三.交錯
洗面所で哲也が顔を洗っている間、部屋の掃除をした。テレビ周りを片付け、ホコリを落とし、掃除機をかけてから最後にテーブルを拭く。いつも通りの手順で、いつもと変わらない仕上がり。ようするに手抜きをして、掃除をしましたという事実を作っただけだ。
疑似恋愛がスタートした。
まずは序盤、普通の恋人たちが、普通の生活を送る。部屋での甘いやりとり。デート。そんなところだろうか。まだロマンティックなシーンはいらない。二人が愛を育んでいく姿を描いていきたい。
その次はすれ違う二人の気持ち。互いを求め合う、心と心のすれ違いを描いていく。やがて幾多の危機を乗り越え、別れが訪れる。これが最初の山場までだ。まぁ瞼に目の悪戯描きは、ちょっとしたイベントとして書き加える感じでいいだろう。
「お前、これ落ちねぇぞ。何で描いたんだよ」
「油性ペン。そりゃ簡単には落ちないだろうよ」
哲也が瞼に描かれた目を、必死にクレンジングで落としている。
あの顔でそのままコンビニへ行き、店員さんが笑いを堪えているのでおかしいなと思い、店のトイレで鏡を見たら、この状態だったわけだ。目を見開いたまま走って帰ってきて、私に大笑いされて。そりゃ怒るだろう。でも私にも言い分はある。あんな夢を見せられたのだから、その仕返しとしては、まだまだ手ぬるい方だ。もっとも、哲也が何かしたわけではないので、単なる八つ当たりだと自分でも分かっている。まぁそこは敢えて何も言わず、私の彼氏になったのだから、可愛い彼女の無邪気な悪戯だと思って甘んじて受ければいい。
そう、私と哲也は付き合うことになった。もちろんこれは疑似恋愛だ。罪悪感がないわけではないが、哲也ならコントロールしやすいし、最後の悲しい別れを迎えても、これまで通り友達として付き合っていけるだろう。見事なキャスティングだ。
酷い女だと思われるだろうが、そこは構わない。哲也とならどんな状況になっても、何があっても乗り越えていけるし、友達としても関係を続けていく自信がある。信頼関係はその辺の恋人以上だと自負している。それでも罪悪感に苛まれそうになったら、高校の時、最初に手を出してきたのは哲也の方だし、そういう意味でもおあいこぐらいで振り切ればいい。ごねられたらいっそお金で解決するか。いや、さすがにそこまでは荒んでいない。大丈夫だ。
哲也が部屋へ戻ってきた。顔を見ると目の周りが真っ赤になっている。さすがにかわいそうなので化粧水を取り出して塗ってあげた。
「お前、ろくなことしないよな」
「いいじゃん、そのおかげでこんなに優しくしてもらえてるんだから」
「お前がやったんだろうが」
不機嫌丸出しの哲也のおでこに“ちゅっ”とキスをした。
「これでご機嫌治ったかな?」
微笑んだ。
哲也がそのまま私の背中に手を回し、唇を重ねてきた。
嫌じゃなかった。
「亜美、何時頃来るの?」
「わかんない。後でって言ってたから、もうそろそろ来るんじゃないかな」
初めてのキスで距離が変わるかと思ったが、何も変わらない。もちろんそれ以上のこともしなかったし、なんとなく微笑みあって、なんとなく並んで座って、なんとなく話している。縁側でお茶を啜る熟年夫婦のようだ。ときめきなんてありゃしない。ま、気楽でいいが。
「心配だから連絡してみるわ」
亜美にメッセージを送る。
〝来るの、何時頃になる?〟
少し待ったが既読にならない。そのうち返事が来るだろうと思い、スマホをテーブルに置いた瞬間、返信が届いた。
〝ごめん、やっぱり今日はいいや。とりあえず家帰って寝るよ。また連絡するー〟
文章的にはいつもの亜美だが、やはりちょっと様子が違うような気がする。とはいえ、ここで根掘り葉掘り聞き出すのは良くない。
「亜美、今日はこのまま家帰って寝るって」
「そっか。なんだ、暇になっちゃったな」
「だね」
「どっか行くか。どこ行きたい?」
こういう時にさくっと切り替えるのが哲也のいいところだ。自分では気付いていないのだろうが、吹っ切りたい空気感をこうして切り替えてくれると、一緒にいる方は気持ちが楽になる。
「それってデート?」
「まぁそんなもんだろ」
「じゃあ彼女のわがまま聞いてくれるの?」
「変なことじゃなきゃな」
すっかり彼氏面になっている。いいだろう。
マグカップを手に取り、冷めた珈琲を一口飲む。
「まかいの牧場行きたい」
「おぅ、いいな。じゃあそうしよう」
支度をしようと立ち上がった。なんとなくもう一度、キスをした。さっきより長く、さっきより情熱的に。
さっきより心が動いた。
(だめだめ、これは疑似恋愛なんだから、冷静にだよ、冷静に)
自分に言い聞かせながら、哲也のリードに任せて、少しの間だけ抱きしめあった。
起きてからの二時間はあっという間だったが、一日はまだまだ長い。窓を閉めて部屋を出る。鍵を閉めた時に、付き合うと合鍵を渡すのかな?と思った。まぁそれは後で考えればいい。駐車場へ降り、哲也の車へ乗り込んだ。助手席が私の指定席になった気がした。
まかいの牧場は富士山の麓、朝霧高原にある。
動物と触れ合える体験型の牧場と謳っていて、広い敷地には牛や馬、豚、兎、山羊、牧場といえばこれという動物がたくさんいる。アスレチックやお花畑、牛の乳搾り、バターやチーズ作り、陶芸体験教室などもあるので、小さい子供はもちろん、大人も充分楽しめるアットホームなところだ。
これまでも三人で何度か行っているが、二人きりで行くのは初めてだ。本物のデートのようで、ちょっと楽しみになった。
R134から西湘バイパス、箱根湯本の駅前から宮の下を右へ行き、乙女峠を越えて御殿場へ出る。御殿場からは東名高速で富士インターチェンジへ向かい、西富士道路を抜けて富士宮方面へ向かうと、林の中を抜けて行ったところが朝霧高原だ。看板が出てきてすぐ、左手にまかいの牧場がある。
牧場はもちろん魅力的だが、なにより朝霧高原が好きだった。晴れた日の朝霧高原は、右手に見える富士山がキラキラ輝いていて、樹々の緑と青空のコントラストで見事に映える。絵葉書のようだとよく言うが、まさにそれだ。
駐車場へ車を入れ、外に出た。少し肌寒い。
「おい」
哲也が車の中にあったフリースをかけてくれた。
「ありがとう」
昔、一緒に買い物へ行った時に、私が選んであげたフリースだ。淡いブルーで可愛い。袖を通したがサイズが大きすぎてかなり余ってしまう。哲也のサイズだから小柄な私に合うはずがない。でも、嬉しかったからそのまま着た。
嫌じゃなかった。
先を行く哲也に小走りで追いつく。牧場の入り口は、お土産やレストランがあるメインの建物の奥にある。何度も来ているので勝手はわかっているが、大きなミルクボトルの形をした発泡スチロール容器に入った牛乳や、いかにも出来立てという風なモツァレラチーズ、大好きな乳製品がたくさん並んでいて、店内を見ているだけでも楽しい。
奥にある牧場入り口の前で、哲也が立ち止まった。
「優雨」
「なに?」
「ありがとう」
「え?」
「俺、幸せだわ」
突然何を言うかと思えば、こんなところで、もう。
「何よ急に・・・ばーか」
肩を小突いた。哲也が照れ臭そうにするかと思った。微笑んでいた。どうも昨日から二人とも大人びている気がしてならない。何がそうさせているのだろう。
牧場の入り口で入場料をを払い、中へ入った。
どちらからともなく手を繋ぐ。まるで普通の恋人同士のように、指を差す時も繋いだままの手をあげて、また戻す。ずっと繋いだままの手は少し汗ばむが、それも心地いい。
場内をのんびり歩く。お散歩デートのような感じだ。お散歩ヤギのコーナーもある。ヤギを連れてのお散歩デートも楽しそうだ。
小動物がいる建物へ入り、兎とジャンボ兎を見た。ふわふわしていて可愛い。どうして同じ種類の動物なのに、こんなに大きさが違うのだろうと思った。哲也に訊くと、
「お前と俺だって、同じ人間なのにぜんぜん大きさ違うだろ?」
と、極く当たり前の答えを返された。まぁ仕方ない。何も期待はしていなかったが、話が広がらなかったので少し不満ではあった。
兎の建物を出て、お散歩ヤギのところまで戻ってきた時、メッセージが入ってきた。亜美だ。
〝もうだめだよ あたし〟
様子がおかしい。返信するより電話をかけたほうがいい。すぐにかけた。亜美が出た。
「どうしたの?なんかあったの?」
「もうだめだよ・・・もう生きていけない・・・」
泣いている。追い詰められているのが声色でわかった。
「亜美?今、家だよね?あたし今出かけちゃってるけど、急いで戻るから待ってて、いい?」
「ごめん」
「いいよ、気にしないで。ちょっと時間かかるかもしれないけど、急ぐから。待っててね」
哲也は繋いだままの手を引きながら、出口へ向かって歩き出している。急いで車に乗った。哲也は何も言わずエンジンをかけて、車を走らせた。
「亜美、泣いてた。やっぱりなんかあったんだよ、夕べ」
「うん」
横顔を見た。真っ直ぐ前を見据えている。心細くなり、哲也の左手に右手を重ねた。包み込むように握ってくれる。
「亜美、弱ってた。“もう生きていけない”って言ってた」
「大丈夫だよ、変なことはしないさ。俺たちが傍で支えてやれば乗り越えられるよ」
「うん」
こういう時の哲也は、頼もしい男になる。よく知っている。
「なんだろう、何があったんだろう。先に真莉に話を聞いたほうがいいかな?」
「いや、それはやめたほうがいい。もし全然関係なかったら、亜美のことを晒すような話になっちゃうだろ」
「そうだよね。亜美の話を聞いて、それで関係があったらだよね」
「うん」
普通に考えればわかることなのに、動揺しているのだろう、正常な判断ができていない。頭の中にベッドで眠る亜美の姿が浮かんでくる。
道が空いていて、思っていたよりも早く東名高速に乗ることができた。今日が混雑するシーズンじゃなくて良かったと思った。
今、亜美は家に一人でいる。私達以外、他に今すぐ傍にいてあげられる人はいない。早く行ってあげなければならない。
ルートは二つだ。東名高速の海老名ジャンクションから圏央道を下り、R134へ出て行くのが距離的には早い。だが、一般道に入った途端、渋滞に巻き込まれる可能性が高い。もし一般道が混んでいるなら、そのまま東名を横浜町田インターまで行って、保土ヶ谷バイパスから横浜横須賀道路を抜けて、逗葉新道へ回った方が早い。
「どっちから行く?圏央道?逗葉新道?」
「逗葉新道の方が早いな、今日の下道は混んでるよ」
思った通りだ。哲也は道の混み具合や経路に強い。
距離が距離なだけに、どんなに急いでも一時間半以上かかる。ガソリンは行きの海老名サービスエリアで入れてきたから問題ない。帰りはノンストップでそのまま走り抜いた。
「ねぇ」
「ん?」
「亜美のこと、心配で仕方ない」
「俺もだよ。でも大丈夫、あいつもずいぶんしっかりしてきたから」
「うん、そう思ってる」
二人の不安が的中しないことを祈った。
なぜこんなに亜美を心配するのか。
亜美は鬱病を患ったことがある。原因は両親の移住だった。
亜美の両親は私を娘のように可愛がってくれた。お互いの家を行き来していたのもあるが、亜美と知り合った頃、私が中学を卒業してすぐに一人暮らしを始めたと話すと、困ったことがあったらいつでも言いなさい、と優しく受け入れてくれた。それからは何かと気にかけてくれて、まるで親戚のように、いや、家族のように親しく接してくれた。親が出なければならない学校の面談なども、親代わりに出てくれたほどだ。
亜美の両親は今、日本にいない。青年海外協力隊が活動をしている南アフリカ、タンザニアの拠点で、お父さんは医師として、お母さんは現地学校の教師として赴任していた。きっかけは、お父さんの恩師が現地から一時帰国をした際、人手が足りない状況を話して協力してくれないかと声をかけてきたことに始まる。
一ヶ月後、お父さんは自分の医院を人に任せ、三ヶ月間を条件に現地へ入った。三ヶ月後、帰国したお父さんは、亜美と私に現地での壮絶な体験を話してくれた。薬が届かず死んでいく命。医師が足りず絶たれた命。薬品も設備も医師も、何もかもが力及ばず、亡くなっていく命があまりにも多く、自分の無力さを痛感する日々だったと話してくれた。
お父さんは、たかが町医者の自分如きが行ったところで、何人の命を救えるのだろうかと、何度も繰り返し自問自答した結果、何人でもいい、一人でも多くの命を救いたいと思った、そのために移住して医師としての使命を果たしたいと言った。
お母さんは、お父さんの身の回りの世話はもちろん、現地では学校に通うべき子供が溢れているのに、教える教師が足りていないことを知り、教職者として自分も協力したいと言った。夫婦揃ってなんと志が高いのかと、亜美も私も感動した。
亜美はもう二十二歳。成人していて、親元で何一つ不自由なく暮らしている。両親が使命感に燃え、人を救うために人生を賭けて行動することに反対する理由などなかった。
亜美は両親の使命感と決意に賛成し、自分は一人で暮らしていけるから大丈夫と言って、気持ちよく送り出した。
その一ヶ月後、医院を人に任せ、夫婦揃って日本を離れた。早いもので、もう三年になる。
亜美が両親の移住に賛成したのは本心だ。強がりなどではない。人のために役立ちたいという尊い志を掲げて移住を決めた両親を誇りに思い、心から尊敬していた。笑顔で送り出せた。
しかし、実際に両親が日本を離れたことを実感すると、亜美が想像していたよりも遥かに大きなダメージがあった。
亜美は不安だった。私が近くにいることもあって、最初はなんとか日々を明るく過ごしていた。亜美なりに自立しようと仕事に精を出し、一生懸命生活していた。だが、頑張れば頑張るほど、亜美の心の中には“ちゃんとしなければいけない”という自分自身への呪縛のような気持ちが積み上がっていった。
一人になって一週間。仕事帰りに亜美の家へ行くと、リビングのソファに蹲って泣いている彼女を見つけた。駆け寄って抱きしめ、話を聞いてあげた。
帰ってきても誰もいない空虚な家。両親が他の誰かを助けるために行ってしまったという喪失感。今まで経験したことがない虚無に耐えられなかったと言う。無理もない、と思った。
極論を言えば、誰でもいつかはそういう時が来る。亜美は志の高い両親の使命感で、たまたま少し早く訪れただけだと私は思っていた。ここは亜美が強くなって乗り越えていかなければならない。私の役目は支えていくのと同時に、一人で生きていくことの楽しさ、自立することで得られる自信、自分で築き上げていく喜びを教えてあげることだと思った。同い年の私如きがと言われればそれまでかもしれないが、多少なりとも経験値がある。親友以上の存在がボロボロに崩れていくのを黙って見過ごすわけがない。
私は自分の時間を全て亜美の自立のために使った。毎日バイト帰りに亜美の家へ寄り、一緒にご飯を食べて、笑い、喋り、飽きることなく一緒の時間を過ごしてきた。私にとって亜美は家族だ。
次第に亜美は自分で生きることを楽しめるようになっていった。仕事への集中力も上がり、私に頼ることなく、一人暮らしを笑顔で過ごせるようになっていった。私はその様子を見守り、家へ行く頻度を少しずつ下げていった。亜美は何も言わず、いつもと変わらず過ごしていった。
そこにパンクバンドの彼のことがきた。まるで彼に依存するかのように入れ込んだのは、心の奥に仕舞い込んでいた不安な気持ちを埋めるためだったのかもしれない。
パンクバンドの彼のことが終わった後、ようやくいつもの亜美らしさが戻ったと思っていた矢先、亜美は自殺未遂をした。
その日、いつものようにバイト帰りに家へ寄った。夜ご飯を一緒に食べようと思い、食材を買い込んで持っていったのだが、家に上がってリビングへ行くと、いつもならその時間はソファに寝転がってテレビを見ているはずが、部屋の電気もついておらず、物音もしない。出かけているのかと思ったが、それなら一言メッセージを寄越すはずだ。寝ているのかもと思い、二階の亜美の部屋へ行った。
ベッドで眠っている亜美の枕元に、薬のタブレットがいくつも落ちていた。反射的におかしいと思い、起こそうと身体を揺すって声をかけた。反応がない。寝息を聞いたが、ほとんど聞こえない。すぐに119へ電話をした。
救急車が到着し、救急隊員が状況を把握。すぐに病院へ搬送された。幸い、薬を飲んでから発見するまでが早かったようで、命に別状はなかった。
意識を取り戻した亜美は、私を見て泣きながら何度も「ごめん」と謝っていた。私はこんなになるまで亜美の異変に気付かなかった自分を責めた。こんな状態になるほど追い込んだパンクバンドの彼を憎んだ。
状況が状況なだけに、両親へ連絡を入れようと亜美に話した。
「それだけはしないで。ごめん、本当にごめん。自分が悪いのわかってる。でもこれでお父さんとお母さんに心配かけたら、必要としてる向こうの人たちの気持ち、裏切っちゃう。それはできないもん。もう二度とこんなことしないから、お願いだからお父さんとお母さんには言わないで」
泣いて懇願する亜美に、それ以上、何も言えなかった。
亜美を担当している精神科の専門医に呼ばれた。状況的に家族の代理、保護者として、私に亜美の病状、今後の治療などを説明してくれた。
病名は鬱病。未遂で終わったとはいえ、自殺未遂はあまりにも大きい。こういった状況に陥った患者は、繰り返してしまう可能性も高く、自殺までいかなくとも、自傷行為をしてしまう可能性が高いらしい。当面は入院をして治療を続け、症状が改善したら退院、通院治療へ切り替えるという。退院後の生活については、可能な限り誰かが傍にいた方が良いが、過剰すぎると一人になった時に衝動的な行動を起こす可能性が高くなるので、少しずつ促して一人でも安定した精神状態になるよう協力してほしいと言われた。もちろんそのつもりだったので、身元引受人として私を入れてもらった。
哲也にありのままを話した。何でも協力する、ボディーガードでもなんでもすると言ってくれた。心強かった。
一ヶ月後に退院した。それからは常にどちらかが亜美の傍に必ずいるようにした。家に泊まり込み、朝は仕事へ送り出してから自分も仕事へ行った。亜美よりも早く帰れるように調整し、“おかえり”と出迎える。二人で料理をして、食べて、お風呂も一緒に入った。片時も目を離さないのは息苦しく感じられるかもと思ったが、亜美は安堵を感じてくれていた。
哲也も毎日のように来てくれた。三人で食事をし、さすがにお風呂は別だったが、夜勤明けで酷く疲れていても、文句ひとつ言わずに亜美を支え続けてくれた。亜美と哲也を家族だと思うようになったのは、この頃からだ。
高校時代のバイト仲間。長い年月とまでは言えないのかもしれないが、高一の夏から今までの約十年間、常にお互いを心に想い、労わりあい、慈しみあってきたといっても過言ではない。三人の絆は固く、強く、掛け替えのないものになっていた。
今、亜美は過去を繰り返そうとしているのかもしれない。
哲也の横顔を見た。疲れているはずだが、そんな様子は微塵も見せない。彼にも使命感があるのだろう、そういう人だ。
車はもう直ぐ逗葉新道へ入る。ここまで来れば五分で着く。逸る気持ちを抑えながら、哲也の左手に右手を重ねた。
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