任務からの帰還
地震が収まると、俺は再び鉄馬を起動し、ゆっくりと馬車を前進させた。
この先は特に異状がなかったようだが、もし地震で遺跡の出入口が出てきてしまっても、この距離で目視できるものとは限らない。震源から遠く離れた場所で現れた可能性だってある。
正直言うと俺はまだ本調子じゃないから、無用な戦闘は避けたいつもりだ。
「慎重に行こう」
だが、今日は運が味方についてくれなかった。
しばらく進むと、道の先にいくつかの不穏な影が見えた。
それを確認した瞬間、俺は馬車を止めた。幸いまだこちらに気づいていない様子だ。
目を凝らして観察すると、それが旧時代の遺産――トゥインスターの自動兵器であることを確認できた。
「回り道した方がいいだろうな」
「ちょっと待って、護衛さん」
方向を転換しようとしたところで、ソムリエに止められた。
「ん?どうしたのか」
「あの自動兵器のサンプルがほしいから倒してもいい?もちろん護衛さんには力を温存してほしいから、自分で何とかする」
「しかし……」
「これは私の仕事に関わるから、お願い!」
護衛対象を危険に晒す訳には行かないし、俺が代わりに倒してやりたいが、彼女の言った通り今の俺は力の温存をするべきだ。
「ふむ……」
光を操る魔法を仮面に展開し、望遠鏡のように自動兵器をさらに詳しく観察する。宙に浮いているものが五つ。作りからしてそれらはトゥインスター後期型ドローンで、役割はおそらく偵察や遺跡施設のメンテナンス。しかし、ぐるぐると同じ場所で回っているところを見て、統制が失われたようだ。
「トゥインスター後期型自動兵器のようだが、火力低いタイプなのだ。体を強化すれば、傷つけられないはず。危ないと思ったらすぐに引き返すのだぞ」
俺が許可を出すと、ソムリエが目を輝かせた。
「もちろん!それに私は安全な距離でそれらを倒すから、大丈夫だよ」
彼女がそう言うと、トランクケースから金属の棒を取り出して、錬金術で銃に変化させた。昨日の魔導銃とは違って、これがより長く、重そうに見える。
「試作中の狙撃銃だから、名前はまだないけど、ターゲットを追尾する機能が搭載されているんだ。これを使えば危険に遭うはずもない!」
アウトレンジ戦法か。それなら、心配いらなさそうだな。
「ちょっと準備してくるね」
ソムリエは弾倉に弾丸を込めた後、魔力を注ぎ込んだ。その間、俺は他の人に自動兵器に遭遇したことを説明し、キャビンから出ないようにと指示した。
「これでよし」
彼女は弾倉を銃に装填し、バイポッドをトランクケースの上に立てた。
「全部で5機なんだね」
「ああ、合っている」
膝撃ちの姿勢でスコープを覗き込むソムリエ。彼女の動作は洗練されていて、銃の扱いは慣れていると見受けられる。
「ターゲットを捕捉した。トラッキング機能も問題ないようだね」
ソムリエが呼吸を整えて、引き金に指を置いた。
「さっさと片付けましょう」
彼女がそう言ったと同時に、轟音が鳴り響いた。
最初の自動兵器が倒された直後、他の4機がぴたっと止まった。さらに2機が倒されると、残りの2機が回避運動を行っていたが、追尾機能を持つ弾丸に呆気なく貫通された。
「残骸を回収しに行こう!」
「分かった」
馬車を近くに止めて、ソムリエが回収作業を開始した。
「おお!これは発見がありそうだ」
そして、ソムリエが自動兵器を解体していた時だった。視界の外から新しい自動兵器が彼女に向かって飛んで行っていた。あれは見たことないタイプだった。統制が失われたはずの自動兵器が、仲間が倒された場所に駆けつけるなんてありえなかった。
しかも、よりによって探知魔法を使う余裕がない時に……!
「え!?」
驚愕な声をあげるソムリエ。彼女もまたこの可能性を想定しなかった。
「ソムリエ、そこから離れてくれ」
「あっ、はい!――ぎゃ!」
ソムリエがすぐに身を翻し、こちらに走ろうとしたが、足がもつれてつまずいてしまった。
その同時に、俺は動くべきと判断した。弓に取り替える余裕はないから、この長剣で対処するしかない。俺は長剣の柄と鞘を握りしめて、魔力を練り込む。
そのドローンが武器を使わず、魔力だけ膨れ上がって激しく震え出した。いや、これは自動兵器の残骸からエネルギーを吸収しているのだ。どちらにせよ、ろくなことが起こるはずもない。早急に止めてやる。
「っ……閃!」
掛け声と同時に、鞘から剣を解き放った。魔力の塊が三日月の閃光となり、雷のごとく空気を引き裂き、自動兵器を両断した。
――朱電一閃流・弧月雷閃
和の国の刀と抜刀術に特化した鞘ではないが、ちゃんと技を繰り出せた。その威力は、旧時代の遺産の防御を砕くには十分すぎるほどだった。
「大丈夫!?」
周りを警戒しつつ、俺はすぐにソムリエに駆けつけた。
「ええ、ちょっと足首を捻っただけ」
彼女の足をそっと持ち上げ、靴をゆっくり脱がせた。足首が少し腫れていて、触れるとほんのり熱を感じる。
「治癒魔法を掛けるから、魔力を受け入れてくれ」
「あれ、護衛さんは『調律』ができるの?」
「『調律』って?」
「あ、地方によっては違う呼び方をするよね。魔力を合わせることだよ」
その呼称もあったのか。確かに魔力を合わせる行為は『調律』とも言えるな。
「そのことなら、この体質が『色無き魔力』、または『無色魔力』だと教わった」
「他の色に染まる……か。それも理に適っているね」
足首に手を当てて、魔力特徴を感じ取った。そして魔力を合わせようとする。
「それじゃ」
白にも黄色にも見える光が柔らかく患部を包んでいく。
「優しい光……」
ぽつりとそう言ったソムリエ。
「見惚れちゃう場合じゃなかった!護衛さん、もう十分だから治癒魔法はやめて!」
しかし彼女は慌てて俺の手を押しのけた。
「でも……」
「もう痛みは引いたから大丈夫。それより、これ以上魔法を使うのはやめましょう」
ソムリエは心配そうに俺を見つめた。どうやら彼女の目を誤魔化せないようだ。
「……分かった」
「そうだそうだ。ちゃんとソムリエお姉さんの言うことを聞きな――うわああ!」
背中と膝裏を支えて、彼女を抱き上げた。
「なるべく足首を動かないでくれ。じゃないと悪化するから」
「もう……、びっくりしたじゃない……」
消え入りそうな声でそう言って、ソムリエが顔を俯けた。
「……ありがとう。そして無理をさせてごめん」
「大したことではない。気にするな」
「――手持ちに素材があれば、君に特製の霊体回復薬を作ってあげられるのに……」
「まだ全然大丈夫だって」
心配させまいと微笑んで見せると、ソムリエの沈んだ表情は少しだけ明るくなった。
彼女を馬車の中に座らせてから、自動兵器の残骸を回収した。両断したやつはどう解体するか分からないので、そのまま馬車の屋根上に積んで、他の荷物と一緒に固定した。
「ふぅ……後ひと踏ん張りだ」
息を整えて、自分を鼓舞するように言った。そして周りを警戒しつつ、再び馬車を走らせた。王都まではもうあと少しだ。
不幸中の幸いか、先程の地震の影響で公道には警備隊が増えていた。震源に向う騎士団の姿も見かけた。
◆
あれから何事もなく、夕方に王都ソルスターに到着した。中心部にソムリエ以外の乗客を降ろし、俺たちは王宮に向かった。任務の最後はジルに報告することだけだ。
王宮に入る前に仮面を外し、門番に暗号を伝えて通してもらった。
その後、俺たちは案内されて客間に入ると、見慣れた顔が出迎えてくれた。
「おかえり、ヴィルヘルムさん。そして初めまして、イリスヴェールさん。私が作った馬車の乗り心地はどうだったかしら?」
錬金術師ギルドのギルド長、イサベルが挨拶と共に穏やかに手を振っていた。
「君は……ノースクレイリアから逃れてきた、錬金術師の名門フロストシュタイン家の令嬢か。ええ、乗り心地が最高で全然疲れなかったよ。……立体映像操作インタフェースなんて遊び心を加える余裕を見ると、この国で楽しくやっているようだね」
「それはなにより。ふふ、この国で上手く行ったのはヴィルヘルムさんのおかげよ。でなければ、わたしが故郷でどんな酷い目に遭っていたことか」
イサベルがここにいるってことは、彼女が秘密プロジェクトの担当者ということになる。だから雇われた技術者を知っていてもおかしくないのだが……。
「ソムリエはイサベルのことを知っていたのか」
「来る前に調べたんだ。王都のギルド長のことは知っておいて損はないからね」
「ギルド長の情報は錬金術師協会の名簿に記録されていて、錬金術師にのみ開示されるからね~ ところで、ソムリエは偽名?」
イサベルは小首を傾げて、その疑問を投げた。
「それは説明すると長くなるから、またの機会にゆっくり話すよ。改めて自己紹介するわ。私はフェリシア・イリスヴェール、ゴールドランク錬金術師で、特長は解析と対策。気軽にフェリシアって呼んでほしい」
「わたしも、家名よりはイサベルって呼んでほしいな。よろしくお願いするわね。フェリシアちゃん」
フェリシアか。良い名前だな。
「君も、フェリシアって呼んでくれるよね?ヴィルくん」
「分かった。これからもよろしく、フェリシア」
「ヴィ、ヴィルくん!?」
俺がソムリエ改めてフェリシアに応えると、イサベルが驚きの声をあげた。
そして彼女がすっと近づいてきた。
「ヴィルヘルムさん、それでいいの?エレナちゃんがやきもちをやかない?」
「何か誤解していたようだが、エレナがやきもちをやく理由はどこにもないぞ。友人は皆そう呼んでいるから、イサベルにも俺のことをヴィルと呼んでほしい」
「う、そこまで言うなら……分かったわ。……ヴィルさん」
もじもじしながらもそう呼んでくれるイサベル。
「あのエレナってもしかして、ヴィルくんと契約している錬金術師ちゃんのこと?」
「その通りだわ。我がギルドの新人エレナちゃん、まだシルバーランクだけど将来有望な子なの」
「フロストシュタイン家の人間が称賛するほどの才能か。これは興味深い……」
イサベルはエレナのことを高く評価していたよな。錬金術の歴史に刻むかもしれないとか。
「しかもエレナちゃんはものすっごく可愛いわよ!ね~ ヴィルさん」
「本当?」
「えっと……」
そして二人の視線を一身に受けてしまう。
「それはもうメロメロになるくらい可愛いと思っているはず。エレナちゃんと一緒にいる時は今よりずっと柔らかい表情を見せているよ」
そうだったっけ……。当たり前だけど自分の表情には気づかないからな。
「ヴィルくん本人の感想を聞きたいね」
イサベルは穏やかでお茶目な微笑みを見せて、フェリシアはニヤニヤと笑っていた。
どう返事すべきか悩んでいるところ、客間のドアが開かれて、ジルバルド王子とクリスティーナが入ってきた。
俺は反射的に礼をしたが、他の人が礼をする前にジルが片手を軽く挙げて制した。
「礼は不要だ。ヴィルヘルムとイサベルはこの国に多大な貢献をしている。そしてフェリシア・イリスヴェールは国運を左右するプロジェクトに関わる技術者。むしろ感謝のあまり私が頭を下げたいくらいだ。遠路はるばる、よく来てくれた」
「王子殿下のお言葉、光栄に思います。このプロジェクトを成功させるべく、全力を尽くす所存です」
ジルの謙虚さに一瞬驚いたが、フェリシアはすぐに冷静に返事をした。
「ああ、貴女の活躍を期待している」
すると、クリスティーナは口を開いた。
「殿下、フェリシア様とイサベル様のことは私に任せてください。フェリシア様をお部屋まで案内してから、会議室でプロジェクトの詳細を説明します」
「頼んだぞ。クリス」
客間を出る前に、フェリシアが振り返って話しかけてきた。
「こちらが落ち着いたら、一緒に食事でもしましょう。その時はエレナちゃんも連れてきてね」
「約束するよ」
満足して頷くと、フェリシアは他の2人に付いていった。
「さてと、ヴィル。こうして面と向かって話すのは久しぶりだな」
「確かあの夜会以来だったか」
ジルの表情が和らぎ、友人に話すような口調になった。
「まあ、でも長く引き止めるのも悪いから、報告は手短に済ませてくれて構わない。家で待っている人がいるだろう?」
「分かった」
俺はこの数日のことを掻い摘んで報告した。
「――以上だ」
「ルナエからの報告も受けたが、あの尖兵の登場は予想外だったな」
「今回のことで、俺はまだ精進するべきだと痛感するばかりだ」
「ヴィルが万全な準備をしていたら、その敵を容易く倒せていたと思う」
ジルが事実を述べるように淡々と言った。彼は人を見る目があるから、その言葉が偽りだとは思えない。それでも、少々現実感に欠ける気がした。
「報告によると、その魔駆動軽装甲は体に途轍もない負担をかける代わりに、短期的な爆発力を得られる仕組みだ。使用者の命を削る兵器とは忌々しい」
使用者への負担……。
「あの尖兵の様子は?」
「まだ意識が戻っていないらしい。情報を聞き出した後、ルナエがきちんと処分しておくから心配は無用だ」
「……有益な情報が得られることを祈る」
逃げられたら復讐の心配があるし、ルナエにもディビジョンDに甚大な被害を与えた仇敵を生かしておく理由はない。
俺としても禍根は残したくないから、それを聞いて安心した。
「ルナエといえば、あの双子は大丈夫?」
「彼女たちは療養中で、母上が見てくださっている」
「王妃陛下が?そっか……よかった」
かなり深い傷を負っていたから、傷が治っても本調子になるまではあと少し時間がかかるだろう。
「結果として、ヴィルの決断は正しかった。母上はその行動に感謝している」
「いや、俺が勝手に動いただけで、感謝されるようなことじゃ……」
むしろ自分の独断を咎められなかったことにほっとしていた。
「サルヴィアとメリス、あの双子は母上が気に入っていてな。どうやら、他国に訪れていた時に保護した『存在しない王女』らしい」
「ちょっと待って、あの二人が王女だった?」
「ああ、その国では、双子は魂の半分しか持たないとされ、不完全な人間として忌み嫌われているらしい。そのため、王室は二人の存在を公にすることなく、ずっと隠していた。母上はそこの王妃に懇願され、彼女たちを引き取ったという訳だ」
「そういう事情があったのか……」
あの国の王妃がそう懇願したのは、双子が始末される可能性があったからだろうな……。
「別に侍女として働いてもよかったが、本人たちの希望でルナエのエージェントになった。その結果、双子の持つ特殊性がルナエの活動に大いに貢献している」
「双子の感応能力かな」
「ああ、同じ夢でやりとりする能力は非常に役立っている」
「それって……!」
お互いの状況を何となく感知できるだけじゃなく、そんなこともできるのか。
「そう、傍受される可能性がゼロの、これ以上ない安全な情報共有方法だ」
二人が重宝されている理由は納得するし、そんな優れた人材を失いたくないのも分かる。
そこで不意によぎった考えをそのまま口にした。
「なあ、ジル。『同調』をした者たちもそのようなことができると思う?」
あの古式錬金術のお守りはエレナしか発動できないとフェリシアが言っていた。しかしそれはエレナが俺の危険を察知できることが前提で……。
ジルが少し目を丸くした。
「私たちもその可能性を考えていた。クリスは双子の感応能力が『同調』の一種ではないかという仮説を立てている。しかし最近手一杯でまだその検証できていない」
「確かに建国祭と秘密プロジェクトで忙しそうだな」
「お互い、何か分かったら情報を共有しよう」
「分かった。そうする」
「他に聞きたいことは?」
ジルはちょっと眉間をちょっと揉んでから言った。悩み事でもあるのかな。
「任務に関して特にないけど、国運を左右するプロジェクトって……。王国は何か問題に直面しているの?」
「まあ、遺跡のことで少々……いや、かなり大きな問題が発生している。ヴィルはカエレスティス――」
キーン。
「ぐっ!」
それはジルが話している途中だった。
突然耳鳴りがして、その直後に苛烈な眩暈と頭痛に襲われて倒れそうになったが、ジルが体を支えてくれた。
「ヴィル、大丈夫か?」
「ちょっと眩暈がしただけ」
「やっぱり無理していたんだな。お前はいつもそうやって強がって……。遠征の時もそうだったじゃないか。あの時は大変なことになってたぞ」
「すまない……」
「王国の問題はまた今度にしよう。お前は早く休んだ方がいい。どうする?王宮の客室を貸そうか?」
俺はしっかり立ち直り、頭を横に振った。
「気持ちだけで十分だ。今日中に家に帰るってエレナと約束したから、心配させたくないんだ」
窓の外を見ると、太陽が沈み切ったが、空にはまだ少しオレンジ色が残っている。
「分かった。また魔道具で連絡しよう。ヴィルは気をつけて帰るんだぞ」
頷いて見せてから、俺は静かに客間を後にした。
◆
王宮を出てから、任務から解放された俺の思考は一転し、考えることはただ一つ。
家に帰りたい。家で待っているエレナに会いたい。それだけだ。
一躍して屋根上に着地し、そのまま飛び移るように自分の屋敷に向かって走り出した。
屋根を伝って最短のルートを辿ったおかげで俺はすぐに貴族街にやってきて、家の前に到着した。
暮らし始めたばっかりの頃と違い、なぜか今はもうすっかりこの屋敷を家だと認識している。
「ふぅ」
深呼吸して、少し乱れた服を直して、俺はゲートをくぐって屋敷の正門を開けた。
真っ先に目に飛び込んだのは可愛くてとびっきりな笑顔だった。
「お帰り、ヴィル!」
その笑顔を見た瞬間、俺は心身ともに緩んだ……。緩んではいけない時に緩んでしまったのだ。
エレナ!
しかし、それが言葉にならず、俺の意識は闇に落ちていく。
「……ヴィル!?ヴィル!!!」
最後聞こえたのは、必死に俺を呼び続ける微かな声だった。
金陽と銀月の契り~元騎士が錬金術師を拾ったことで始まる物語~ 時川 @Tokigawa111
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