第43話 エピローグ ~ありがとう~
――それから、1ヶ月が過ぎた。
クリムトゥシュに平和な日々が漫然と流れゆく。
防衛力を損なったと言っても、ムゥジュに蔓延る魔物軍団の方も頭領を失ってすっかりおとなしくなり、現状、襲撃してくる気配が無いそうだ。
シェリラさん曰く、この平和さは100年来だろうとか何とか。クゥナの魔法力が戻り、国力回復の目処が立ったら他国との交易を再開出来るとも言ってた。
星の数ほどいる魔物は全体の数としては、あれしきではビクともしないそうだけど、ユキナの願いは魔王の遺言とは裏腹に、それなりに叶えられたのかもしれない。
で、僕はというと、第2王城で膝を抱えてユキナの到来を待つ、焦らしの日々を過ごしていた。
定例行事として彼女は10日に1度くらいは遊びに来てくれる。
お茶を飲んだり、城内の水回廊や中庭限定だけどデートもできる。難を言えば監視の、本城から派遣されたユキナ付きのメイドさん達が一緒だということ。
手も繋げないなんて……あう、3ヶ月って長いなぁ。
そしてユキナとのこと。正式に承諾することにした。
実情もよくわかったし僕はユキナのことが好きだし、とりあえずムゥジュに留まりいずれ【儀式】というものを受けるという運びとなるだろう。
そうだね。ユキナとのいろいろ正式な事はその儀式とやらを終えてからの方がもっと落ち着いて関係を作れそうだ。その間にムゥジュやクリムトゥシュのことをもう少し知るのも良いかもしれない。
ただ、100日を過ぎればあっちで半日が経ち、僕がいないことが大騒ぎになってしまうのが気がかりだったんだけど、クゥナから、クリムトゥシュ中より僕のそっくりさんを探し、影武者に立てると連絡があった。影武者って、あんたね。
まあ影武者さんに悪いから向こうで何日かだけ【涼壬桂嘉】をやってもらって、その間にその辺りをどうするか考えよう。
で、そんな連絡はくれるクゥナだけど、あれから1ヶ月。一度も第2王城へ訪れることはなかった。
魔法が使えなくなって移動が不便になったのもわかるし、政務参謀官や監視塔店長として事後処理が忙しいのもわかるけど、あんな大事件のあった後なんだから一度くらい顔を見せてくれてもいいのに。
……と思っていた矢先の31日目。
クゥナが馬車に乗ってやってきた。
★ ☆ ★ ☆ ★
「先生、やりましたな」
ベッドの横に座るクゥナはノート、【ケイカの書6巻】の上縁から逆半月状の目を出した。すごく嬉しそうに。
「……あう、やってしまいました」
っていつの間にノートを!? なんで見つかったんだ。ベッドの裏に隠して置いたはずなのに。
「新シリーズ。【ユキナ姫のプリンセス・コレクション】」。プリンセス・ブラジャー、プリンセス・ショーツ!」
「やめて、見ないで!」
「プリンセス多いけど、そこがまた切れ味いいっスね。姫の下着とタイトル付けつつ靴だけは履かせておくところがまた……。その名もプリンセス・シューズ!」
「もう返せっ!!」
飛びかかって奪い返したくても、彼女の身のこなしは健在、またもやヒョイッと躱されてしまう。
「しかしここからが先生の本気。【ユキナ姫のキックポーズ集♡】」
「だあああああおおうぅぅぅうおおおおおおっ! ぬぅおおおわああああああああああああああ!」
――お願い、そこ駄目。マジでやめて。
「違うんだよ、違うんだよ、それは違うんだよ!」
「うくく、このポーズを姫が見たらびっくり仰天する」
まずぶっ殺されるよ! いや、彼女の性格からして……。ごめんなさい、むしろ何も言わず無表情でひと思いに蹴り殺して。
うぐぅううう。お願い、何でもするからユキナにだけは見せないで。
「違う違う、それ違うんだ!」
「違わない。ケイカはユキナ姫が大好き」
大好きだよ! 大好きだから!
「だから違うんだってば。僕が描いたけど僕じゃないんだ! 夜になると僕の中に潜む悪魔が描かせるんだ!」
「じゃあその悪魔に勲章をあげなきゃ」
「何の勲章だよ!」
あうう、あうう、違うよぉ。僕、僕……あう。なんで描いちゃったんだろう。
「僕、消えます。今までお世話になりました」
「それは困る」
「だったら返せ!」
「それも困る」
クゥナはパタンとノートを閉じて背中にしまった。返す気はないんだ。
うう、久々にやってきた目的がそれだったなんて。
ややあって、クゥナがベッドから立ち上がり、唐突に僕に手を差し伸べてきた。
「ケイカ、改めてお礼を言わせて」
「お、お礼?」
「側室の件、承諾してくれて嬉しく思う。あと2ヶ月くらいだから我慢して欲しい」
「あ、ううん。いいんだよ」
僕は彼女の手を握り替えした。ノートさえ返してくれたらいいんだよ。
ただ、さ。
やっぱりユキナの事については1か月経った今でも思うことがあるよ。
「本当に、こんな僕でいいのかなって」
「いまさら何を言う。こんなもどんなも無い」
「え?」
クゥナが苦笑した。
「あの時、私は諦めていた。ギアスジークの強さが想像を超えていた。薬で回復させた魔力を使って聖鐸秤を回収し、もう3人で逃げるつもりだった。シェリラや兵士達、あの場にいた全員が最後の瞬間を覚悟していたと思う。でもケイカだけは……」
と、そこでクゥナが言葉を切って背を向け顔を俯かせた。
「僕だけは? ……でも?」
しばらくして、彼女は顔をあげて。
「さて、長居し過ぎた。私は本城へ戻る。やる事が山積みだ」
くるりと踵を返してしまった。
けれど、数歩、何か思い出したように立ち止まり「そうそう」横顔を見せる。
「あんまりメイド遊びに夢中になりすぎて、王女を泣かすのは勘弁してあげて?」
「しないって! もうしないから!」
「だけど欲求不満の妄想をガンガン描き連ねるケイカのままでいても欲しい」
「どっちだよ!」
するとクゥナはイジワルそうにクスッと目を歪め、「どっちでもいい」と僕の方へと、くるんっと向き直り、
「――ケイカ、ムゥジュに来てくれてありがとう」
年頃の、少女がそうするように、クゥナが笑った。
【蒼炎のユキナ姫と聖剣をもった僕 ~ユキナの願い~ 】 了。
最後まで、お読みいただきありがとうございました☆
ユキナ姫とケイカ君の続編が書けると嬉しいです!
その時はまた、よろしくお願いいたします!
著:小空Q
蒼炎のユキナ姫と聖剣をもった僕~ユキナの願い~ 小空Q @kosora
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