸行きたい」
「うん」
そのまま長柄の交差点を直進して、トンネルへ向かう。
幾度となく通った、渚橋へ向かう道。トンネルを出て少し行けば渚橋の交差点だ。右にあるコンビニの駐車場へ車を停めた。帰りに買い物でもしていけばいいだろう。
五時を回ったところだ。だいぶ陽が降りてきていたが、日没まではもう少し時間がある。信号を渡って、渚橋を渡れば逗子海岸だ。
砂浜に降りた。足元が埋れて歩きにくい。自然とお腹に手がいく。大事なお腹だ、大切に守ってあげたい。哲也が手をとってくれる。しっかり握りしめて、そのまま腕にしがみついた。
太陽の季節碑の縁に、並んで腰を下ろした。夕陽が煌びやかで美しい。
「あのね」
「うん」
哲也の顔を見ながら言う。
「赤ちゃんできた」
きょとんとしている。
「えっ・・・ほんとに?・・・えっ、ほんとに?」
思った通り、パニックになっている。可愛い。
「うん。今、二ヶ月だって」
「ほんとに・・・えっ、ほんとに?どこに?」
「どこにって、あたしのおなかに決まってるでしょ!ほんとだよ、パパ」
ようやく言えた。
突然、哲也が立ち上がった。振り返って私の手を引いて立たせる。
強く抱きしめてくる。
「ちょっと、お な か!赤ちゃん苦しいよ!」
そんなことは無いのだろうが、言ってみた。
慌てて腕を離す哲也。いちいちわかりやすい。遊んでやる。
「俺とお前の赤ちゃん、産まれるんだ・・・」
「そうだよ、まだ安定期に入ってないから気をつけないといけないけど」
「うんうん、俺、あの、何すればいい?えっと、あ、立ってちゃまずいだろ、いやでもこんなところ座らせるのも駄目だろ、え、どうする?、えっ、どうする?」
非常事態にあれだけ冷静に対応する人が、どうしてこんなに狼狽えられるのだろうと思ったが、まぁパニックになる気持ちもわからなくもない。助け舟を出してやろう。
「あたし、あなたの子を妊娠したんだです」
「う、うん、そうだよな、そうだよ、そうなんだよな」
あれ?いつもの“まだそれ言うかー”が出ない。こりゃ本格的にパニックだな。やれやれ。
「ほら、座ろう。ちょっと落ち着いて、ね?大丈夫だから」
哲也の瞳に自分を映す。哲也の手が震えている。握ってあげた。
「私、あなたの子供を産みます」
瞳から涙が一筋、零れ落ちる。
「優雨・・・」
「はい・・・」
「俺、いい父親になれるよう、頑張るよ」
哲也の優しい微笑み。私も微笑んだ。
「私からも言わせて」
「うん」
「ずっと一緒にいてくれてありがとう。これから先も、一生、私を傍においてください」
哲也の腕が背中に回る。私も抱きしめる。
哲也が少し身体を引く。もう一度、私を瞳に映した。
「結婚しよう」
「うん・・・愛してる」
「俺も・・・愛してる」
哲也の両手が私の頬を優しく包む。私も手を重ねた。
唇を、重ねた。
二人のシルエットが、沈む夕陽に浮かび上がる。
十一年前、二人が出逢った砂浜で、運命が一つに重なった。
月日は、二人の心に道を開いた。
新しい命を授かり、これからは三人で生きていく。
幸福を築き上げていく。
果てしない道のりを、永遠に続くものとするために。
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