ソムリエの訳
馬車が整備された公道を走り、俺は御者席で揺られていた。
昨日はいろいろあったが、ルナエのエージェントとソムリエのおかげで無事乗り越えられた。
「ふう……」
それを実感するように深呼吸して、手元に目を落とした。
手のひらに乗せていたのは壊れた魔導銃。あの最後の一発でバレルが破裂して銃身にまでひびが入った。
この子も功労者だったな。
そう思いながら、銃身の亀裂を撫でる。
今回の任務、俺一人の力では足りなかったとよく分かった。
ジルのようなセイント級の戦士なら、あの尖兵を容易く倒せたはずだ。俺の場合、強敵を相手にするには、敵の弱点や武器との相性を考え、最適な武器を持っていないと優位に立てない。例えば昨日は対装甲鈍器を持っていれば、もっと効率的に敵の体力を奪えていたのだろう。
それと、肉体と霊体の持久力を鍛える訓練をしないとな。あのように異常に魔力が湧き出す状態と、限界を越えた身体強化は、今の体では扱いきれないのだ。
「難しい顔をしているね」
馬車から出てきて、ソムリエが隣に腰を下ろした。
「もしかして昨日、夜這いされて疲れが取れなかったりして?」
「まさか、ご冗談を……」
「あの娘たち、君に興味津々だったよな」
昨夜、ルナエの厚意に甘えて彼女らの拠点で一夜を過ごした。仇敵を捕まえてやったからか、エージェントたちから熱烈な歓迎を受けた。
ディビジョンDのリーダー、D1によると、イカルスの毒牙にかかったエージェントは4人いた。死ぬまで拷問と屈辱を受けた後、遺体は貿易都市の近くにある川に流された。まるでルナエを挑発するかのように……。
そして敵の不手際か、奇跡にも4人目は生き残って救助された。それ以来ディビジョンDは奇襲を対策できるようになったが、敵の情報源はまだ把握していないらしい。だから昨日の出来事は彼女らにとって大きな進展になるだろう。
昨日見せてくれた活気と笑顔は、おそらく数か月ぶりのものだろうな……。
「あれは、味方を苦しめていた敵が捕まって、テンションが上がっていたのかもしれないな」
「フルーツを食べさせたり、マッサージと言って肩と腕をペタペタ触ったりするくらいに?」
思い返せば、ソファーで寝てもいいと言ったのに、わざわざ部屋を用意してくれたものだ。もしかしたら本当に夜這いされる可能性があった?いや、冗談だよね。
ソムリエがニッと笑って俺の顔を見つめた。
どう考えても俺をからかっている……。
「ん?護衛さん、あれは……」
どう返事すればいいか悩んでいたところ、遠くからホーンの音が聞こえた。
「大型輸送車両が通ります。皆様に道路の端に止めていただけるよう、ご協力をお願い申し上げます」
車両の正体を確認するまでもなく、俺はすぐ馬車を道路の端に止めた。この広い公道の幅をまるごと使う車両は限られている。
「王国軍の輸送隊だな」
「公道の作りで分かったけど、やっぱりこの国も自動車を利用している」
「ただ、運用コストと安全性の都合で軍事用途限られているのだ」
「皆そうだね」
先導車両といくつの輸送トラックが横を通り過ぎた。それらは横幅が特別広いわけではなかったけど……。
「わあ~ あれはなに?」
テレサがキャビンから体を乗り出した。彼女の視線の先には、輸送隊の真ん中にある大きいトレーラーだった。
「あれは魔駆動重装甲とそれを運ぶ専用の車ですよ」
「まくどう?そうこう?」
「国を守ってくれる鋼鉄の巨人みたいなもので、人がその中に入って操るんです」
貿易都市の城門を守っていたのを見たけど、あの時テレサが疲れて寝ていたよね。
「なるほど、すごい!」
なるべく子供にも分かるように説明したら、テレサが目を輝かせて頷いてくれた。
「わぁ~」
そしてテレサがパッと笑顔になり、ぴょんぴょんと小さく跳ねながら手を振った。
目を前に戻すと、仰向けの魔駆動重装甲の上に操縦者が乗っかって、自信溢れた笑顔でこちらに手を振っていた。わざわざ上に乗って颯爽な姿で皆に挨拶するのは、王国軍が民にアピールするためのPR戦略の一環なのだろう。
テレサの反応を見る限り、それはちゃんと効果があると思う。
そして最後尾の車がすぐ隣に止まり、中の軍人が礼儀正しく感謝を述べた。
「ご協力、感謝申し上げます」
「いいえ、お礼を言われるほどでは。あの、貿易都市方面に何かありました?私たち、ちょうどそこから来たところで」
世間話としてさりげなく聞いてみた。国境貿易都市はすでに重装甲歩兵二体配置されていたが、さらに二体が増援しに行っている。言うまでもなく、昨日の事件で警戒を強めたのは確実だ。
「はい、ドラゴン出没するとのお知らせが入りました」
「ドラゴン……」
どうやら、そういうことになっているらしい。
「それと最近地震が多発しておりまして、未発見の遺跡から旧時代の遺産が現れてしまう可能性もあります」
「……それは怖いんですね」
「どうぞご安心ください、ソラリス王国軍が皆さまをしっかりお守りします!それでは、失礼します」
彼が一礼すると、輸送隊に戻るべく車を走らせた。
「……あの尖兵のような敵を想定して、重装甲兵4体を配置するのは正しい判断なんだね」
馬車が走り出してすぐ、ソムリエがぽつりと言った。
「それ分かるのか」
「ええ、錬金兵器の運用はそれなりに知っているつもり。魔駆動装甲――軽装甲の場合は個の力の底上げで、重装甲は錬金兵器を搭載するプラットフォームだ。重装甲の火力では大型の敵、敵の群れ、さらには防御施設に対して有効だけど、軽装甲みたいな小回りの利き、敏捷性ある敵には苦手だよ」
「だが軽装甲の兵器も重装甲に効きにくいはず」
「その通り、ただし、肉弾戦すれば一応重装甲の弱点を突くことも可能だから、牽制役がいた方が安心できる」
「なるほど、ごもっともだな」
あのような軽装甲相手に、おそらくこれが一番被害を抑えられるやり方なのだろう。王国軍の場合は敵を討つより、被害が出ないように国境を守る方が大事だからな。
「それにしても、技術の差異を感じるね」
「やっぱりそうなのか」
模擬戦で王国軍の魔駆動重装甲と戦った経験があるからこそ、俺もその違いを実感している。
ソムリエはちょっと考え込み、質問を投げてきた。
「この国は軽装甲の運用状況はどう?」
「有意義な戦力にするには、まだ安全に魔駆動コアを小型化する技術が足りないらしい。現状はまだ軍人の生身よりそこまで強くない」
「冗談でしょう、と言いたいけど……、昨日のあれと互角と戦える護衛さんを見たから納得するしかない。この国の平均戦力が高そうだね」
呆れたような顔をするソムリエ。
国土の大きさに対して人材が充実しているから平均戦力が高いわけで、もし西の帝国みたいな大きさだったら絶対足りていなかった。
「コホン、実は軽装甲の運用には、健康に悪影響を及ぼす問題がある。だからこの国の運用状況を聞いてみた」
「健康に悪い?」
ソムリエは視線を前に戻して説明を始めた。
「魔駆動技術は量産に向いている技術だけど、魔力変換効率が悪くて、質の悪い魔力が漏れ出るんだ」
エレナから聞いたことがあるけど、コア以外のパーツはシルバーランクであれば誰でも作れるから、魔駆動技術の量産性はそこから来ているだろうな。でも魔力変換の問題は知らなかった。
「そして、魔駆動コアが小さいほど、それに反比例して漏れ出る魔力が増え、半減期も長くなる。対策はあるものの、高出力小型コアにはまだ技術的なハードルが高い」
『半減期』という単語はクリスティーナに教わった。つまり、それが長ければ、自然消滅するまでの時間が長いということだ。
「それで健康に悪い……。あ、もしかして異質魔力の拒否反応?」
「ご明察」
俺が理由を当てられたからか、ソムリエは楽しそうに笑った。
「しかも、魔駆動コアの劣悪な魔力は、人間同士の魔力よりも、さらにひどい拒否反応を引き起こす。もし長時間それに晒されると、体に後遺症が残る可能性があるんだ」
「そうなのか……」
「だから技術の優劣は、そう簡単に評価できるものじゃない。昨日のあれは、あまりにも使用者の安全を度外視するから、良識のある技術者として認めたくないんだ」
イカルスの尖兵が使っていた魔駆動軽装甲は、使用者の安全を顧みない設計だった。その上、体への負担を無視して、治癒薬と強化薬を際限なく投与していた。一時的には莫大な力を得られるが、その力が未来に繋がると俺には到底思えなかった。
なるほど……、おそらく彼女は遠回しに技術の差異について訂正したのだろうな。
それよりも気になったのは、良識のある技術者という言葉を口にした瞬間、ソムリエはどこか寂しげな表情を浮かべたことだ。彼女がかつて所属していた場所で、何かあったのだろうか。
「あ、護衛さん。そろそろ食事処だよ」
俺たちは食事処にやってきた。煙突から白い煙が立ち昇り、中から賑やかな談笑する声が漏れ聞こえた。
ソラリス王国の公道には一定間隔で宿場や食事処が設けられていて、昨日のように野外キャンプで食事を取らなくて済む。
「やった!テレサ、もうおなかぺこぺこだ」
「ぐぬ、今日は私の出番がないのか」
「この国の料理をもっと知るチャンスですよ」
「その通りっす。爺さん」
上機嫌なテレサとは対照的に、サムエル爺さんはしょんぼりと肩を落とした。そして残りの二人は爺さんを宥めた。
馬車旅がまだ続くから皆は控えめに食べて、十分に消化するようにゆっくり休んでいる。
二階のベランダの手すりに腕を置いて、ソムリエが外の景色を眺めていた。俺はなんとなく声をかけてみた。
「どうだった?ここの料理は」
「護衛さん。ええ、美味しかったよ」
「いっぱい食べたよね。錬金術師って、みんな消耗が激しいものなのかな……」
エレナも小柄な印象に反して、よく食べる上に、甘い物も遠慮なく楽しんでいる。美味しそうに食べるその姿が、なんだか愛らしいと思うけど……。
高度な魔法を使う魔導士は、頭を酷使するから栄養を十分に取る必要があると、遠征隊で共に戦ったソフィアが言っていた。錬金術師も同じなのだろうか。
「護衛さん……、本当にデリカシーなしなんだね」
「え?」
「女性に向かって大食いだと言うのは失礼だよ!」
頬を膨らませ、じっと俺を睨みつけるソムリエ。
「いや、そういうつもりでは……すまない」
そう受け取られても仕方ないと悟り、俺は素直に謝った。
するとソムリエがおどけたように笑った。
「ふふっ、ちょっと君をからかっただけ。別に気にしていないから」
「お、おう。それはよかった」
「そうだね。普段あんまり気にしてないけど、今日はちょっとお腹空いていたのかも?」
「そうなのか……」
そこで俺は気になっていたことを聞いてみた。
「ソムリエは錬金術師だよね?他の人がいない時でも『ソムリエ』と名乗るのは不思議に思っていた」
昨日、C11を助けに行った時、二人きりなのに彼女は『ゴールデンソムリエ』と自称していた。明らかにゴールドランク錬金術師のことだが、彼女は錬金術師と名乗ることを避けようとしているようだった。
「どストレートに聞くね。護衛さん」
「あ……、錬金術のことを隠そうともしないからつい……」
もしかして、ただのこだわり以上に、深い事情があったのかもしれない。
「護衛さんの率直なところは嫌いじゃないよ。君なら教えてあげてもいい。……いや、むしろ聞いてほしいんだ」
ソムリエは目を外に向け、景色を見つめながら語り出した。
「ノルヴァ=アグニアス帝国って知っている?そこは私の出身で、技術者として活躍していた場所なんだ」
「ノルヴァ帝国……。傭兵時代に、連合軍に雇われてその国と戦ったことがあるな」
「あちゃ……、そうだったんだ……。もし間接的に護衛さんを傷つけていたらごめんなさい」
「いえ、もうずっと昔のことだから全然気にしていない」
緊張していた表情を和らげて、彼女は話を続けた。
「私は帝国の技術部門で、数あるチームの一つに所属していた。見習いからエリート技術者まで15年も働いていてね」
15歳から見習いとして働き始めたとしても、今は30歳……。
そう思いながら改めてソムリエの容姿を見た。薄菫色の髪に、アメシストのようなきれいな両目。その顔は同年代の女性に見えるけど……。
これまであまり意識してこなかったが、歳を取っても見た目が若いままの人がいるな。先王陛下や陛下、それに騎士団長もそうだった。
「どうしたの?お姉さんの顔をじっと見て。あ、もしかして年齢より若く見えると思った?」
「え?」
俺は仮面を被っているのに、どうやって――
「目を見なくても、呼吸の間隔、顔の筋肉の動きなど、ちょっとした身体言語で分かるんだよ」
「それはすごいな」
ん?結局彼女は20代と30代のどっちだろう。彼女は肯定でも否定でもしなかったから、俺は困惑してしまった。
「ええ、だから15年も働いてきたけれど、誇りを持って錬金術師のブローチをつけられないってことはよく分かった」
本題に入った気がして、俺は黙って彼女の言葉を待った。
「帝国で錬金術師は手厚く扱われるけど、一般人からは友好的な感情を向けてもらえないんだ。私たちの存在は、権力者たちの立場をより堅固にしていると思われているからね」
「でも、日常生活が豊かになったのも、錬金術師のおかげじゃないのか」
「増税に抗議する時、自分に向けられた銃と比べてどっちがより分かりやすいと思う?」
「……」
……ああ、彼女の言う通りだ。
「だからソムリエと自称しているのか」
「半分はね。もう半分の理由は、私はドクターハイゼのような、大人気飲料を発明するのが夢なんだから」
「素敵な夢じゃないか」
「本当?もっと壮大な夢を持つべきだと思わない?」
「ああ、本人がやりたいことが一番大事に決まっている」
「ははっ、ありがとうね」
柔らかい笑みを見せるソムリエ。
「ま、その夢を追う前にまずはソラリス王国での仕事をやらないと」
「そういえば、遥々仕事をしに来たのは?帝国とはいくつの国を挟んでいるはず」
その間の国で彼女を迎えたが、帝国はもっと遠くにあるのだ。もしかして王国がそれほど良い条件を出したのかな。
「……技術部門の上層部に楯突いて爪弾き者になっちゃった。そのせいでチームになかなか予算が降りてこなくて、研究プロジェクトを進められなくなっていた」
「え、どうして」
「実は昔、高出力小型魔駆動コアには健康リスクがあるって注意喚起したことで、すでに上層部にマークされていた。そして最近、非殺傷銃をデザインして治安維持や鎮圧にはそれを使おうと提案したところ、さらに不興を買っちゃった。上層部の者たちは利益を優先するから、使い道が限られる非殺傷武器は金の無駄だって歓迎されなかった」
完全に善意からの提案なのにそんな……。
「上役の人に直談判しに行ったら、ちょうどソラリス王国との取引の話が舞い込んできた。何らかの理由で、王国の浮遊石採掘が止まっているらしい。しかし、帝国はどうしても浮遊石が大量に欲しいから、王国の提示した条件を飲み込んだ」
浮遊石はこの国に豊富にあるが、その採掘が危険なため、安全を重視して産量が抑えられている。
「技術者を寄越せという?」
「まあ、大抵はそういうこと。帝国に残っても嫌がらせを受けそうだし、どの道国を出る予定だったから、その場であっさり承諾した」
「なるほど、そういう事情が……」
しかしソムリエの事情を知ると、新たな疑問が浮かんだ。彼女が上層部にとって都合の悪い意見を言ったために嫌がらせを受けていた。権威への疑念や人間不信に陥ってもおかしくない状況なのに、会って間もない他国の護衛を助ける理由は一体何だろう。
そう考えると、ソムリエは俺をじっと見つめ、その疑問を口に出すのを待っているようだった。
やはり観察力がいいな、この人。
「昨日は本当に助かった。でも、護衛対象なのに危険を冒すまで協力してくれるものなのかなと思って……」
ソムリエがにっと笑った。
「それはね、護衛さんに親しい錬金術師の知り合いがいると分かったから、錬金術師の仲間である君なら信頼してもいいと思ったんだ」
「……いつから分かったのか?」
魔導銃の魔力共鳴で、製作者と『同調』していることがすでに知られている。もしかしたらそれが判断材料になった……?
「実は最初の夜から分かったんだ。君と爺さんの会話で」
あの夜、爺さんとの会話とは……。
俺は裏ポケットからお守りを取り出した。
「そう、君が大事にしているお守りと纏っているマントが同じ錬金術師の手によるものだと分かっていたよ。錬金術師はそれぞれ独特なクセがあるからね」
見るだけでそこまで分かるなんて……。これがゴールドランク錬金術師の鑑定能力か。あまりのすごさに、驚きを禁じ得なかった。
初日で分かったとなると、その次の日は知らないふりをして聞いていたということか。
「さ、さすがはゴールドランク……」
「それで、彼女はどんな人?かわいい?どうやって知り合ったの?」
目を輝かせて質問責めするソムリエ。出発までまだ時間があるからこれは逃げられない。
「真面目で努力家の子だよ」
「うんうん、努力は立派な錬金術師になるのに欠かさない素質だね。それで、かわいい?」
やっぱりその質問は回避できなかった。可愛いかどうかって……。
「ふむ……」
エレナがちっこいと思いきや、……女性らしさと思わせる部分があるし、少し幼く見える顔立ちで、楽しい時は屈託のない笑顔を浮かべるが、錬金術のことになると知性を感じさせる顔を見せる。よく思えば、彼女は本当に不思議なのだな。
「どちらかと言うと――」
水族館に遊びに行った日を、一緒に記念写真を撮った時の笑顔を思い出した。
「やっぱり可愛いと思う」
「ほほぉ~ それで、馴れ初め――じゃなくて、邂逅は?」
……やっぱり面白がっているじゃないか。
でも、ソムリエの事情を聞いた以上、俺も誠意を持って応えるべきだと思った。
「あれは春のとある日だった――」
俺は屋敷の前でエレナを拾った事情を、かいつまんでソムリエに話した。もちろん二元魔力のことは伏せておいたけど。
「……なるほど、そうやって仲良くなったんだ」
うんうんと頷くソムリエだが、すぐ頭を傾げた。
「でも、困っている子を助けたい気持ちは分かるけど、同居まで許しちゃうものなの?」
「やっぱりそう思うよね……」
その疑問を投げかけてきたのはソムリエだけじゃない。カールたちに事情を説明する時も似たようなことを聞かれた。
「知り合いに聞かれて気付いたけど、あの時俺は感情任せに決めたのだ。どうしても彼女を放っておけないという気持ちで……」
他の人だったら同じことをするとは限らない。俺は聖人君子じゃなくて、あくまで自分の感情に従っていただけだから。
「いいじゃないの?それで」
「え?」
「さっき言ってくれたじゃない。自分がやりたいことが一番大事って。護衛さんの場合も同じよ。その気持ちをもっと大事にしよう」
「俺の気持ち……」
「ええ、君を動かすその強い気持ちと向き合えば、きっと何かを得られるはず」
気持ちと向き合う……。そうだな。戻ったらゆっくり考えよう。
「ああ、そうする」
満足そうに頷くと、ソムリエは視線を俺のマントに向けた。
「……にしても、君のために錬金術師ちゃんはすごく頑張ったよね。長剣と魔導銃は手抜きのない品質だし、そのマントを作るのに精神力と魔力を著しく使うはず」
マントを編んでいた時、エレナは疲れてソファーで寝落ちしていたな。
「そこまで分かるのか」
「まあ、上級錬金術を使えば楽だけど、彼女はまだシルバーランクだから、地味で骨が折れるやり方でやるしかないんだよね」
「苦労させたよな」
「本人がやりたいことなら、いいんでしょ?」
「まあ……」
エレナが自発的にやったことだとしても、すごく心配させたからやっぱりどこかで苦労させた気持ちはある。
「しかもそのお守り……。すみません、もっと近く見せてくれない?」
「ああ、どうぞ」
ソムリエは顔を近づかせてきて、掌に乗せているお守りを凝視した。
「これ、やっぱり古式錬金術の道具なんじゃない?」
「このお守りが、錬金術の道具だった?」
「私も発動したところを見るまで気づかなかったから、きっと作った本人も知らないと思う。このお守りは昨日渡したプロテクターと似ている機能があったんだよ」
「昨日、俺が重傷を受けずに済んでいたのはそのおかげか」
「そうだと思う」
あの時、裏ポケットが光っていたから、もしかしたらと思っていたけど、まさか本当に……。
「古式錬金術はかの大戦前でも、詳細に記録されなかったようだ。その理由はおそらく、今の錬金術と比べて、再現性が悪いため効果が安定しないことだろう。しかし、誰でも作れる利点があった」
「誰でも?」
「例えばこのお守りの袋は、特定の材料とパターンで編むことで、雪中烈華のとある特性を増幅させることができる。手先が器用な人なら錬金術知らなくても作れるよ」
確かにそれなら今の錬金術よりハードルが低い。
「そして起動させるには……。あれ?触媒は何だったんだろう……。護衛さん、お守りの中、花びら以外にも何かあったよね?」
「彼女の髪の毛も入っている」
「古式錬金術の触媒としてはありだね。……でもそうなると、このお守りは彼女が主動で発動させるしかないはず」
「ああ、俺の意志でやった覚えはないな」
「うーん……。じゃあ、君の錬金術師ちゃんが、君の危険を察知して、無意識にお守りの効果を発動させたのは?」
「そんな都合のいいことがあるのかな」
あんなに遠く離れているのに、危険を察知して、遠隔で発動させる手段があるとでもいうのか。
「でも魔導銃の件もあったし、可能性はあると思わない?」
「『同調』の影響か……。確かに絶対にないと言いきれない」
何にせよ、『同調』はまだ謎が多いし、予想外の効果がもっと他にあるかもしれない。
「そう、私は現状把握している情報を分析して、その結論に辿り着いただけ。もっと詳しいことは彼女の話も聞かないとね」
「ああ、今考えても仕方がないと思う」
返してもらったお守りを裏ポケットに入れて、これ以上深く考えるのをやめた。
「ますます君のところで働いている錬金術師ちゃんに会いたくなってきた。どうやら面白い人っぽいし」
「彼女が少し人見知りなところがあるが、歓迎するよ」
ゴールドランクの先輩と交流できて、エレナもきっと喜ぶだろう。
そして昼休みが終わり、皆がしっかり休んだ状態で再び出発した。
◆
「――という感じで、マテリアル圧縮ができるわけ。でも護衛さんは収納魔法を使うから、そんな機能は無駄だよね」
「確かに、空間魔法の消耗は大きさより、重量に影響されている気がする」
「というか、虚体の影響も大きいよ。空間魔法の消耗は、対象の実体と虚体を構築するマナ総量によって決まるから」
「そうだったのか……」
馬車旅が続き、俺はソムリエと雑談していた。あと数時間で王都に着くところだけど、そんな時だった――
ゴゴゴゴ――!
地面が唸りをあげ始めた。
次の瞬間、馬車が大地と一緒に揺られている。懸架装置のおかげで揺れは激しくはないが、荷物が屋根上の荷物がガタガタと音を立てて、俺は馬車を緊急停止させた。
「これは地震?」
隣にいるソムリエは落ち着いた口調で聞いた。やっぱりしぶといなこの人は。
「ああ、しかも震源はすごく近い」
横揺れがほぼ同じタイミングで来たから震源は1キロも離れていないと推測した。
キャビンの中を確認すると、テレサはサムエル爺さんに抱きついて目をぎゅっと閉じ、彼に静かに宥められていた。他の二人も緊張した面持ちになっていた。
大丈夫だろうと確認し、俺は運転席から降りて、地面に手を当てた。
「護衛さん、何をしているの?」
「震源の方向を確認している」
これは偵察の基本として叩き込まれた技術だ。魔法で感覚を増幅し、震動源の方向と距離を推測することができる。
「結果はどう?」
「……前方だ」
運悪く、震源はこの先にある。地震の原因が遺跡だとしたら――
「旧時代の遺産が出てくるかもしれない。慎重に進もう」
「旧時代の、遺産!」
その言葉を聞いたソムリエはむしろ目を輝かせ、テンションが上がった。
「危険だから勝手な行動をするなよ!」
「はーい」
さてと、鬼が出るか蛇が出るか。面倒なことだけは勘弁してほしいのだ。
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