第42話 ユキナの願い ~ケイカだからいいんだよ~


「――ね、もう終わりにしない?」


 ユキナが魔王に言った。


「この戦いはどっちが勝っても、もう不毛だよ」


 地上を唖然と見つめていたギアスジークが彼女の方へと目を移す。

 魔物は数を減らした。人間側もここまで来たら最後の一兵まで戦う。お互い得る物のない泥沼な戦いもいいところだ。


「スターシャイン、プリンセス・ユキナとか言っていたな」


 魔王が彼女の問いかけを伏すように笑みを浮かべる。


「お前の力は俺より上だ。しかし、いつか俺にもその力が出せるかもしれんぞ?」


 するとユキナは拳を下ろし、「かもしれない」


「けどそれはどうかな。この力は皆が――ケイカがくれた力だから」


 そっと自分の胸に手を当て。


「だけどその時が来るなら、私は貴方とは1対1で戦う。あなたの言う通り一人で戦うから」


 あははと、ユキナは力なく笑った。自分へ向けるような声色で。


「こういう事を言うとまたクゥナに叱られちゃうかな…。でも、こんなことをした貴方はもう許せない。許せないから、お願い。皆を連れて逃げて欲しい」

「面白い事を言う女だ。命を賭して戦った兵共が聞けば怒るぞ」

「怒るけど、続けても犠牲が増えるだけだよ。もう来ないって約束してくれるなら」


 また魔王が笑った。拳を固め、彼は続行の意志を示し。ユキナは睫毛を伏せた。


「その強さに敬意を払い教えてやろう。願いは無駄だ。我々の食糧問題は常に深刻だ。生きる術は俺がお前を殺し、後ろにいる人間共を捕えて糧とするのみ」

「……………………」


 ユキナも拳を握りしめ、静かに構えをとる。

 そして、二人の拳が交差した。

 勝負はほんの一瞬。籠手を付けたユキナの右拳がギアスジークの先に顔面を捉え、粉々に打ち砕いた。

 残された胴体に向かってユキナは指で鉄砲の形を作り。


「――エクス・リブ・ソリューシュ」


 指先から炎が発射され――戦いは終わりを告げた。




     ★    ★    ★




 司令塔のギアスジークを失い、頼りの神器は通じず、大型の空中戦力も軒並みユキナに倒されてしまった魔物達はどうすることもできず、我先にと逃げ出していった。

 クリムトゥシュの奇跡の勝利だ。

 しかしユキナが言った通り勝って得る物なし。王城側に追撃の余力なんて残っておらず、魔物が退いてから休憩もそこそこに、兵士達もシェリラさん達侍女も総出で後片付けにてんやわんやな大騒ぎになっていた。

 破壊した大半はクゥナの魔法によるものだけど、瓦礫の殆どを異次元に吹っ飛ばしてくれたのが不幸中の幸いという凄まじい状況である。

 本城の至る所に篝火が焚かれ、作業は夜通しの突貫になるそうだ。取り急ぎ破壊された城壁の修理や、バリスタなどの防衛設備を設置するらしい。よって、


「祝勝の宴は10日後になるみたい」


 僕の傍らで、着替えを済ませて部屋に戻ってきたユキナがそう言った。

 2人でベランダの上から彼等の作業を見守る。猫の手だって借りたい時なんだろうけど、ユキナは激戦の後だし、僕には蟻ほどの力も無い。

 それに、


「一緒にいて欲しい」


 腕を組まれて、そんなこと言われたら僕は動けなかった。湯浴みも済ませてきたのかほんのり甘い、イチゴのような香りが僕の鼻孔をくすぐっているのもさることながら、腕が上着越しにでもユキナの温もりの双球に挟まれているのだから動けようはずもない。


「……自分でも信じられなかった」


 彼女が使える数少ない魔法のひとつ【フレイジング・リブ・バースト】は雑念を払い、性格に抑制されている闘争本能を引き出すものだとか。しかしそれも二つ目の変身、金色のモードが最大だとも教えてくれた。最大というか、知ってる人から言わせると今の薄桃色の髪をした状態こそが変身で、あっちが本来の姿だそうだけど、


「あの力がいつでも出せたら、もう皆をこんな目に遭わせずに済むのに、ね」


 部屋に戻ってからこっそり三つ目の変身を試したユキナだが輝くことはなかった。僕もマジカルステッキを振ったけど駄目だった。


(あう、ユキナの前で恥ずかしい)


 ユキナもユキナで変身失敗で恥ずかしそうにしてた。ステッキの電力不足だろうか。

 変身ごっこをしたのをユキナも思い出したのか、頬を染めて僕の腕に顔を埋めて……今に至る。


「す、すっごく格好良かったよ」

「…………………………」


 こんな感じに会話も失敗し、二人して黙り込んでしまう。

 何か言わなきゃって思うと、また言葉が出なくなった。話したいことや伝えたいことがいっぱいあったはずなのに。

 僕の話じゃなくても、彼女の言葉でも良かったのだが、ユキナはただ僕の腕にしがみついて顔を埋めてばかりで、何にも喋ろうとはしなかった。


(僕から話さなきゃ駄目だ……)


 そう心に決め、息を吸い込むと。


「ユ・キ・ナ! ユ・キ・ナ!」

「ケ・イ・カ! ケ・イ・カ!」


 ――階下から、作業に徹する兵士さん達の謎の掛け声が聞こえてきた。


「がんばれ、ユキナ姫ぇ! がんばれ、ケイカ殿ぉ!」

「がんばれ、俺たち!」


 うぐ。うぐぐ。

 変なものが流行している。改めて聞かされると恥ずかしいからやめて!

「……クス」腕の中からユキナの笑みを漏らす声がした。


「あの時。ケイカがいきなり私を呼ぶからびっくりしたよ」


 すっごくびっくりした、そう言葉を続ける。

 そりゃそうでしょうな! 気が散って大惨事にならなかったことが救いです。


「嬉しかった」


 ぽつりと彼女は呟いて、それから僕の袖に頬を……擦るように動かした。


「私は何があっても皆を守りたいって戦ってた。お父さんもお爺ちゃんも、その前も、ずっとずっと皆そうして戦ってきたんだからって思ってた。そう、教えられてた」

「う、うん。そ、それがユキナの仕事だもんね」


 不意にユキナが、やや強引に僕の腕を引っぱる。あっけなく態勢を崩した僕のすぐ下に、おでこを押し付ける彼女の薄桃色の頭があって。

 そして。


「でも、ケイカが私と一緒に戦ってくれるって……言ってくれた」

「………………」


 全身が震えた。伝わっていた。

 震えるほど嬉しかった。叫んだ言葉に込めた想いがちゃんと伝わっていた。

 どんな会話や言葉より、彼女と通じ合うことが嬉しくて、仮面を失って剥き出しになった生身の心が震え始める。

 僕の胸に宛がわれたユキナの手が震えていた。


 魔物を相手に大立ち回りしたこの女の子の手は小さく、儚いほど繊細そうだった。

 触れ合うだけで彼女の震える理由がわかってしまう。

 彼女の頭に手を載せると、その震えが止まった。


「……ケイカ、ごめんなさい」


 ユキナは肩から手を滑らし、僕の背中に回し、その身体を預けてくる。


「僕も、ごめん!」


 僕もまた、彼女の腰に腕で支えて、抱きしめ合う形になった。

 なんで僕達は謝り合ったのだろう。

 抱きしめさせて欲しい、許可を得る言葉もなく先に行動してしまったからか、でも、それがユキナも同じ気持ちだったら嬉しいとも思った。けれど、


「………………?」


 ユキナが固まった。


「……あ」


 ユキナは自分のお腹辺りに何か引っかかりというか、違和感を感じて体を小さく揺する。あう、あう、何故こんな時に聖剣が。しかも勝手にっ!?

 ユキナが避けようと体を動かしても、凶刃は負けじと鋭さを増し、彼女のお腹を追いかけるように当たっていた。


「ご、ごめん、ほんとうにごめん、ユキナ!」

「う、ううん!」


 ユキナは逃げるのをやめて、ちらっと目を下に落とし、頬を赤らめた。


「こ、これ……ケ、ケイカの……?」


 み、見ないで!

 何で僕にこんな変な物がついているんだろう。子供の時から、生まれた時から勝手についてるんだ。僕のせいじゃないよ。しかし罪の在り処はともかく、この場では剣は剣でしかなく、凶器であり、所持するだけでも罪な気がしてくる。


「そ、その……」


 ユキナが僕の様子に気づいて、気遣うように顔を横に背けてくれた。

 なのに、彼女はこんな野蛮で空気の読めない武器が気になるのか、また、ちら、ちらっと何度も視線を戻してくる。そうされると剣もまた自ら封印を突き破り彼女に挑もうとする。く、苦しい。


「ケイカ、痛いの?」

「う、ううん。痛いっていうか、つ、つっかえて苦しくて」

「じゃ、じゃあ……小さくしてみたら……」


 無理無理無理無理、出来ないって!

 これは僕の一部分だけど僕の自由にならないんだ。あうう、誰だ、ユキナの教育係。出てきて説明して。


「わ、私、どうしたらいいかな」


 ユキナは本当にどうしていいか、顔を赤くするばかりで、でも目を下に向けたまま動かそうとしない。僕だってどうしたらいいか。


「お、お城の侍女さんに、何も知らされてなかった?」

「相手に。ケイカに任せたらいいって言われたけど……」


 けど、と言葉を何か探すようにユキナは押し黙り、どうしても気になるのか剣の方へ視線を送り続けてきていた。

 絵とか模型とかで説明されてないのかな、と思うと。


「こんなに凄いって聞いてなかったから……」


 そうではなかったようだ。

 そんな風に言って貰えるほど凄くないよ、たぶん。他の人の見たことないから知らないけど。すると、ユキナのは小さいのだろうか。何がどう小さいのか等と考えた瞬間、保健体育で習った図解が思い浮かんで全身から熱い汗が噴き出てくる。


「……あ」


 不意に、ユキナが僕の剣に手を添えてきた。

 存在を確かめるようにズボン越しに掌を動かし、窒息しそうに苦しくなってるそこを、「ケイカ」優しく形に沿ってさすってくれた。


「恥ずかしいことじゃないのにね……。もう見たり、しないから」


 そう言って、ぴたっと手の動きを止めた。自分の目から隠すように指を広げて包んでくれる。ユキナは俯き、瞼を閉じて瞳を伏せた。


「……ユキナ」

「うん」


 ユキナは頷き、両腕を僕の背中に回してきた。その表紙に僕の指先が彼女の太ももに触れ、


「……んっ!」

「あ、あう、ごめん」


 ピクンとユキナが震えを起こした。ユキナから手を離そうとすると、彼女は体を密着させてきた。「もうあうあう言わないで」

 手を正面に回し、僕の唇に人差し指を宛がって、恨めしそうに目を反らし。


「ケイカだからいいんだよ」

「――――」


 ユキナの言葉に、胸の中で渦巻いていたもやもやが晴れていく。

 持つことさえ許されないと思い込んでいた、彼女に抱く邪な想いが許された気がした。


(……ユキナが好きだ)


 自分の想いに自信が持てる。今日この夜から、あうあうは卒業だ。

 僕は返事の代わりに渾身の力でユキナを抱きしめる。ユキナも「うん」と、背中に両手を回して、彼女もそっと力を込めてくれた。

 腰をさすると彼女は「んっ」と微かに鼻を鳴らして反応を示した。


「ユキナを知りたい」

「……うん」


 スカートから伸びる彼女の太腿に手を掛けると、触りやすいように足を少し拡げてくれる。ベッドまで移動しようかとも思ったけど身体がそうしたがらない。

 ただ本能に任せて、意識と離れた体がしたいように動かす。彼女のスカートの中に手をさし込ませる。抵抗はなく。


「……触っても?」

「……うん」


 指先を、ユキナの秘めた部分を覆う下着、腰にある紐の結び目に掛けて――少し迷いもしたが――紐を引き抜いた。


「――ンッ!」


 ユキナが膝を閉じた。下唇を噛みしめて、堪えるように眉根を寄せている。それでも抵抗をしようとせず、膝を震わせながらも、彼女が自ら開こうとする。

 そんなユキナが可愛くて、いじらしくて。

 噛みしめる唇がいとおしくて。


「……ユキナ」

「…………っ」


 僅かに背けられた彼女の顔……その唇を追いかけた。

 ユキナも気づいたのか、薄く瞼を開き僕の方を向いて――また閉じ。

 ――ふたりの唇が近づき、触れ合う――その寸前の事だった。



「あー、お二人さん。盛りあがってるところゴメン」


「――――――ッ!?」



 僕とユキナは同時にドキイっと心臓を鳴らして、互いをはね除け合うみたいに飛び退いた。


「ク、クゥナッ!?」

「なぜ君が!?」

「マジ、サーセン」


 いつからそこにいたのか――僕達の間にむっつりと半月状の瞳をしたメイド服の魔法使いクゥナが立っていた。

 心臓がバクバク鳴る。ユキナも同じなのか、驚いた顔のまま胸に手を当てて目を白黒させていた。現れたクゥナは申し訳なさそうに、ポリポリとコメカミ辺りを掻き、


「ヤル気になってくれたのはとても嬉しいんだけど……ちょっと待って欲しい」


 蹲ってスカートの中に手を入れてるユキナ――たぶん下着の紐を結び直してるんだと思う――彼女と僕に、クゥナは交互に目を向け。


「ヤバいことに、私は魔法を使えなくなった」

「ど、どういうこと?」


 彼女はコクンと頷き、自分の掌へ視線を移して見つめた。


「極限奥義を長時間使った反動で身体にガタがきちゃったみたい」

「……きちゃったみたいって」

「うん、薬や術でもしばらくは回復しそうにない」

「……し、しばらく魔法が使えない?」


 うんうん、とクゥナと続ける。


「本城は兵力と兵装と防壁の多くを失い、なけなしの霊剣や魔杖もほぼ潰えた。本城の防衛力は著しく低下。おまけに私が魔法を使えないときたら、これは国家滅亡の危機」


 というわけで、と僕達の方に視線を戻した。


「今、姫に身重になられたり奥に引っ込まれたりすると非常っに困る。ヤらないで」

「ヤ、ヤらないでって! そんな!」


 ヤれと言ったりヤるなと言ったり!

 ユキナの方を伺えば、彼女も唖然というか呆然として、口を開けられない様子だった。


「正確には私の魔力が戻る、だいたい3ヶ月くらい我慢して欲しい」

「……が、我慢?」

「うん、ガマンガマン。では、お邪魔してごめん」


 そう言ってクゥナは扉の方へスタスタ歩いていき、思い出したように振り返り


「そうそう。盛り上がったりしたらいけないから3か月はキスしたり、手を繋ぐのも禁止ってことでよろしく!」


 言いたいことだけ言い残してもう一度「したらな!」と部屋から出て行ってしまった。

 そんな、そんな!

 ユキナは下着の紐を結び直しながら、僕の方をちらりと見て、


「……あはは」


 と、空笑いしてた。



「あ、あ、あ、あ」



 あうううううううううううううううううううううううっ!


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